34:モザイク用意
「そっか。サクラちゃんは冒険者登録をしていたんだったね」
登録をした翌日から、西区の下層でレベルを上げてこい――という社長命令が出た。
もちろん、西区のダンジョンで出動要請があれば駆け付けなきゃならない。
「登録はしたんだけど、すぐパーティーをクビになっちゃったからレベルは3しかないの」
「ふぅん。じゃあスキルレベルも育ってないってことか」
「えぇ。あ、でもアイテムボックスは、いくらモンスターを倒しても育たないのよ」
あぁ、そうだった。
現在確認されているスキルの中には、いくつかレベルの上がらないスキルがあった。
逆に、モンスターを倒してレベルが上がるスキルは、そのレベルに上限が存在しない。
まぁレベルは上がれば上がるほど、次にアップするまでの必要経験値が増えるから、ある程度上がるとレベルアップしにくくなるのは当たり前。
「じゃ、一緒にレベル上げしようか」
「一緒……で、でも私、戦闘スキルを持っていないし、寄生虫みたいなものよ?」
寄生虫なんて言葉も知っているのか。サクラちゃんは本当に、人間と何も変わらないな。
いや、この場面でこの単語が出てくるってことは……もしかしてサクラちゃん、以前パーティーを組んでいた人間から言われたのか?
「サクラちゃん。俺たちはパートナーだ」
「パ、パートナー」
「そう。えぇっと……仕事上のパートナーなんだから、公平であるべきなんだ」
「し、仕事上。仕事上ね」
「うん。サクラちゃんが成長すれば、捜索効率も上がると思う。神速とか特にさ」
サクラちゃんはスキル保持者になって、まだ日が浅い。でも神速なんて、まさに神スキルを育てられていないなんて勿体なさすぎる。
「俺が知ってる冒険者に、神速の下位互換スキルの俊足を持ってる人がいて、その人は味方が囲まれそうになったら、足で敵をかく乱させるって言ってたよ」
「かく乱……出来るかしら」
「出来るよ。特に俺たちはモンスターの相手なんかしないで、走り抜ける方が効率がいい。モンスターが多い場所では、サクラちゃんと俺でモンスターをバラけさせれば安全に抜けられると思うんだ」
特にサクラちゃんは体の小ささもあるし、モンスターの足元をすり抜けることだって出来るだろう。
下層には大型モンスターもいるから、その場合は特に有効だ。
逃げ足を鍛えるのも、立派な捜索隊の仕事だからな。
「わかったわ。私、頑張る!」
「よし、行こう」
西区のダンジョンは五十階までしかない。下層でレベル上げしろって言われたけど、インパクトしかないのになぁ。
とりあえず、ゾンビ系が出るところは避けよう。
『本日のサポートを担当させていただきます、発見者です。よろしくお願いします』
「……なんで名前じゃないんですか?」
西区のダンジョンに入ってから、サクラちゃんが記録撮影を開始した。
レベル上げ目的なのに、記録が必要なのだろうか……いや、配信のためらしい。
こんなものまで配信して、そんなに再生回数見込めるのか?
で、後方支援のサポート担当が、先日の崩落個所をいち早く映像から見つけた『発見者』さんだ。
リモートで業務を行うって話だけど、さっそくお仕事か。
でもなんで『発見者』って名乗るんだ。
『えっと、その方が視聴者にもわかりやすいから……あとなんか、身バレがちょっと……』
「ちょっとも何も、そのうち公式サイトに捜索隊名簿が載りますよ」
『モザイク入れて貰うんで大丈夫』
モ、モザイクって……許可出たんだろうか……。
――『発見者さんちーっす』
――『まじで捜索隊に就職しとるwww』
――『え、俺も就職したい』
――『冗談抜きで私も。もう10社落ちてるのぉ』
――『切実やwwww』
なんかインカム越しにピコンピコン聞こえる。前にもこんなことあったな。その時はサクラちゃんのスマホだったけど。
『三石、牧田だ。発見者の業務教育担当で彼の家に来ている。俺が後ろで見ているから、安心して好きなようにやってくれ』
「了解です、牧田さん」
好きなようにって言われても……まぁとりあえず行くか。
まずは十五階っと。
「あら悟くん。扉のところ?」
「あぁ。でもここはモンスターが広範囲に散らばってて効率が悪いだろうから、上の階に戻るんだ」
転移してから回れ右をして、階段を上る。
十四階はオーソドックスな迷路仕様の階層で、ここなら――。
「さっそくお出ましだ。サクラちゃん、逃げる準備はしておいて」
「え? どうして」
「攻撃スキルを覚えたてなんだ。どこまで通用するかわからないだろ?」
一階のモンスターとは違うんだ。そして動かない岩とも違う。
目の前を転がるのは、ダンゴムシのような姿をしたモンスターだ。
大きさは伸びた状態で一メートルほど。皮膚は硬く、アクリル板に匹敵する。
一階のスライムやゴブリンとは違うんだ。俺の覚えたてのスキルなんて、きっと通らない――はず。
「今よ悟くん、殴って!」
「くっ――」
――『モザイク用意お願いしまーす』
『こちら発見者。本部、モザイクお願いします』
ん? なんか聞こえた気がするけど――あ。
ボールのように跳ねてきたダンゴムシに拳を打ち付けると、物凄い勢いで吹っ飛んで行った。
奴が飛び込んで来たせいでタイミングが合わず、インパクトを使ってなかったと思うんだけど……なんか壁にぶつかって、いろいろと、その……スプラッタ……。
「ほらぁ、余裕じゃない。悟くん、もっと下にいくわよ。下」
「あ……う、うん……サクラちゃん、アレとか平気なのか?」
「あれって、虫の死骸?」
そう。なんか潰したような状態になっている。ぐちゃ、だ。
「ふふ、忘れたの悟くん。私、レッサーパンダなのよ。虫の死骸なんて見慣れてるわよぉ。時々展示ブースに入って来たのをね、おやつにしていたんだから」
お、おやつ……。
サクラちゃんはレッサー……いや、タヌキ……いやレッサーパンダ?
とにかく動物だ。うん、昆虫だって食べるよな。