211:挨拶。
「じゃ、悟たちにはレベルを上げてもらうよ」
ニューヨークに到着した翌日。突然、オーランドがそう言ってやって来た。
昨日はダンジョンに行っていたらしい。
そして俺は『ブラッディ・ウォー』の客室にタダで泊っている。
タダより怖いものはないって言うけど、これか?
「オーランド、今『悟たち』って言ったの?」
「言ったよ、サクラちゃん」
「わ、私たちも?」
「そう。サクラちゃんたちも」
「ケッ。上等だぜ」
「「えええぇぇぇーっ」」
ヴァイスはやる気十分なようだ。ブライトも「当然だね」と言っているからやる気だ。
叫んでいるのはサクラちゃんとヨーコさん。俺も叫びたい。
「レベル228のジャックですら、本人曰く、瀕死だったんだぞ。ボクも先日やっと200に上がった程度だからね。正直、このメンバーじゃ隠しダンジョンの最下層なんて無理だよ」
「こ、このメンバーって、いやサクラちゃんたちは連れて行かないよ」
「何言ってんの悟くん!」
「ここまで来て置いて行くのかい、君は」
「ケッ。オレよりよえーくせに何言ってんだ。ケッ」
「ウチ、助けてもらった恩を返さんといけんやん。齧りついてでもついて行くけんねっ」
それは本気で痛いから止めてください。
みんなの気持ちは有難いけど、今回ばかりは……。
今、俺のレベルは134だ。最近は浅い階層での活動が多かったし、あまり上がっていない。
俺と一緒に行動しているんだから、みんなも同じだ。
出張期間は俺の誕生日まで。それまで必死にレベル上げをしたところで、150行けるかどうかだろ?
228のアメリカランキング一位が瀕死だったようなダンジョンだ。
今更だけど。
現実的に数字を見たら、無理じゃないかって思えてきた……。
「じゃ、ダンジョンに行こうか」
「い、行こうかって、おい!」
「あ、それとこれを渡しておくよ」
オーランドが出したのはカードだ。英語でなんか書かれてる。
「捜索隊の会員カード? 社員カードじゃないのね」
と、スノゥがそこに書かれている内容を読んでくれた。
って、スノゥとツララにもカード渡してるんだけど、オーランド?
「そのカードは全ての転送装置をタダで利用出来るんだ。それ目当てで捜索隊に登録しようとする低レベルや中堅レベルが多くてね。困ってるらしい」
「え、困るって? まさかカードだけもらって、捜索要請に応じないとか?」
そう言うと、オーランドが頷いた。
「でもバカだよね。カードは利用制限が簡単に掛けられるようになってるのにさ。要請を二度拒否したら、利用停止にするようにしたらしいよ」
「そりゃそうよね。タダ乗りのために捜索隊に登録するなんて、許せないわ」
だけどハンターとの兼業だしなぁ。ダンジョン攻略中だと、すぐに駆け付けるって訳にもいかないだろうし。
まぁだからこそ、一回は見逃してくれるんだろうけど。
「じゃ、行こうか」
どうやっても俺たちにレベルを上げさせる気でいるようだ。
まぁ……出来る出来ないじゃなく、やるしかないよな。
誕生日までが無理でも、来年、再来年の誕生日には……。
「ここがボクの生まれた場所だ」
「え……」
ダンジョンに入って最初にオーランドが口にしたのはこれだった。
「オーランドの故郷なのね」
「うぅーん。故郷ではないかな。ここで生まれたってだけだからね。寄ってく? ボクが生まれた動物病院」
「あんた動物病院で生まれたと? 人間なのに」
「そうだよ、ヨーコちゃん。ボクのママが獣医だったんだ。勤務してる病院ごと、生成に巻き込まれてね。そのままそこで出産したんだ」
寄ってくって気軽に言うけど……だってそこで、オーランドの両親は亡くなったんだろ?
……行った方がいいよな。
オーランドの案内で、そのまま一階を進んだ。二時間ほど歩くと、突然、建物が立ち並ぶ景色が現れた。
二階建ての建物が左右の壁際に十数軒ほど並び、その全ての一階部分は店舗になっていた。
店舗が壁にめり込んでいるようにも見えるけど、中はどうなっているんだ……。
「ほら。あそこのアニマルクリニックだ」
「家全部、壁に埋まってるじゃん。どうなってんだ?」
「埋まってるように見えるけど、埋まってはないんだよ、ヴァイス」
ヴァイスの質問に答えたオーランドが、近くの店舗の窓から中を覗く。
手招きされ、俺たちも窓から中を覗いた。
あぁ、確かに中がちゃんとある。壁で遮られてはいないんだな。
上野でもショッピングモール内にダンジョンの壁の一部が侵食してはいたけど、基本的に店内はちゃんと残っていたもんな。
そしてクリニックへと到着すると、病院前の地面を指さし、オーランドが「パパはここにいたんだ」と。
「もう随分と前に撤去されたんだけどね。パパは車の中にいたんだ」
オーランドはそれだけを話した。
どうやって亡くなったのかまでは聞いていない。だけど車内で亡くなったってことだろう。
「ママは中でね。生まれたばかりのボクや、患者だった動物たちを守るために待合室の扉を塞ぐようにして亡くなってたって。ボブが言ってたんだ」
「ボブ? 誰なの、その人」
サクラちゃんの質問に、オーランドはクリニック向かいの店――ピザ屋を指さした。
「あの店で働いていた人さ。今では自分の店を持ってるんだよ。今度連れて行ってあげるよ」
「肉だけピザとかあると? チーズはいらんけん」
「作らせるよ。じゃ、戻ろうか」
「いや、待ってくれ」
さっさと戻ろうとするオーランドを呼び止め、俺は病院前から院内に向かって手を合わせた。
「ん? 悟、何やってるんだい?」
「何って、その……亡くなった方への挨拶っていうか。日本式のな」
「あ、そうね。ご挨拶しなきゃね」
「手を合わせると?」
「僕らは手がないんだけどね」
「じゃあ目を閉じて、心の中で挨拶をすればいいよ」
俺がそう伝えると、ブライトとヴァイスは目を閉じた。サクラちゃんとヨーコさんは手を合わせている。
最近はヨーコさんも後ろ足で立つようになった。歩く時は四本脚のままだけど。
俺も目を閉じて、それから……。
命がけでオーランドを無事に産んでくださって、ありがとうございます。
彼のおかげで、俺の父の体を治せるかもしれないという希望を持てました。
本当にありがとうございます。
――と伝えた。
「ありがとう。きっと両親も喜んでいるよ」
そう話すオーランドは、普段と違ってちゃんと顔が笑っていた。




