41:サクラちゃんの里帰り。
「え? 有休、ですか?」
休みの日の早朝、スマホが鳴った。後藤さんからだ。
で、有休を取れ……と。
「急にどうしてですか?」
『急じゃないだろ。何度も有休を取れと口を酸っぱくして言ったはずだぞ』
そうだっけ?
……そういえば聞いたことがあるな。うん。
『お前らは揃いも揃って有休をとりやがらない。だから課長たちと話し合ってだな、くじ引きで決めたんだ』
「く、くじ引き?」
『そうだ。赤城チーム、秋山チーム、曽我チーム、それとお前ら。全員、順番で有休を取ってもらうぞ』
「強制……」
『そうでもしないとお前ら、有休を一日も消化しないだろ! 命令だっ。明日から三日、遊んで来いっ』
遊ぶ事を命令されるなんて……明日から三日ってことは、四連休か……はぁ、四日間も仕事しないなんて、何をすればいいんだ。
四日……四連休……そうだ。
「わかりました後藤さん。有休の申請は? 今日した方が良いですか?」
『あ? いや、まぁ後日でいいが』
「わかりました。じゃ、サクラちゃんと宮城に行ってきます」
『宮城? あ? もしかしてサクラの――』
スマホを切って、すぐに一階へ下りた。
サクラちゃんはもう起きてて、父さんの話し相手をしている。
「サクラちゃん。宮城に行こうか」
「……え?」
「悟くん。車の運転も出来るのね」
「免許は一昨年取った。たまに母さんの車を運転する程度だから、長距離は今回が初めてだ」
「免許を持ってるのに、どうして自転車通勤なの?」
どうして、か。わりと簡単な話だ。
「自宅から会社まで車で通勤すると、確実に、絶対、必ず、渋滞に巻き込まれる。そもそも俺たちの通勤時間は、他の人の通勤時間とも被るんだよ」
「そう、よね……。当たり前と言えば当たり前よね」
「そう。車は自転車より早く走れる。だけど渋滞のせいで、自転車より遅いんだ。で、俺は自転車で通勤することを決めた」
「都会って、大変ねぇ」
「俺は都会以外知らないから、大変かどうかわからないよ。さ、宮城に向けて出発だ」
行先をカーナビにセット。
「この車、おばさまのよね? おばさまはどうするの?」
「母さんは事務所の車を借りるってさ」
「事務所? おじさまの建築事務所?」
「そう。俺がレンタカー借りるって言ったんだけどね。普段あまり乗らないのに、さらに乗りなれない車は危ないって」
「私もそう思うわっ」
なんでそんなに力強く言うかな。
高速に乗って途中何度も休憩し、五時間をだいぶん過ぎた頃に宮城県へ到着した。
動物園へ寄る前にホテルのチェックイン。
ペット可のホテルでも、さすがにレッサー……タヌキは驚かれた。
それから動物園へ。
なんと、顔パスだった。入園ゲートの職員が、サクラちゃんを覚えていたようだ。
「サクラちゃんのお世話をしてくれていた飼育員って?」
「こっちよ。久保田さんはこっちなのっ。ふふぅ。ママも元気かしら」
ママ?
サクラちゃんのママって……タヌキ、だよな。
サクラちゃんは嬉しそうに駆け出し、迷うことなくある方向へと向かった。
今のサクラちゃんは二足歩行じゃなく、動物らしい四足歩行だ。
向かった先は……レッサーパンダの展示場?
「ママァ。タヌキさんだよぉ。タヌキさんが走ってるぅ」
「脱走したのかしら。でも服を着てるわね」
目立ちまくってるな、サクラちゃん。
でも、来園者の声は聞こえていないようだ。よっぽど嬉しいんだろうな。
「ママ。サクラよ、ママ。会いたかったわ」
サクラちゃんが格子越しに呼びかけると、一頭のレッサーパンダが近寄って来た。
もしかして、サクラちゃんの……え?
いやでもサクラちゃんはタヌキで、あれは……レッサーパンダ……え?
「サクラ。サクラじゃないか」
「あ、久保田さんっ。会いたかったわぁ~」
今度はやって来た飼育員に、サクラちゃんは飛びつく。
あの人がサクラちゃんをお世話していた飼育員か。父さんより少し年上そうだ。
でも、優しそうな人だ。
「久保田さん。ねっ、ねっ。彼が悟くんよ。私がお世話しているパートナーなの」
「おぉ、おおぉぉぉ。君も一緒だったんだね、インパクト悟くん」
「どうも初めまし……ん?」
「やぁ、初めまして。飼育員の久保田です。君の活躍は見ているよ、インパクト悟くん」
……インパクト……悟?
それ、どこのリングネームですか。
「立ち話もなんだ。さ、こちらへどうぞ」
「久保田さん。久保田さん。私、ママの所へ行ってもいいかしら?」
「うーん……体調はどうだい? どこも平気か?」
「平気よ。汚れてもいないわ。朝シャンだってしっかりやったもの」
そういえば、里帰りしようと言ったらすぐにシャワーを浴びにいってたな。
「わかった。開けてあげよう。悟くん、少し待っててくれるかい」
「はい」
「行って来るわ悟くん。園内を見て回って。私ほどじゃないけど、かわいい子がたくさんいるから」
「おいおい。その言い方だと、まるで動物園が……いや、なんでもない」
動物園が?
動物園がどうかしたんだろうか。
サクラちゃんと久保田さんが奥へ行ってしばらくすると、レッサーパンダの展示場内にサクラちゃんが入って来た。
サクラちゃん……本当にあのレッサーパンダの娘……なのか?
「やぁ、お待たせ」
「いえ。あの、サクラちゃんって……あのレッサーパンダの娘……なんですか?」
「あ……あぁ、そうだね。そう……サクラはね……」
サクラちゃんは?