219:ニコールの願い。
「はぁ……今年も私にプレゼントをくれる人はいない……か」
「え……」
二月のある日、ニコールが突然そんなことを言い出した。
「あら、ニコちゃんは誰かにチョコレートあげないの?」
「え? なんで私が」
チョコ?
「バレンタインデーって、女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日ばい。まぁ義理っていうのがほとんどみたいやけど」
「えぇ!? そんなの聞いたことがないわよっ。逆じゃないの? 男が女に贈るもんよ」
「え?」
「え?」
あぁ、バレンタインデーかってもう十四日!?
連日ダンジョンに潜ってると、時間とか曜日の感覚がなくなっていくな。それでも俺たちは毎日、地上に戻って来てはいるんだけど。
「サクラちゃん、ヨーコさん。に、日本と外国では、バレンタインが少し違うんだよ。むしろ女性から男性にっていうのは、他の国から見ても珍しい方なんだ」
「えぇ!? そうなのぉ」
「なんなん! 日本の男は貰うだけばいっ」
い、いや、一応ホワイトデーっていうのがあってだね。
「アメリカじゃ恋人や夫婦、家族といった、大切な相手にプレゼントを贈るのだけど、男性が大切な女性にプレゼントっていう、ロマンチックなイベントでもあるのよ」
「大切な女性に!」
「つまりニコは、男性からプレゼントを贈られたいってことなん?」
「えっ。べべ、別に私は~、そんなこと~……」
ニコールが顔を真っ赤にし、それから言葉を詰まらせた。
ほんと、彼女は俺が知るダンジョンベビーと、全然違うな。
表情はコロコロ変わるし、普通の人と何も変わらない。
「……私、普通の人間じゃない、から……。バケモノみたいな私に、プレゼントしてくれる人なんて……いない」
「ニコちゃん?」
「ニコ、急にどうしたん。そんなことない。そんなことないばい」
急にニコールのテンションが変わった。彼女の表情が……消えている。
それはまるで、毎朝鏡で見る俺と同じ。
「子供の頃からずっと頑張ったのよ私! みんなから無表情で怖い、マネキンみたいって言われて。表情を作る練習、頑張ったんだからっ」
「ニ、ニコちゃん……」
じゃ、あのコロコロ変わる表情って……訓練の賜物!?
でも、今は俺たち他のダンジョンベビーのように無表情だ。
「三石さん。彼女、普段の表情は作ってたものだったんですよ。たぶん、ですけど」
「作り笑顔……」
「自然に見えるように、きっと、長いこと頑張ったんでしょうね。俺たち男は、そこまで気にしませんけど」
表情……彼女にとって、そんなに大事なものだったのか。
みんなから怖いと言われて、ずっと気にしていたんだろうな。
俺も、確かにそう言われた記憶がある。
「真田さんも、怖いって……そう言われたことって」
「あー、どうかなぁ。俺、小学校は行ってないんですよ。トール・ハンマーの力がヤバくって。県が支援してる特別施設で勉強を受けてて。塾みたいな感じです。先生ひとり、生徒ひとりの」
「俺と変わらないな。俺は小学校に入学まではしたんだけど、その……壁とかぶち破っちゃって」
二年に上がる頃には、スキル所持者の支援施設で同じように勉強を受けるようになった。
「ボクもそうさ。ボクはトムの援助で家庭教師を付けてもらったんだ。その家庭教師もスキル持ちだったけどね」
「え、お前ってそんな子供のころからトムさんに?」
「そ。見込みのある子は若いうちから育てるってね。でもニコは違ったんだ。彼女のスキルは簡単に封じることが出来たから。手袋を付けていれば、問題ないからね」
ニコールが生まれた時から持っていたスキルは『エクスプロージョン・ハンド』『体力維持』『ドレイン』の三つ。
『エクスプロージョン・ハンド』は、スキルを発動させてから触れた場所を、本人の意思で好きなタイミングで起爆させられるというもの。
そこだけ聞けばかなり強力で、ヤバそうだけど。その触れるという行為は、直接でなければならない。
手袋をするだけで、スキルの効果がなくなってしまうのだ。
ちなみに、スキル発動時に触れている物は対象外らしい。
体力維持は、体力の消耗を押さえるバフスキルだし、『ドレイン』はモンスター相手にしか発動しない。
危険のないスキルだから、一般の子たちと過ごしても害はない。
だから彼女はずっと、普通の子たちと暮らしてきた。
その結果が、彼女にとっては辛い現実だったのかもしれない。
「ニコール。君の願いって……もしかして」
表情はなく、それでも目に涙を浮かべたニコールは、俺を見て答えた。
「私……普通になりたい……。普通の女になって、普通に恋をしたいの。普通じゃないから、普通になりたいって願うのはいけないことなの?」
そうか。俺は普通になりたいと思ったことはないけど、でも、ダンジョンベビーだからって周りから奇異な眼で見られるのを嫌だと思ったことは……確かにあった。
それでも俺は、ダンジョンベビーで頑丈だから捜索隊に入れて、人を助けられて。だからよかったと思うこともあった。
ニコールにはそう思えるときがなかったのだろうか。
彼女の気持ち、わからなくもない。
でも。
「ごめん、ニコール。それでも俺は、俺の願いは、譲れないんだ。最初に願いを叶えるのは、俺だ。ごめん」
「謝るぐらいなら、あんたの願いも教えなさいよ!」
「父さんの体を戻したい。俺が生まれた日、父さんは俺や母さんを守るためにモンスターの囮になって……下半身不随だったんだ。でも、最近になって麻痺が全身に広がりだした。だから、父さんを」
そう話すと、彼女はぽかーんとしたあと目を擦った。
そして――。
「だったら最初からそう言いなさいよ! パパは大事でしょ。大事に決まってるでしょ! バカじゃないのっ」
何故か、怒られた。




