55:上は下、下は上。
「サクラちゃん、魅了したらその場に留まるよう命令するんだ」
「え? 倒さないの?」
「時間がもったいないからね」
ここは通路も階段もさほど広くないから、数匹モンスターがいただけで無視して走り抜けるのも難しい。
一匹二匹の時は躱して走り抜け、それ以上の時は俺が一匹を蹴り飛ばし、残りはサクラちゃんの魅了で動きを止める。その間に走り抜ける。
「ひとまず四十四階を目指そう。実はそんなに遠くないんだ」
「そうなの?」
「あぁ。ただこういう構造の階だからね。道を一回間違えただけで、迷子確定なんだよ」
ここでは全力で走れない。走ったらオーバーランしてどこかに落ちてしまうから。
駆け足で進んで、一時間弱で下り階段まで到着。ここまで遭難者の発見には至らず。
階段を下りたところで冒険者を発見。ただし五人。
スマホに送られた捜索者の顔写真とも違う。
「あの」
「ん? あっ。そ、捜索隊の人ですよね!」
「あ、はい。そうですが」
制服に捜索隊のマークがついてるし、それでわかったんだろうな。
「うわぁぁ。生サクラちゃんだぁ」
「ふさふさぁ。かわいぃ~」
「あ、あらやだ。ふふ。触ってもいいのよ。あ、でもまだ換毛期だから、抜け毛だらけになっちゃうかも」
サクラちゃんの抜け毛は凄い。サクラちゃんがもう一匹作れるんじゃなかってぐらい抜ける。母さんが集めてるし、何かやりそうで怖い。
「すみません。あなた方はいつからここに?」
「俺らは今、休憩で戻って来ただけで。まだ三十分ぐらい?」
「うん、それぐらいだと思うよ。誰か探してるんですか?」
「はい。四十三階の端末には登録がありまして。あ、ここの端末」
調べてみると……ない。
「どうでした?」
「いえ……四十四階には来ていないようです」
「俺ら一週間前からダンジョンに潜ってて、真っすぐ四十三階目指して、一昨日やっとクリア出来たんですよ。その間に何組かすれ違ってるから、写真でもあればわかるかも? なぁ?」
「本当ですか! その行方不明者も一週間前に来てるんです。ただ二泊三日の予定だったらしく」
スマホの画面を見せ、捜索依頼の出てる六人全員の写真を見せた。
五人は互いに顔を見合わせ、首を左右に振る。
広いダンジョンの中じゃ、混雑しているような階層でもない限りなかなか他のパーティーと顔を合わせることもない。
が――。
「あ、やっぱり見たかも」
「本当ですか!?」
「どこ? どこなの? 教えてくれたら肉球触らせてあげるわっ」
「え、あ、あの、上の階です。四十三階。ほら、頭上とか下の通路が近いと、歩いてる人が見えたりするじゃないですか。俺らダンジョン二日目から四十三階の攻略してて」
四十三階をクリアしたその日の早朝、階段を探して出発して直ぐに彼らを見たそうだ。
「え? 私、気づかなかった」
「向こうはみんな眠ってたし、声はかけないほうがいいだろうと思って。ッチャー。わかってたら声かけたのに」
「いえ、仕方ないですよ。まさか遭難者だなんて思わないだろうし」
「あの日の早朝か……地図地図――たぶんですけど、この辺りだと思います」
このパーティーのリーダー風の人が、直ぐに地図を取り出して場所を教えてくれた。
構造が構造だけに100%そこだという自信はないという。
それでも十分だ。
「ありがとうございますっ。すぐ向かってみます」
「あのっ、お手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます。ですが四十三階は一度クリアした人でも迷いやすい構造ですから、お気持ちだけで」
「でもあなたは? 大丈夫?」
「えぇ。俺はオートマッピングとナビゲーションスキルがあるので、絶対迷わないんです」
四十三階の地図は全て埋まっているわけじゃない。迷ったら階段をマップで指定すればナビゲーションが発動して案内してくれる。
絶対迷子にならない最強スキルだ。
俺のマップ上で、彼が見たという場所をだいたいでいいから触れればナビゲーションが開始される。
モンスターを蹴飛ばし、殴り飛ばし、サクラちゃんが魅了する。
さっきの五人が四十三階をクリアしたその日に見ただけあって、目的の場所――そして彼らの姿を見つけたのは三十分後のことだった。
ただ、彼らは見えているだけで同じ通路上じゃない。
彼らは俺たちから見ると頭上にいて、上下逆さまな位置だ。
「ねぇーっ。聞こえるかしらーっ」
「マップマップ……この辺りかなぁ……よし、ナビが反応した。サクラちゃん、どう?」
「ダメ、反応がないわ。生きてるのかしら……あっ」
サクラちゃんの嬉しそうな声が上がる。俺も慌てて視線を彼らの方に向けると、辛うじてひとり、動いた。
「おーいっ」
「こっち見てぇーっ」
声に気づいた! 立ち上がろうとするが、膝から崩れ落ちてしまう。
「待っててください! サクラちゃん。クラッカーと水を出して。あとロープも」
「どうするの? もしかしてここから投げる?」
「あぁ。通路からある程度距離が離れると、重力で落下するっていっただろ?」
ここから上に物を投げれば、当然向こう側に落ちる。
高さは五十メートル以上あるし、人だと骨折で済めば御の字の高さだ。でもクラッカーなら……まぁ粉々にはなるけど、それでも食べられるから、届ける分にも問題ない。
まずは俺が飲んで空になってたペットボトルにロープを巻いて――投げる。
よし、届いた。
こちらに気づいた人が、匍匐前進でそれを拾う。
「そのままロープを持っててください。袋に他の食料と水を入れますんでっ」
ペットボトルは落下の衝撃で破裂しないよう、毛布で包む。
袋に俺の大事な携行栄養食チョコ味とパン、クラッカーを入れ、ロープに通してから毛布を結ぶ。
「引いてくださいっ。途中で落下しますから、当たらないよう気を付けてっ」
荷物は途中まで、こちら側の重力に従っているから上に吊り上がる。
が、向こうの重力に切り替わった途端、落下した。
無事に荷物が届くと、彼はパンと、それから水を慌てて頬張った。
「他の三人にも!」
そう伝えると、彼は一息ついてからペットボトルの水を仲間の三人に飲ませ始めた。
ここからじゃ息があるのかわからない。早く向こうへ行かないと。
「俺たちはこれからそっちへ向かいますっ。絶対に動かないでください!」
声を掛けると、彼がこちらを見上げて元気なく手を振った。
「よし、行こうサクラちゃん」
「えぇ。急ぎましょうっ」