71:バグってるだけ。
「思う様に走れないから、時間かかるなぁ」
「Sorry……」
「え、なんで謝るんだよ、オーランド」
「僕は時速100キロで走れないし、サクラちゃんより重いから」
――[オーランド、おんぶされたいのか]
――[アッーー]
……いや、そういう意味じゃないから。
それに重いって、お前を抱っこして走る訳ないだろ。
「そうじゃなくって、こんな氷の上だから走ると危ないだろ」
「滑るわねぇ、きっと。止まれなくって壁に激突よぉ」
「あー、ナルホド。それは危ないね。サトル、走るなよ」
だからそう言ったじゃないか。なんか彼、ちょっとズレてるよな。
――[スケート靴持ってくればよかったんじゃね?]
――[天才現る]
――[アイスリンクみたいに平じゃないから無理だろ]
――[あまりにも早い論破]
走ると滑るから、なるべく早歩きぐらいの速度で捜索を続ける。
俺はオートマッピング中の紙と、支給された地図とを見比べながら歩いているから、出て来たモンスターは全部オーランドに任せっきりだ。
七十九階のモンスターだってのに顔色一つ変えず、無造作にも見える太刀筋で一刀両断しまくるオーランド。
凄いなんてもんじゃない。ブライトもサクラちゃんも、手を貸す暇すらないんだからな。
時々ブライトが先行して飛んでは戻って来る――というのを繰り返し、時刻は十八時を回った。
「夕食にしようか。それから少し休憩して、また捜索を再開する。オーランド、徹夜になるけど」
「構わない。ダンジョンに入ればたいてい数日は眠らないから」
「まぁ、それじゃあ不健康よ。悟くんも捜索中は全然眠らないし。休めるときにちゃんと休まないと」
「oh、サクラちゃん。優しい」
「はいはい、いい子ねオーランド。いい子だからご飯の準備手伝いなさい」
「イエッサー」
サクラちゃんに頭ペシペシされて、オーランドが調理の準備を始めた。
あ、アイスロックがこっちに来てる。
オーランド……はこっちをチラっと見ただけで、すぐに準備の続きを始めた。
おい、モンスターに気づいてるんだろ。
おい、倒してくれよ。
おい、俺はまだか弱いレベル61なんだぞ。
くっそぉ。
こっちに来てるのは一体だけ。
く、砕けるか?
サクラちゃんから貰ったグローブを技術研究部に持って行って、少し改良して貰った新グローブ……ここで性能をテストしてみるか。
拳を守るために、インパクトの衝撃を和らげる素材を上から縫い付けて貰っている。
凄いのは、こちらが与える衝撃は100%対象に伝わるのに、跳ね返ってくる衝撃はこれまでの50%に半減してくれるとこ。
捜索隊専属医の話だと、俺の骨には一切ダメージはないけど、皮膚の方に多少ダメージが来てるって言う事。
インパクトを多用した後は、少しうっ血してるところもあったりした。
それが改善されるだろうってことだ。
「あら、悟くん?」
「ちょっと行って来る」
「君の実力、見せて貰うよ」
――[悟くん?]
――[配信止めないで! 止めないで!]
やっぱりそのつもりでスルーしてたのか。
「ダメだったらすぐ助けろよ」
「わかった。助けてやる代わりにツララちゃんとツーショット撮らせて」
「……ブライト?」
「娘はやらねぇーぞおぉぉぉーっ!」
またなんか変なテレビ見たな。
はぁ、行ってこ。
拳を握りしめ、ノシノシとやってくるアイスロックへ向かって歩き出す。
氷の塊であるアイスロックは、石系モンスターの一種で動きは多分に漏れず遅い。
ただ奴は氷属性の魔法を撃ってくる。
撃たれる前に、打つ!
「インパクトォォーッ!」
最近は不発することなく打てるようになった、俺唯一の攻撃スキル。
拳の保護カバーもあるし、安心して全力打ち込みが出来る。
俺の声に気づいたアイスロックと、目が合う。
目……あったんだ。
と思った時には拳が奴の頭部? 額? とにかくヒットし、氷が――。
「砕けた……。え、意外とモロい?」
――[もうおかしいだろww]
――[モロくないモロくないww]
――[悟くんのパンチ力がバグってるだけですからっ]
砕け散った氷の破片は後方に吹き飛ぶ。あ、なんかドロップした。原油石かな?
貴重はエネルギー資源だし、持って帰ろう。
「サクラちゃん、これ入れといて」
「え、えぇ……悟くん、適正120のモンスターを、一発で倒しちゃった……」
「あ、あぁ、うん。なんか思ったよりモロかったみたいだ。氷だからかな?」
「アイスロックはモロくはない。僕でも属性を付与して刃を保護しないと、刃こぼれさせてしまうぐらいにはね」
ま、まぁ剣とは相性が悪いんだろう。
あ、冒険者カードを見てみようかな。さすがに一体倒した程度じゃどうにもならないだろうけど。
「って、レベル100になってる!?」
「よし、サトル。このまま最下層を目指そう。そうすれば僕に追いつけるはずさ」
「い、いやいや。ここはまだ最下層が発見されてないんだ。それ以前に、俺たちは救助者を探しに来たんだぞ。レベリングをしに来たんじゃない」
そう言うと、オーランドはどこか理解できないというような表情を浮かべる。
「サトル、何故他人を助けるんだ? 遭難するということは、実力もなく下層に下りたと言う事だろう。自分の実力もわからない奴は、助ける必要はない」
「実力がなければ助けなくていいって、誰がそんなこと決めたんだ。そもそもここまで下りてこれたのは運だけじゃない。実力があったからだ」
上層の方だと、運よくちょっと下まで行けた――というのはあるかもしれない。でもこの階層まで来たら、運なんてものはない。実力だ。
「トムもエディも、他のクランメンバーだって言っている」
「自分たちが強いから、他の人を見下しているだけだ。助け合うことがいけないことなんて、そんなのおかしいだろ! なぁオーランド。お前はダンジョンで生まれた後、どうやって地上に出たんだ?」
「アメリカ陸軍の特殊部隊が来て救助して……助けて、もらった」
「俺もだ。俺は、一緒にダンジョン生成に巻き込まれた後藤さんが救命士で、母さんが産気づいて助けてもらったんだ。当時外科医の卵だった後藤さんの奥さんも手伝ってくれて、それで無事に産まれてこれた。モンスターが襲って来た時、父さんが俺たちを守るため囮になって……戻ってこない父さんは死んだと思ってたよ。でも生きてた。救助に来てくれた自衛隊の救助隊に救出されていたんだ」
ダンジョンベビーは、生まれた時から凄い力を持っていたわけじゃない。
スキルはあっても、それを使える知識も体力も力もなかった。赤ん坊なんだから、当たり前だ。
世にダンジョンベビーがいるってことは、赤ん坊を救った人がいるっていうこと。
俺たちは誰かに助けられて、今生きている。
「だから俺は捜索隊に入ったんだ。助けてもらったから、誰かを助けることにした」
――[悟くんが思いのほかしっかりしててちょっと感動した]