36:俺たち視聴者は――
「最下層は、全体でみると正方形なんだけど――」
真ん中、四隅にそれぞれ大きな空間がある。これを『部屋』と呼ぶ冒険者もいるが、一辺が数百メートルもある。
部屋の中だけ限定で、天井の高さも数十メートル。そこまで続く通路も比較的広く、道幅は十五メートル丁度で、天井も七メートルだ。
「広いのねぇ」
「まぁね。ここが大型モンスターも出るところだから。ってことで、引き返そう」
――『なんでそうなるwww』
――『大型ってどんなサイズが出るんだ?』
『三石さん、視聴者からの質問です。どんなサイズのモンスターが出るんですか?』
え、視聴者からの質問って……いつから質問コーナーが出来たんだ。
どんなサイズって……あ。
「あんなサイズです」
「まぁ、カバさんみたいな大きさねぇ。私、大型っていうからもっとゾウさんみたいな大きさなのかと思った」
確かに体長は三メートルぐらいだし、カバに似たサイズかもしれない。見た目はちょっと違うけど。
胴だけはカバっぽいかもしれない。ただし足は体の側面にあって、左右で三本ずつ。『く』の字に関節を曲げて立っている。
――『グロ』
――『キメェー』
『三石さん。絵面的にアレなんで早く倒してください』
「いや倒してって……最下層のモンスターですよ」
『倒しましょう。俺たち視聴者は三石さんを信じていますから』
あんたはもう視聴者じゃないだろ。
だいたい信じてもらったからって、強くなれるわけじゃないのに。
あぁ、もうっ。
「サクラちゃん。階段を上がってっ」
「上がったら倒せないじゃない」
「だから俺ひとりで行くっ」
一発殴ってみてダメそうならすぐ逃げる。逃げるのは得意だからな。
最下層のモンスターだし、全力で――
自分でも光ったのが分かった。
インパクト――自分の意思で打ち出せるようにならないとな。
そんなことが脳裏に過った後、ヒポポタマバグズの顔面に拳がヒットした。
すぐに後ろへジャンプし、様子を窺う。いつでも逃げられるように身構えたまま。
あれ? 動かないな。
あ。
――『死んだ?』
――『やっぱワンパンじゃん』
――『血が出てなさそう? モザイク邪魔』
――『いや、めちゃくちゃグロいことになってるかもしれないぞ』
『なっていません。見た目はまったく変わってないけど……三石さん、生死の確認出来ますか?』
なってないって、何がなってないんだ?
発見者さんは視聴者のコメントを、リアルタイムで見てるのか。
「んー、死んでるみたい。あ、もう煙になりかけてるわ」
「サ、サクラちゃん!? 近づいたら危ないだろうっ」
「大丈夫よ悟くん。死んでるもの」
それを確認しようとしてたのに、先に近づくんじゃない。
はぁ。インパクトのおかげで助かった。
「あ、悟くん、あっち!」
「え? うわっ、ヤバぃ」
右の通路からリザードマンが突進してきた。咄嗟だったので思わず拳を突き出し、顔面クリーンヒット。
光らなかった。光らなかったけど、リザードマンは吹っ飛んだ。
そして壁に打ち付けられ、ピクリとも動かなくなった。
――『やっぱりモザイクは必須だな』
『AIのモザイク処理能力、すげーな。瞬時にかけてくれてる』
『だろー。うちのAIちゃんは仕事が早いからなぁ』
いったい何の話をしているんだ……。
「んぐ、もぐ。レベル36になったわ。早すぎない?」
「早いね。でも冒険者カードに表示されるレベルって、ゲームとかのソレとは違うからね」
ランチタイムは階段で。冒険者カードをそれぞれ確認すると、サクラちゃんは36、俺は35になっていた。
ゲームでは、モンスターを倒すと経験値が手に入る。モンスターによって入って来る経験値が違い、強い奴ほど多くの経験値を持っている。ゲームをやったことがあれば、誰でも知っていることだ。
で、現実にはモンスターに経験値なんてものはない。ただ死んだあとに放出する黒い靄は、強さによって成分とか濃さとかが違うらしい。目視ではわからないほどに。
その靄をカードが検知し、分析し、倒したモンスターの強さを判断。
そのうえで、現段階のレベルと比較して疑似経験値を付与している某という説明を以前聞いた。
だから例えレベル1でも、最下層のモンスターを倒せばいきなりレベルが10以上増える。
逆に、ここ西区だとレベル70の人が最下層のモンスターを何匹狩ろうと、レベルはほぼ上がらない。
何千匹と倒せば、1ぐらいは上がるだろうけど。
「ここの適正レベルは60だから、後何匹か倒せばそこまで行くかもしれないね」
「一日で60も上がるの!? でもなんだか、私は何もしてないのにこんなに上がっちゃって、申し訳ないわぁ」
それは確かにある。
前に後藤さんから聞いた話がある。
レベルの高い冒険者グループに、レベルの低い冒険者がお金を払って狩り場に連れて行ってもらい、自分は何もせず、疑似経験値だけ貰う寄生行為があったと。
そういう人が少なからずいたようだ。
だけど、カードに表示されるレベルだけ高くても、実力は伴わない。
結果、寄生を止めてカードに表示されるレベルにあった適正狩場に出て行き――命を落とした。
寄生行為が頻発していた時期、冒険者の死亡率が跳ねあがったこともあったそうだ。寄生で何もせずレベルだけ上がった人が野良パーティーに加わり、まったく動けず、パーティーを全滅させるきっかけになったとかで。
だから冒険者ギルドでは寄生行為を禁止している。
お金を払って依頼する側も、お金を受け取る側も、どちらにも処分が下るようになった。
まぁそれでもゼロにはなってないと、後藤さんは言う。
見つからなければバレないのだから、と。
「サクラちゃんは……サクラちゃんはちゃんと役目を果たしてるよ。俺が囲まれないよう、走り回ってモンスターの注意を引きつけてくれてただろ?」
「そ、それは……だってそれしか出来ないもの」
俺は気づいていた。
三匹以上になったら、サクラちゃんが後ろでこっそり「がおー」っと言っていたのを。
時々、足元をちょこまか動いてモンスターの気を逸らしてくれていたことを。
サクラちゃんは――。
――『寄生してないだろ』
――『頑張ってたもんね、サクラちゃん』
――『おかげで映像がビュンビュンしてたけど』
『牧田先輩。ドローン必須だと思うんですけど』
『そうだな。あとで部長に相談しておこう』
……だから何の話なんだ。