32:ゴリラ超え
「千五百メートル走……48秒06」
「あれ、まただ。さっきは42秒台だったのに」
今日は改めて、身体能力の測定をさせられている。
朝から垂直ジャンプ、走り幅跳び、握力とやっているけど、どれも数回やって、全て記録が違う。
ちなみに五十メートル走は、ストップウォッチを押す余裕がないってことで中止だ。
「垂直ジャンプは一回目が320センチで、二回目は394センチですか……随分と差がありますね」
「はい。幅跳びも14メートルから十八メートルと、三回やってこの差なんですよね」
「えっと……普段からそんなに跳んでいるんですか?」
「え? 普段って……日常的に?」
「えぇまぁ。町の中でもダンジョン内でもいいですが」
町中で十八メートルも跳んでたら、人の迷惑になるだろう。
「跳びませんよ。町中はもちろんですが、ダンジョン内だってその殆どの階層では、そこまで広い場所もありませんし」
迷路状の場所なんかは不可能だ。モンスターだっているんだし、一、二メートルならまだしも、十数メートルは壁やモンスターに激突する可能性が大。危険過ぎる。
「握力は? 普段はどうしているんです?」
「うぅん……あまり深く考えていませんが。でも、子供の時に何度も家のドアノブを壊していたので、しばらくは意識して力加減するようにしてました」
「今は意識していないと?」
「そうですね。ここ数年はドアノブを壊していないし、力加減が身についているんだと思います」
酷い時には一日二個、壊したりもしていたもんなぁ。
スライドドアは無事だったから、父さんがいっそ、家の中のドア全部、スライド式にするかって本気で考えていたし。
「垂直跳びにしたって、三メートルもジャンプしたら天井に頭をぶつけますよ。ダンジョンの天井も、意外と高くないですからね」
「そ、そうですよね。うぅん……ここは天井が十四メートルあります。思い切ってジャンプしてみてくれませんか?」
「え? 計測じゃなく?」
「はい。思いっきり。全力で」
別に手加減してジャンプしたつもりはないんだけどなぁ。
思いっきり、思いっきりかぁ。
そうだな。天井の高さは気にすることないんだし――。
膝を曲げ、ぐっと踏み込む。
「ていっ」
垂直にジャンプ。
ん?
すとんっと床に着地して職員を見る。
口をあんぐり開けて、俺を見ているようだ。
なんか少し……さっき別の体育館で測った時より跳んだ気がする。
「も、もう……もう一度測り直してください! 今度は加減なしっ。正確な数値が測れないんですからっ」
なんだかよくわからないけど、怒られた気がする。
「ただいま……はぁ」
測定が終わって待機室に戻って来た。
「おかえりなさい、悟くん。なんだかお疲れね? 肉球、触る?」
「なんで肉球……」
サクラちゃんが手を差し出す。疲れと肉球になんの関係があるんだろうか。
「触ると疲れが吹き飛ぶって、みんな言うのよ。私、いつの間にかスキルが増えたのかしら」
「肉球にはね、神秘の力が宿っているんだよ。癒しの力がね」
「赤城さん、もっともらしい顔で何言ってるんですか」
「……白川大変だ。悟が騙されてくれないぞ。あんなに……あんなに純粋な子だったのに」
赤城さんは普段からニコニコしているから、冗談なのか本当なのか判断が難しい。
「しかし、思ったより時間がかかったな、三石」
「あ、秋山さん。そうなんです。何度も計測をしなおしたもんですから、こんな時間になっちゃって」
九時から開始して、途中で昼食休憩を取ってから引き続き午後も計測。
もう十六時をとっくに過ぎていて、このまま何事もなければ終業時間だ。
「サクラちゃん、何してるの?」
時計をじーっと見ていると、ずっとぷにぷにしたものが腕に触れていた。
サクラちゃんだ。
「え? 悟くんが触らないから、私が触ろうと思って」
「……どうして」
「肉球。癒されるでしょ?」
と小首を傾げている。
わからない。
癒されるっていうのがどういうことなのか、よくわからない。
そのままぷにぷにと触られながら、十七時のチャイムを耳にした。
「よし、帰ろうサクラちゃん」
「今日は大きな出動要請もなかったし、穏やかな一日だったわねぇ」
俺はずっと身体能力測定をさせられていたし、どんな出動要請があったのかも知らないけど。
服を着替えて自転車で帰宅。
ご飯を食べて、風呂に入って、そして就寝。
思いっきり全力でと言われてから、全部再計測したけど……その結果、俺は無意識のうちに加減する癖がついたんじゃないかと言われた。
まぁそりゃ加減しないと、いろいろ壊しまくってしまうし。
でもまさか、計測する時までその癖が出ていたとは。
結果、千五百メートル走の最速は三十九秒ジャスト。垂直ジャンプは四百五十二センチ。握力は八百五十キロと、ゴリラの世界記録を超えてると言われた。
俺……ゴリラと同じレベルで見られていたのか。
でもスキル持ちの人間だって、普通の人より身体能力が優れているんだ。
きっとゴリラ並みのはず。
捜索隊のサイトにいって、社員名簿を開く。ここには全部の能力値ではないけど、いくつか公開されているのもあるからそれを……。
赤城さんの百メートル走が……6.73秒。
格闘スキルを持っている青山さんの握力は二百五十一キロ。
白川さんの垂直ジャンプは二百五センチ……。
みんな、普通の人の世界記録を軽く超えてはいるけど……。
俺がおかしいのか?
ゴリラの平均握力は400~500kgだそうです。
過去に600kgを叩きだしたゴリラもいたらしい。