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28:株式会社ATORA

「ではこういたしましょう。これまでわが社が得るはずだった収益分、それは請求いたしません。この七年間はわが社から国に委託を依頼していた――ということにしましょう」


 某所某会議室で政治家相手に話すのは、株式会社ATORAの若き社長兼会長である安虎あとら じゅんだ。

 ATORAはダンジョン産アイテムの研究解析をし、それを一般的に利用可能になるよう技術開発を行っている。

 ダンジョン産の資源はそのままでは使えない。エネルギー変換機が必要だ。


 そのエネルギー変換機を世界規模で見てもいち早く開発したのが、このATORAだった。

 国との共同でエネルギー変換機を各重要施設――たとえば発電所、国の重要機関、交通機関に商業施設に設置。

 これらの試験運用期間を十年間とし、その間の運営管理を政府と共同で行うことになった。

 それが十七年前の話である。


 だが実際には共同とは言えず、技術的なメンテナンス、管理は全てATORA任せで、集金システム――つまり収益だけを政府が持ち去っていった。

 政府が運営している、そう言えば国民も安心するだろう。

 今、多くの企業、国民が安心して変換機を利用しているのは、政府の名があってこそ――という言い分で。

 

 が、ATORAはそれに対し不満を漏らすことなく黙っていた。

 黙々と準備を整え、さらなる技術開発で変換機の小型化を行い、量産体制を整えて来た。

 そして――


 ATORAグループのひとつ、捜索隊の活躍により株価は急上昇。

 捜索隊に興味を持った者も多く、会社設立の経緯を調べたり、ATORAそのものを調べたりとネットには様々な情報があげられるようになった。


――え? ATORAの前社長って、二十二年前のダンジョン生成で死んだの?

――いや、社長は生存してる。奥さんと息子、今の社長の兄貴が死んでる。

――前社長は妻と息子を奪ったダンジョンに異様なまでに執着して、まぁそれが技術開発に繋がったらしいんだけど。

――結局、前社長はひとりでダンジョンに入って亡くなってるな。

――なんかまとめサイトで凄いニュース出てるけど。

――は? ATORAの変換機で作られたエネルギーの使用料って、なんで国に渡ってんの?

――一企業の利益を、国が横取りしてんの? は?

 

 と、既にネットでは大炎上している。

 政権への批判はもちろんだが、支持率は10%に迫る勢いで下がり続けている。

 マスコミまで乗り出してきて『国が一企業の利益を独占』などという見出しで記事まで載せ始めている。

 どうにかしなければならない。

 だがそれが実際に本当なのでどうしようもない。


 頭を抱える政治家たちの前に現れたのが、ATORA現社長だ。


「これまでのことは目を瞑ってやるから、今後は一切の収益を独占する――ということかね?」

「独占も何も、あれは我が社で開発、設計、製造したものですが? これ以上我が社の利益をネコババするようでしたら、七年前に国と交わした契約書を公にしてもいいんですよ」

「あ、安虎は我々を脅すつもりか!?」

「ですから、我が社の功績を全て横取りしてるのは誰なのか、それをよぉく考えてはどうです? こちらは過去七年間、横取りしていた収益の返還はいいと言っているんですよ。それとも、この先も甘い汁を吸い続けますか? いやいや、無理でしょうねぇ。わたしが『我が社から申し出たこと』と言わない限り、おたくらの支持率は限りなくゼロに近くなるでしょう。政権交代も近いかなぁ」

「「うっ」」

「一時間後には記者会見です。その記者会見でわたしが何を話すのかは、ここでのご返答によって変わりますので、よぉ~く、お考え下さい」


 安虎潤は、そう言って微笑んだ。

 長身、且つほどほどに鍛えた肉体、そして女性の視線を独占――とまではいかないが、なかなかの美丈夫だ。

 そんな男が微笑むのだから、ここに女性がいれば黄色い悲鳴も上がっただろう。

 だがここには私服を肥やすことしか頭にない政治家が集まっている。

 誰も彼にトキメク者はいない。

 むしろ嘲笑にしか見えないだろう。


 だが、集まった官僚たちは決断するしかなかった。

 ATORAと政府が交わした契約書が公に出れば、政権交代では済まないだろうから。


 こうしてエネルギー変換機の運用は、全てATORA社に戻ることとなった。


「社長、お疲れ様です」

「あぁ、疲れたぁー。スーパー銭湯行きてぇ」

「書類にサインしたらお好きにどうぞ」

「車運転してくれよぉ。免許持ってないんだからさぁ」

「電車で行けばいいでしょう。あ、タクシー呼びますか?」

「こんな社長秘書嫌だあぁぁぁぁ」

「雇ったのはあんたですから。それよりサイン。はよ」


 中学からの同級生、金森進は、誰よりも安虎潤の扱いに慣れていた。


「はいはい、こっちもね」

「うえぇぇ」

「小型変換機の一般家庭への普及を政府に進めさせる案はどうなったんです?」

「そりゃもちろん。七年間、甘い汁を吸うだけ吸ったんだからな。文句は言わせないさ」

「その七年分、うちが得るはずだった収益も、一般家庭に小型変換機が普及すれば四年で取り戻せる計算だったな」

「海外の方も販売ルートの確保が出来たし、いやぁ、これからガッポガッポ儲けちゃうねぇ」


 安虎はニヤリと笑い、書類にサインをしていく。

 だが直ぐに表情を引き締め、机の引き出しにしまっておいた書類を取り出した。


「ガッポガッポだし、社員の給料も上げてやらないとな」

「命、駆けて貰ってますからね」


 そこには捜索隊に勤務する社員の賃上げ内容をまとめたものが書かれていた。


 結局、大量の書類に囲まれ、安虎はこの日、スーパー銭湯に行くことは叶わなかった。

 


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