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29:自室が半分になった

「悟ぅ~。起きないのぉ~? もう八時よぉ~」


 一階から大声で呼ぶ母さんの声が聞こえる。

 今日は十一時出勤だからゆっくりでいいって、昨日言ったのに。


 採掘ギルドの八人全員を無事救出してから十日経った。

 あの時、インパクトのスキルが付与されたグローブのおかげで、岩を粉砕することが出来た。


 ――と思っていた。


「まさかスキルを習得していたなんて……初めてダンジョンに侵入した時以外にも、極稀にそういうことがあるっていうのは知っていたけど」


 それが自分の身に起こるとは。

 サクラちゃん、グローブにスキルが付与されていないならいないで、先に言ってくれればよかったのに。

 そう言ったら「スキルが付与されているグローブの方が、世の中圧倒的に少ないわよっ」と怒られた。

 ごもっともで。


 思い込みでスキルを習得するなんてなぁ。


 服を着替えてリビングに下りる。


「もう、寝坊よ悟」

「いや、今日は出勤時間が遅いから」

「遅くても朝はちゃんと起きないと。ねぇ~、サクラちゃん」

「そうよ悟くん。今日は社長さんからお話があるっていうんだから、寝癖を直してピシっとしなきゃ」


 なんで社長の話と俺の寝癖が関係しているんだろう。


「さぁさぁ、ご飯食べて。それからシャワーを浴びなさい」

「え、なんで?」

「なんでって、寝癖を直すためでしょ悟くん」


 そんなの、洗面所で水を少しつければいいじゃないか。


「そういえば、今回協力してくれた視聴者さんたちに、お礼するそうよ」

「え? それ誰に聞いたんだいサクラちゃん」

「視聴者さん」


 捜索隊の隊員じゃなくって視聴者から?


「投げ銭も多かったみたいなの。それで積極的に情報を伝えてくれた視聴者さんのコメントをAIで抜き出して、その人たちにギフト券を配るんですって」

「まぁ! 私もコメントすればよかったわぁ」

「え、母さんもあれ見てたの!?」

「父さんも見てたぞ」


 父さんが座った車いすを母さんが押してやって来た。

 この夫婦は夜通し、息子の勤務を覗いていたのか。寝なよ。


「ギフト券って、太っ腹だな」

「んむ。ん、でもね、そのギフト券ATORAグループ傘下のお店でしか使えないの」

「あぁ~、なるほど」

 

 捜索隊はATORAグループのひとつ。

 ATORAは他にも、ダンジョン産アイテムの加工や技術開発、さらにダンジョンとはまったく関係のない不動産、アパレル産業、飲食店の経営と幅広い事業を行う会社だ。

 衣料品販売もやってるし、そこで使えるだろう。


「ね。悟くんが穴を空けた後助けに来てくれた冒険者さんたちって――」

「あぁ、24号、31号ドローンの操縦者が連れて来てくれた人たちだね。あの人たちは採掘ギルドから謝礼が出るんだってね」

「そうそう。よかったわぁ。せっかく駆け付けてくれたんだもの、あの人たちにも良いことがあっていいわよね」


 そうだな。

 捜索隊の後続部隊が到着するまで待っていられないと判断した何人かのドローン操縦者が、二十九階、それから二十七階を走り回って冒険者を探してくれた。

 採掘場が多く、あの階層に通う冒険者は少ない。

 少ないだけでゼロではない。ドローン操縦者たちはそのゼロではない、少数の冒険者を探して走り回ってくれた。

 そして見つけた冒険者を、あの崩落現場まで連れて来てくれたのだ。


 駆け付けてくれた冒険者の中に、風を操る魔法スキルを持っている人がいたのも幸運だった。

 おかげでガスを直ぐに四散することが出来た。

 そして冒険者がいたおかげで、要救助者をすぐに地上に送ることも。


「ちょっと悟! のんびりしてないでさっさと食べちゃって」

「そうよそうよ。私はもう食べたんだから」

「……はぁ」


 なんか母さんが二人になったみたいだ。






「えぇー。サクラちゃん、三石くんと同棲してるの!?」


 同棲って、なんか違わないか?


「そうよ。悟くんと同棲なの」


 そうじゃない!


「「きゃーっ」」


 出勤すると女性たちが集まって来て何を話すのかと思ったらこれだ。

 同棲じゃない。同居だ。


「三石くん。サクラちゃんと同棲って、ご両親の許可は出てるの?」

「……同棲じゃありません。許可もなにも、両親がサクラちゃんに言ったんですよ。この家で暮らさないかって」

「あら、そうなの?」

「そうなのっ。おばさまとおじさまが言ってくださって。でねでね、悟くんのベビーベッドを貰ったのぉ~」

「「ベビーベッド!?」」


 この十日の間にも出動は二回あった。まぁ新米冒険者が二階で怪我をして動けなくなったから救助して欲しい――という、捜索隊からすると楽な救助案件だったけれど。

 そして帰宅すると、俺のトレーニングルームは面積が半分になっていた。

 残り半分のところにいつのまにか壁が出現。内側には小さなベッドが置かれ、棚やクローゼットもあった。


 建築家の父さんが事務所に指示して、数時間でそれらを完備させた。

 母さんは「ルームランナーとホームジムまで、一歩で行けるようになったから楽でしょ?」とか言われた。

 これまでは数歩かかっていたから、狭くなってむしろよかっただろってことらしい。


「三石くんが使ってたベビーベッド、まだ残ってたんだ」

「え? いや、一度も使ってないんだ。俺、生まれて地上に出てからは直ぐに大きな病院に入院になったから」


 退院したのは生後半年が過ぎてから。

 生後半年でハイハイはおろか、捕まり立ちまで始めていたから、ベビーベッドは危険と母さんが判断したらしい。

 生まれる前に既に買っていたベビーベッドは、組み立てられただけで一度も使っていない。

 それを「サイズ的にぴったりだから」と、母さんが屋根裏倉庫から運び出してきたのだ。

 いや、たぶん父さんの事務所の人に下ろしてもらったんだろうけど。


「そぉらお前たち、キャッキャしてないで社長のありがたぁいお言葉を聞きに行くぞ」

「後藤さん、寝るの間違いじゃないんですかぁ」

「有難く寝るんだよ。さ、大会議室に行け」


 後藤さんに促され、俺たちは大会議室へと移動した。

 社長からの有難い話って、いったいなんだろう?


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