27:39,000ドル
「HAHAHAHAHA。トム、ジャパンのレスキュー隊にクレイジーな奴がいるぜ」
アメリカニューヨーク州にあるオフィスビル。
その中に、アメリカでも屈指のトレジャー・ハンターギルド『ブラッディ・ウォー』の活動拠点があった。
「レスキュー? はっ。ダンジョンで遭難した奴らを救助にいく、あのお人好し組織か。ジャパンでは"冒険者"と言ったか。ダンジョンに行くのは強制でもなんでもない。そこで遭難しようが死のうが自己責任だろう。弱い奴は死ぬ。それだけのことだってのに、なんで助ける必要があるのか」
「まぁまぁ、それはここでは置いとくとしてだ。トム。そのレスキュー隊にダンジョンベビーがいるのは知ってるよな?」
「当たり前だ。地球上にダンジョンベビーが何人いると思ってる。たったの二十八人だぞ。各国のダンジョンベビーは常に監視対象だ。むしろ監視を付けるべきだと言ったのはエディ、お前だろう」
ダンジョンベビーは総じて、他のスキル保持者とも違う次元の力を持っている。
アメリカでは力こそが全てだ。ひとりでもダンジョンベビーを仲間に引き入れたいという思惑がある。
『ブラッディ・ウォー』にもダンジョンベビーがひとりいるが、アメリカには他に四人のダンジョンベビーがいた。
その四人がそれぞれ、四つの異なるギルドに所属している。
ギルドマスターであるトムは他国のダンジョンベビーを引き抜こうと考えているが、それは他所のギルドとて同じこと。
なんだったら他国の似通った組織も、同じように考えているだろう。
だが――
「サトル・ミツイシ、だったか? あの坊やはダメだ。身体能力強化は悪かないし、オートマッピングとナビもいいスキルだ。だが『いいスキル』程度なら、他に変わりはいくらでもある」
「あぁ。あのボーイは攻撃スキルがなかったからなぁ」
「そうだ。強さこそが正義。それがアメリカだ。身体能力程度じゃ、強者にはなれん」
「まぁなぁ。だがトム。このボーイがスキル覚醒したとしたら、どうする?」
ニヤリと笑うエディの顔を、トムが驚愕した顔で見つめる。
スキル覚醒――スキル保持者が何かしらの要因で、新しくスキルを習得する現象を、彼らはそう呼んでいる。
スキルを手に入れられるかどうかは、人生で初めてダンジョンに入った際に決まる。
その時にスキルを手に入れられなかった人は、その後、何度挑戦してもスキルを手に入れることはない。
ではスキルを手に入れた人がさらに別のスキルを手に入れるにはどうすればいいか。
「スキルスクロールではないのか!?」
各ダンジョンに生息するボス級モンスターからドロップする、スキルスクロールを使うことで入手できる。
ただしドロップ率は低く、一つのダンジョンで年間に産出されるスキルスクロールの数は、せいぜい三十個程度。
一度もスキルスクロールを手にすることなく、現役を引退する者の方が多いぐらいだ。
「NO。配信を見る限り、スクロールは使ってねぇ。覚醒だ」
「はっ。覚醒者だと? スクロールのドロップ率よりも少ないんだぞ」
「わぁってるって。けどな、これ見ろよ」
そう言ってエディは、現在もリアルタイムで配信されている画像を少し巻き戻した。
そこに映っていたのは、何度も何度も繰り返し岩を殴り続ける日本人青年の姿。
『インパクト……インパクト!』
そう声に出しながら、青年はなんどもなんども岩に拳を叩きつけていく。
そして――光った。
「スキルの発動だと!? まさかこの坊やは、本当にインパクトを?」
「あぁ。ほらここだ。岩が割れて、中から砂がザザァっと落ちてるだろ? インパクトスキルで岩を殴れば、これと同じ現象が起きる」
青年本人が光り、スキルの効果が現れている。
つまりこれは、紛れもなく『インパクト』だとエディは話す。
その後も、画面に映る青年は次々とインパクトのスキルで岩を砕いていく。
そうしてついに、壁を塞いでいた岩の右側半分の粉砕に成功した。
駆け出す青年が真っ先に駆け寄ったのはタヌキだ。
「WHY……何故タヌキがダンジョンに?」
「それもレスキュー隊らしいぜ」
「……日本人はクレイジーだ」
「かわいけりゃいいじゃねーか、トム」
「は?」
映像には青年以外が合流し、次々と要救助者が運ばれていく姿が映し出されている。
「スキル覚醒者か……くく、くくくくくく。面白いじゃないか。エディ、この坊やの監視を優先させろ」
「OK、トム。ちなみにこのボーイの年収だけどな、39,000ドルだとさ」
「は? なんだその安月給は」
「まぁニューヨークと東京じゃ、平均年収にかなり差があるからな」
「はっ。39,000ドルか。うちならその十倍は軽く用意できる」
むしろ二十倍、いや三十倍出したっていい。
トムは既に引き抜く気で考えている。
(格闘スキルと身体能力強化の組み合わせは、最高のベストマッチだ。確実に化けるぞ)
「おい、トム。どこにいくんだ? もう見なくていいのかよ」
「お前が見ておけ。俺はオーランドのところへいく」
「オーランドの? はは、同年代のフレンドが出来るって、伝えに行くのか?」
トムは何もいわず、ただ口角を上げて笑うだけだった。
執務室を出て、トムは一階下のトレーニングルームへと向かう。
「よぉ、オーランド。お前と同じ日生まれの、面白い日本人がいたぞ」
トムの呼びかけに振り向いたのは、金髪碧眼の、まるでモデルのような容姿をした青年だった。
*1ドル=150円ってことで。