38:オーランド。
「ふぅん。トムが言ってたのが彼か」
成田空港のラウンジで、周囲の女性の視線を独占する男がいた。
金髪碧眼。すらりとした長身で、かなりの美男子だ。
その男はタブレットに視線を落とし、映し出される映像に魅入っていた。
「ハッ。ゴーレムを素手で殴る気か? いくらダンジョンベビーと言えど、それは拳を痛めるだけだとおも……ん?」
男の挑発するようなセリフは途中で消える。
映像に映るのは、西区五十階のボス、ストーンゴーレムと戦う三石悟の姿だ。
悟は己の拳を一発、二発とゴーレムに叩きこんでいく。
『悟くん、そこよっ。右フック。ジャブ!』
声しか聞こえてこないのは、撮影者本人のものだろう。常に移動をしながらも、カメラは悟をしっかり捉え続けている。
撮影者が声援を送る間も、悟がずっと殴り続けていた。
スキルが発動することもなく、ただただ殴っているだけ。
ゴーレムの攻撃は軽々と躱し、当たる気配もない。
(ゴーレムは元々ノロマな奴だ。躱せるのは当たり前だとして、こいつ……拳は痛くないのか?)
防御系のスキル持ち、だという話は聞いていない。
オートマッピング、ナビゲーション、それと身体能力強化の三つが、生まれた時に授かっているスキルだと調査書にもあった。
そして先日、インパクトを習得したとも。
「身体能力強化で、ここまで肉体が強化されるものなのか?」
男が知る者の中にも、身体能力強化のスキルを持つ者はいる。もちろん、ダンジョンに入る事でスキルを手に入れた者だ。
ダンジョンが現れて二十二年。
初期の頃にスキルを手に入れた者たちは、その殆どが四十代を超えている。
現役を引退している者も多い。何より、『大人になって』スキルを手に入れた者たちばかりだ。
成長期を終えた者と、常に成長し続ける赤ん坊とでは、スキルの成長度合いは圧倒的に後者の方が上になる。
そのことは金髪の男にだってわかっている。
彼もまた、ダンジョンで生まれた『ダンジョンベビー』なのだから。
だが、自分がそうだからこそ、映像の中の光景が信じられなかった。
自分がゴーレムを素手で殴れば、確実に一発目で骨を砕くだろうことがわかっているから。
「ボクらのようなダンジョンベビーで、身体能力強化を持っているのは……いないか」
いくつもある書類にサっと目を通した限り、他に身体能力強化スキル持ちはいなかった。
赤ん坊のころからこのスキルを持っていると、ここまでバケモノじみた成長を見せるのか――と関心もする。
会ってみたい。
そして戦ってみたい。
どちらが強いのか、それが知りたい。
もちろん勝つのは自分だ。
男はそう確信して、ニヤりと笑う。
「ねぇねぇ。あの窓際の外国人。カッコよくない?」
「何話してるんだろう? あぁん、全部英語でまったくわかんなぁい」
そんな黄色い歓声も、男には興味なかった。
ダンジョンで生まれた者の特性として、感情の起伏が少ないのはこの男も同様。
興味のないことには、とことん無反応なのだ。
今、男の興味はタブレットに映し出される悟に注がれている。
「オーランド、車の手配が出来た。まずはホテルにチェックインだ」
外国人がもうひとり現れた。オーランドと呼ばれたのが、悟の配信を見ていた金髪の男だ。
「今から? この対戦の決着がつくまで待ってくれないか」
「ん? うわっ。ターゲットじゃないかっ。おいおい、これはボス戦か?」
「あぁ。ストーンゴーレム相手に、素手で殴っているんだ。笑えるだろ?」
「Oh……クレイジーだな」
しばらく二人で配信を見ていると、さらにもうひとり、今度は金髪の女性がズンズンという効果音を背負ってやってきた。
「あぁー、なぁー、たぁー、たぁー、ちぃー」
「ジェ、ジェシカ。どうしたんだい、そんな怖い顔して」
「怖い顔ですって! ロバート。私はあんたに、オーランドを連れてくるよう言ったわよね」
「そ、そうだったか?」
美女が怒ると、その顔は拍車がかかって余計に怖く見えた。
黒いスーツに身を包み、抜群のプロポーションを引きたたせる。
その体をぷるぷると震わせ、キッと二人の男を睨んだ。
「なんだ。ロバートはボクを呼びに来たのか。悪かったね、ジェシカ。じゃ、ボクは先に行ってるよ」
「は? おい、それはないだろうオーランドッ」
「ロバァート!」
「誤解だ。俺はちゃんと、車の手配が出来たぞって伝えたんだっ」
「それは聞いた。だけど行こうとは言われていない」
オーランドは表情を変えず、真顔でそう話しながらスタスタと歩き出す。
――美女を怒らせると後が怖いぞぉ。
と、トムからはよく言われていた。
だから怒らせない。
いや、押し付ける。
これが正解だ。
(サトルミツイシ……あとで録画を見よう)