47:名付けの儀式。
「いつ生まれるのかしらぁ。楽しみねぇ」
「ほんと、楽しみだわぁ」
あんだけ不安そうにしていたサクラちゃんだけど、生まれて来る赤ちゃんフクロウには興味津々なご様子。
それに、同じスキルを持つ動物同士、さらに雌同士というのもあるのか、奥さんシロフクロウとは打ち解けたようだった。旦那シロフクロウのことは、時々睨んでいるけれど。
「えぇー!? あなたたちには名前がないのぉ?」
「えぇ。人間たちには番号で呼ばれていたから」
「まっ。酷い人間ねぇ。でも名前がないと、これから不便だわ。何か考えてみたら?」
「考えるねぇ。野生で育った僕らは、そもそも名前なんて概念すらないし」
そういえば、動物ってやっぱり、野生だと名前がなくて当たり前なのか。
まぁそういう文化って、そもそも人間に限ったものだろうしな。
ペットだったり動物園の動物だったり、名前があってもそれは人間がつけたものだ。本人たちがそう望んだわけじゃない。
「じゃあ悟くんが、ふたりに名前を考えて上げたらどうかしら?」
「なんでさも当たり前のように俺が出てくる」
「だって彼らは悟くんを頼ってきたんだもの。悟くんが名付け親になってあげるべきよ」
理屈がまったく理解できない。
おい、二羽も目を輝かせてこっちを見るんじゃない。
あぁ、母さんまで!?
「いいじゃないか、悟。それでこそ、お前に『さとる』と名付けた甲斐があるってものだ」
「父さん、言ってる意味がさっぱりわからない」
「お前の名前には、賢い子に育って欲しいという意味があるんだ。他にもな、物事の真理を理解するだとか。そうそう。大昔はな、厄災を防ぐっていう意味もあったんだぞ」
「それと名前を付けるのと、どう関係があるの」
「……賢い子なら名前のひとつやふたつ、何か思いつくだろう。な?」
な? じゃないよ。適当なこと言って。
はぁ……でも名前がないと不便なのは確かだ。
何か考えるか。
遅めの夕食を食べ、風呂に入って、自室のベッドに転がる。
シロフクロウの夫婦は、今や半分となったトレーニングルームでひとまず休んでもらうことに。
「名前、名前かぁ」
パっと思いつくのは、見た目からイメージ出来るものだ。
となると……シロ。
なんか犬の名前みたいだな。
英語にしてみて、ホワイト。
うぅん、微妙だな。
もっと単純に、フク男、フク子……絶対みんなに何か言われるな。
白で思い浮かぶのは――餅。カタカナで『モチ』に……突かれそうだ。
白、雪……スノゥ。
いいんじゃないかな。奥さんの方はスノゥにしよう。
じゃあ旦那は……ホワイト……なんか似たような響きの名前があったな。
そうだ、ブライトだ。
何か意味はあるかな。検索してみよう。
Bright……へぇ、英語があったのか。
明るい、輝かしい、それに賢い。そんな意味があるのか。
悪くない。
すぐにトレーニングルームへ行って、二羽に名前のことを話す。もちろん、本人たちが嫌がればまた何か考えるけど。
「雪のように真っ白で美しいという意味で、スノゥ。あと白を英語でホワイトって言うんだけど、なんとなく似たような響きの言葉があったなぁと思って」
思い出したのがブライト。その言葉を検索すると、明るいだとか輝かしいだとか、そして賢い。そんな意味が出て来た。
「輝かしい……僕らの輝かしい未来を暗示する名前だ!」
「えぇ、ステキだわ」
「おまえの名前だって。雪のように美しい……まさにその通りだ!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
サクラちゃんがお風呂から上がってくると、二羽の名前のことを告げた。
「ステキなお名前ね。あ、私はね、桜が満開の日に生まれたんだって。それでね、どこからまだ名前が決まってない時に、私の頭に桜の花びらがくっついてたんですって」
「さくらというのは、花かしら?」
「あら、スノゥは桜を知らないの? とってもかわいい、ピンク色のお花よ」
「残念ながらこの季節にはもう散ってるけどね。来年になれば見れるよ」
「来年……来年か……僕らの明るく、輝かしい未来だな」
まだそれ引っ張るの?
まぁ二羽が気に入ってくれたのならよかった。
翌朝。出勤方法をどうするか考える。
電車は……自称レッサーパンダなタヌキとシロフクロウ二羽を連れて乗るのは不可能だ。
母さんの車を借りるにしても、会社の駐車場が空いているかわからないしなぁ。
自転車のカゴ、サクラちゃん用に後ろにひとつ付けてはいるけど、前後にすればよかったな。
「スノゥちゃんはお留守番がいいんじゃないかしら? だって卵があるんですもの。ね?」
「い、いやいや奥さん。万が一のこともあるし、悪党に見つかるとマズいんだよ」
「あら。悪い人に追われてるの?」
「実はそうなんだ……。僕らを生体実験しようとする、悪の秘密組織に……」
どこまでが本当で、どこからが嘘なのか……。
でも連れて行った方がいいだろうっていうのは賛成だ。
「悟くん。私、おんぶ紐でいいわ。カゴにはスノゥを入れてあげて」
「いいのかい、サクラちゃん」
「えぇ、大丈夫! だって町中を走るときは、スピード出せないでしょ? だから酔うこともないわ」
それ、どういう意味?