52:にぃに と チビ。
「にぃに。にぃに」
「雛って、ピヨピヨとか、ピィピィ鳴くものだと思っていたけど、違うんだな」
「悟くんが思ってたので正解だと思うわ。私は動物園で、そういう鳴き声しか聞いたことないもの」
俺とサクラちゃんが見つめる先で、カゴの中に入った雛がもぞもぞ動く。
ロシアの研究機関で生まれていたのは雄の雛。配信中に生まれたのは雌の雛。
その二羽は揃ってカゴの中にいる。
「ウルサイ、チビ。コッチクンナ、チビ」
先に生まれた雄の雛は、研究施設という非常に悪い環境で過ごしたせいか……とにかく口が悪い。
両親の下へ返されて、はや五日。ロシア語を話していたこの子も、スノゥの教育のおかげか、カタコトの日本語を話せるようになっている。
教えればすぐに吸収するのは、凄いを通り越して怖くもある。
そんな話を後藤さんにすると「お前もそうだったろ」と言われた。
赤ん坊のころから流暢に話していた記憶なんてないんだけどな。
「悟くん。あの子大丈夫かしら」
「ん? 大丈夫って?」
「ほら、妹ちゃんのことチビチビ言ってるし、意地悪しないか心配なの。怖い人たちの中で生まれて、歪んでしまったんじゃないかと思って」
「んー、それは大丈夫だと思うよ。ほら、見ててごらん」
今もチビチビ言ってるお兄ちゃん雛だが、妹雛ちゃんがよちよちと歩いてカゴから落ちそうになると、小さな翼を広げて妹雛ちゃんを後ろに転がしている。
カゴから落ちないよう、ちゃんと見ているんだ。
「んまぁっ。妹雛ちゃんの面倒を、ちゃんと見てるのね。なんて良い子なのかしら」
言って、サクラちゃんがお兄ちゃん雛に頬ずりしようとする。
が、お兄ちゃん雛はサクラちゃんを嘴で突く。
「ウザー。ウザー。毛ウザー」
「う、うざいですって! どこでそんな言葉、覚えて来てるのよ! お姉さんにそんな口の聞き方しちゃダメでしょっ」
サクラちゃんが説教すると、待機室にいた数人が顔を背けた。
あなたたちですか。
「ホーッ」
「ただいま、子供たちの面倒を見てくれて、ありがとうございます」
「いや。抜糸の痕はどう?」
「はい。傷も綺麗で、もう大丈夫ですって」
「よかったわね、スノゥ」
猛禽類専門の獣医さん、その名も鷹宮鷹子さん。
雛たちの成長が心配だからと、しばらくは捜索隊本部に滞在してくれるらしい。
それもあって、ブライト一家はしばらく本部上層のアパートで暮らすことに。
まぁ、航空自衛隊基地でAランクやSランク冒険者に囲まれたロシア側の人たちは、かなり怯えていたようだから、奪い返しに――なんてことはないだろう。
あちらは人里から離れた所にばかりダンジョンが生成されるため、スキルを持つ人口も少ない。
都内の冒険者ギルドの話だと、Sランクの冒険者は片手で数える程度しかいないそうだ。
そういうのもあって、ブライト一家の身の安全も保障されたってわけだ。
まぁ本部のアパートには、赤城さんたちも住んでるしな。うちに来るより安全だろう。
母さんと父さんは凄く残念がっていたけど。
あと父さんが、既にブライト一家用に屋根裏収納を改造するべく、図面を引いていた。
「にぃにー、にぃー」
「チビ、ウルサイ、チビ」
「ふふふ。娘はお兄ちゃんが大好きなのね」
「え? なんでそう思うんだ、スノゥ」
「どうしてって、お兄ちゃんって呼んでるもの」
呼んでる? お兄ちゃんって?
「もしかして、にぃにって、お兄ちゃんってことなの?」
「えぇ、そうよ」
にぃに=お兄ちゃん!?
大きな欠伸をした妹雛ちゃんは、にぃにと鳴きながらお兄ちゃんの方へとテクテクと歩いていく。
タオルを敷いたカゴは足元がふわふわして歩き難いのだろう。
ポテっとこけると、今度は「ピィー」と鳴き出す。
「はぁー」
と大袈裟にため息を吐くと、お兄ちゃん雛は妹雛ちゃんの隣に座った。
「にぃに」
「チビ。チビ。ウルサイ」
妹雛ちゃんがぴとっとくっつくと、そのまま瞳を閉じて寝始める。お兄ちゃん雛も同じように目を閉じた。
お兄ちゃんが好きすぎてずっと「にぃに」って呼んでるのか。
「もしかしてお兄ちゃん、寝かしつけるために『うるさい』って言ってたのかしら。お喋りしてたら寝付けなくなるものね」
「そ、そこまで深読みするのかい、サクラちゃん」
「あら、その通りよサクラさん」
本当だった……。
「尊い。本当に尊い子たちだねぇ」
「うわっ、赤城さん」
スマホで動画撮影してるよ、この人。ほんとに動物好きなんだなぁ。
そういえば、動物好きと言ったら――。
「サトル。君が僕に敗北したんだ。敗者は勝者に従うもの。君には僕のために働いてもらうぞ」
とか言ってたっけ。
仕方ない。送ってやるか。
眠っている二羽を起こさないように、そっとシャッターボタンを押す。
で、送信っと――。
ニューヨーク州のオフィスビル内。
「オーランド! お前はいったい何をしに日本へ行ったんだ!」
「トム? 何をそんなに怒っているんだ」
「これが怒らずにいられるか!」
トムは顔、及びスキンヘッドの頭を赤くし、新聞をバシバシと叩く。そして破った。
紙面のTOPには、ロシア政府関係者がフクロウの雛が入ったガラスケースを持つ姿が写っている。
よく見ると隅っこにオーランドが写っていた。その隣には三石悟も姿も。
「俺は……俺はサトルミツイシをうちのギルドに引き抜いてこいと言ったんだ! ロシアとの問題に首を突っ込めとは言っていない!」
「シロフクロウが救われたんだ。どうだっていいことだろう」
「よくねーよ!」
その時、オーランドのスマホが鳴る。
トムがガミガミと怒鳴る中、気にした様子も見せずにオーランドはポケットからスマホを取り出した。
そして――。
「悪いがトム。大事なようがあるから僕は行くよ」
「おい、話はまだ――おい!」
ギルドの幹部室を出て行ったオーランドは、SNSで送られて来た画像を開く。
そこには寄り添って眠る二羽の雛の姿が写っていた。
「尊い」
彼は無表情で呟くと、急いで画面をタップしてテキストを打ち込む。
それを送信――。
その内容は……
「は? もっと送れだって? はぁ、面倒くさい奴と知り合ってしまったなぁ」
三石悟にそう思われていることなど露と知らず。
オーランドは再三、雛の写真を要望するのだった。