37:富田さん
「十六時だ。そろそろ引き上げよう」
「もうそんな時間なの? じゃあ、この先にある部屋っていうのを見たら帰りましょうか。もしかしたらボスさんがいるかもしれないわ。ふふ」
「ボスなんか見ても楽しくないよ。どうせ他の冒険者が狩っているんだろうし」
――『ボスさんwww』
ネームドモンスターは、ダンジョンの各階層に一体だけ生息している。
それとは別に、ボスと呼ばれる強力な個体も存在した。
西区では三十階、四十階、そして最下層の五十階に。一度倒すと二十四時間以上、百六十八時間以内のどこかのタイミングでリポップするのはネームドもボスも共通だ。
「ネームドさんはその階層に生息しているモンスターと同じ種族で、強い個体のことよね?」
「そうだよ、サクラちゃん。別に突然変異で強くなるわけじゃないけどね」
ネームドモンスターは、ネームドモンスターとして最初からリポップする。
「ボスさんは、ダンジョンごとに種族が決まっているのよね? ここだとゴーレムって習ったけど」
「あぁ」
「みんな同じゴーレムなの?」
「いや、違うよ。三十階のは木で出来たゴーレムで、四十階は木の部分と岩の部分が混在したゴーレムだ。で、五十階は全身が岩のゴーレムだよ」
「え? それじゃあ四十階のボスさんの方がカッコよさそうじゃない?」
……え? なんで?
『聞こえますか?』
ん?
『専用回線で話してます。聞こえますか、三石さん』
「はい?」
「どうしたの、悟くん」
知らない声だ。もしかして緊急の何かか?
念のため、配信用の音声を切るようジェスチャーで伝える。サクラちゃんは分かってくれたようだ。
「専用回線を使って、聞き覚えの無い声で話しかけてきた人がいるんだ」
「誰かしら?」
――『あれ? 無音??』
インカムの音声をオンにする。
「えっと、誰ですか?」
『俺です。じゃなくって富田です。先日、ダンジョンで救助してもらった富田です』
「とみ……富田さん!?」
『はい。実は配信を見てまして。それでこんなタイミングですが、お礼をと……それで本部に連絡して、繋いでもらったんです』
「富田さんって、この前の?」
サクラちゃんの方には繋がっていないのか。
頷くと、サクラちゃんは嬉しそうにピョンっと跳ねた。
『実は俺、東北支部の方に配属してもらったんです』
「え? 東北に?」
『えぇ。実家が秋田なもんで。あ、妹の結婚式も無事に終わりました。新郎の実家を建て直す費用もなんとか工面できましたし、ほんと……三石さんのおかげです』
「お礼はいいですよ。その代わり、富田さんの運を、救助活動に活かしてください」
『どこまでスキルの効果が得られるかわかりませんけど、やります。まぁ当分は浅い下層担当ですが』
むしろ浅い階層からスタートしないと、冒険者経験もないんだしな。
でも、捜索隊に入ってくれてよかった。
『三石さんとサクラちゃんの活躍は、これからも配信を通じて応援しています。ボスに会えるといいですね』
「会えたら困るんですけどね」
ゴーレムなんて絶対無理だから。
『三石さんとボスのガチバトル、見てみたいですから』
「ははは。ボスなんて早々見れませんよ」
そもそも、前回討伐されたのが何日の何時何分かだって知らないのに。
行き当たりばったりで遭遇するなんてこと――。
「あらやだ。富田さんの幸運スキルのおかげかしら」
「え?」
「ゴーレムいたわぁぁ」
――『でたあぁぁぁぁぁ』
――『マジで最強運だろwww』
嘘だろ……。
サクラちゃんの嬉々とした声。
その先に広くなった巨大な部屋には、岩のゴーレムが体育座りで鎮座していた。
なんで体育座り?
「気づいたみたい。あら、なんだか足元に小さいのがいるわ」
「……取り巻きだよ。さ、帰ろう」
「『えぇー!?』」
「せっかく来たのにっ」
『か、勝てないですか? 俺は行けると思うんですけど』
富田さんまで無責任な。
『三石、やれ』
「牧田さん……」
『今、本部から連絡があった。社長命令だとさ』
「そんな無茶な」
『ポーションならサクラちゃんがいっぱい持ってる。ガンガン飲め』
なんて酷い……。
『そもそもお前の身体能力なら、勝てないわけがないんだ。もっと自信を持て』
そりゃあ……ゴリラよりも握力は強いけど……。
『それにインパクトと岩の相性はいい。そうだろ三石』
インパクト……確かに崩落した岩を砕いた時のことを考えれば、決して悪い相手じゃない。
はぁ……やってみるか。
「まずはあの雑魚を――ってサクラちゃん!?」
「あれは私に任せて。ほら、あの子たち凄く歩くの遅いの。あれじゃアンズちゃんと変わらないわ」
……誰?
ゴーレムの取り巻きは岩ゴロという、サクラちゃんとそう変わらないサイズのミニゴーレムだ。
足は遅い。人から聞いた話だけど、よちよち歩きの乳幼児なみだって。
神速持ちのサクラちゃんなら、余裕で逃げられるだろう。
「サクラちゃん。絶対に止まるなっ。ゴーレムを倒せば取り巻きも消滅する」
「わかってるわ。悟くん、頼んだわよ」
「もしもの時は逃げるからね」
この部屋を出ていけば、ゴーレムは追ってこない。というか追ってこれない。
通路は広いが、それは俺たちがそう思うだけ。
ゴーレムにとっては狭く、腕を振り回せるスペースすらないからな。
「ゴッ」
「はぁ……とりあえずインパクトを当ててみよう」
スキルが上手く発動してくれるといいんだけど。