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46:動いた!

「そんな事情があったのか。わかった。あのタヌキのことはレッサーパンダと呼べばいいんだなっ」

「いや、サクラって名前があるから」


 奥さんシロフクロウは眠ったまま。

 サクラちゃんがいない内に、彼女の生い立ちを話して『タヌキ』は禁句だと説明した。

 話している間、どことなく涙ぐんで見えたのは気のせいだろうか。


「それでだ。僕らのことを保護してくれるんだよな?」

「え? いや、その……後藤さん」

「ちょっと待て。今法務部に問い合わせ中だ」

「法務部に、ですか?」

「あぁ。この二羽はロシアか北朝鮮の研究施設から抜け出してきたんだろう? 国がらみだとすると、ちょっとなぁ」

「そ、そんなっ。僕らはここまで、必死に飛んで来たんだぜ」


 かわいそうだとは思うけれど、こればっかりは仕方がない。

 国の所有物を無断で奪った――なんて言いがかりをつけられれば、お終いだからだ。

 国家間の問題になってしまう。


 混乱し、不安がるシロフクロウに、後藤さんがそう話す。


「ま、待ってくれ。僕らは野生のシロフクロウだぜ。動物園にいたわけじゃない。しょ、証拠だってある」

「なに? 証拠って、なんだ」

「妻だ。妻は去年の冬、日本に来てんだ。そん時に人間に一度捕って、物凄い眠気に襲われて、だが目を覚ましたら解放されたっていうんだ」


 それってもしかして、野鳥の生体を研究している人とかだろうか?


「発信機でもつけられたか?」

「わからん。けど摘出するとか、奴ら言ってたからあるんだと思う」

「だったら奥さんの生体観測してる研究員と連絡が取れれば、野生だという証拠になるな。だが……」


 果たしてそれだけで、相手国が諦めるかどうか。


「ん、んん」

「おまえっ。目が覚めたか?」

「あら、あなた……ここは……」


 奥さんシロフクロウが目を覚ましたようだ。少しうるさかったかな?


「寝ぼけているのか? ここは日本だ。あの人間が勤めている、レスキュー隊だ」

「捜索隊。まぁ違いはあんまりないけど」


 ちょとんと首を傾げていた奥さんシロフクロウだったが、思い出したかのように口を開いて「あっ」と声を漏らした。


 後藤さんが近づき、発信機について尋ねる。


「よくわからないの。眠っていたから。でも目を覚ました時、背中の方でチクチク傷む場所があったのは覚えてるわ」

「埋まってるだろうな。捜索隊の道本部にも協力してもらって、発信機を付けた研究機関を探そう」

「そこの人たちね、私を解放したあとも何度か見たわ。最初は怖かったけど、ただじっと見てるだけだったの」


 やっぱり生体観測が目的か。

 その人たちと連絡が付けば、少なくとも奥さんは野生だってことがわかる。

 いや、その野生のフクロウと番になっているなら、旦那も野生だと証明されるはず。


「とりあえず今夜はここで――」

「いいや! 僕らは彼の傍を離れないっ」

「え、俺?」


 その時、後ろのドアをノックする音が聞こえた。


「悟くん? お話まだなの? そろそろ帰りましょうよ」

「あ、サクラちゃん。もう少し待って。後藤さん、残業手当」

「出るかっ。あぁ、報告書は明日でいい。今日はもう帰れ」

「母に迎えに来てもらうんで、報告書は待ってる間に済ませてしまいます」

「そうか。親父さんは相変わらず元気か」

「えぇ。あんな体ですがめちゃくちゃ元気です。で……」


 この二羽をどうしようかと視線を向けると、察したのか旦那シロフクロウがバサっと羽ばたいて、ふわりと俺の前に下りて来た。

 広げた翼で俺の頭を抱え込み、その足でガッチリとベストを完全ホールド。

 離すもんかという意思を感じる。


「はぁ……お袋さんの車で帰るなら、そいつらも乗せていけるだろ」

「はぁ……いいんですか?」

「いいに決まってるぜっ」


 いや、あんたが答えるなよ。


 廊下で待つサクラちゃんを入れ、二羽をうちに連れて帰ることになったと話す。

 何故かサクラちゃんの毛がぶわっと逆立った。


「これからよろしく頼むぜ、相棒」

「んなっ。さ、悟くんのパートナーは私よ!」

「わかってるってレッサーパンダのサクラ。相棒の相棒は相棒ってわけさ。わかるか?」

「は? わかんないわよ」


 わからないこともないけど、わかりずらい。


「とにかく君たち二羽は、保護対象であって相棒じゃない。相棒というのはこの場合、仕事仲間だからな」

「だったら僕ら――いや、妻は育児があるから無理だが、その分、僕が働くぜ!」

「……え? まさか捜索隊に入社するっていうのか?」

「問題はないはずだろ? そこのタ――レッサーパンダだって働いているのだから」


 まぁそうだけど。

 でもその前に問題を解決してからだろ。


 報告書を急いで作成し、母さんが迎えに来てくれたのは完成後すぐのこと。

 車で待つ母さんは、二羽を見て目を輝かせた。


「どの部屋がいいかしら。あ、そうだわっ。屋根裏の収納部屋が結構空いてるし、そこなんてどうかしら? 出窓もあるから明るいし、外からの出入りも出来るはずよ」

「母さん、うちで暮らすわけじゃないから」

「いいや暮らすぜ! 奥さん、これから妻ともども、お世話になります」

「あなた、この子のことも忘れちゃダメよ」

「おっと、いけねぇいけねぇ。妻と子ともども、よろしくお願いするぜ」

「まぁ! 赤ちゃんがいるのね。いつ頃孵化するご予定かしら?」


 そうだ。さっきチラっと検索してみたけど、一ヶ月ほどで孵化するとあった。

 ん? 計算が合わなくないか?

 雄のシロフクロウは二カ月前にダンジョンの生成に巻き込まれたと言っていた。その時には奥さんは既にお腹の中に受精卵があったとも。

 一週間前後で産卵し、そこから一ヶ月ぐらいで孵化するはず。

 だとしたら、向こうの研究施設で生まれているんじゃ?


 だがここで、予想だにしていなかった答えが返って来る。


「わからない、んです。この子、あの施設で生まれたら、自分が生物実験されることがわかっていたみたいで……」

「普通ならとっくに生まれているはずだってのに、こいつは自分の意思で出てこようとはしないのさ」


 それは……この卵の中の雛は、もう死んでいるんじゃ……。

 だが次の瞬間、俺の考えはあっけなく覆された。


「まっ。動いたわ。卵が動いた」

「本当か!?」

「え? 見せてっ。まぁ、動いてるわ悟くん。この子、この子生きてるのね。生きようとしているんだわ」


 サクラちゃんの声は、少し震えていた。


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