204:キコ、怒る。
「進行、していますね」
担当医から告げられた言葉は、予想はしていたけどやっぱりショックではあった。
でも、一番ショックなのは父さんだろう。
上半身は動くから仕事は出来る――いつもそう言って笑っていた人だったからな。
なんで……なんでこんなことに。
俺なんだ。俺があの時産まれて来なければ。予定通り、五日後だったらダンジョンから救助された後だったのに。
五日早く出てきてしまったばっかりに、こんなことになったんだ。
「とりあえず詳しい検査をしますので、一週間の入院予定で」
「わかりました。じゃあお節は病院へ持ってこなきゃね。お父さんの大好きな栗きんとん」
「黒豆と、あと唐揚げも欲しいなぁ」
父さん、唐揚げはお節じゃないと思う。
冗談を言ってはいるけど、不安だろうな。
俺にはどうすることも出来ない。
麻痺の進行が途中で止まってくれることを祈るしかない。
半休を取って午後からの出勤。サクラちゃんたちは後藤さんにお願いして、本部まで一緒に連れて行ってもらっている。
待機室に入ると、彼女たちが待っていた。
「どうだったの?」
「おじさん、大丈夫そう?」
「僕らに何かできるか、悟」
「マッサージいるか?」
「ツララもマッサージするぉ」
「体を温めるほうがいいかしら、冷やす方がいいかしら?」
みんな、父さんのことを心配してくれている。
父さん、これ見たらきっと喜ぶだろうな。
「ありがとう、みんな。とりあえず一週間は検査入院になったから。大丈夫さ。きっと大丈夫」
そう自分に言い聞かせた。
――が、出動要請が入るまでパソコンにかじりついている。かじりついて検索しまくっている。
麻痺を治療する方法……全身麻痺が突然治った事例……麻痺を治すスキル……。
「一時的な麻痺を治すスキルはあるんだけどなぁ」
麻痺に限らず、状態異常を治すリカバリースキルだ。ポーションだってある。
このポーションは以前、試した。
開発された時に後藤さんが社長に頼み込んでもらったヤツだ。
今じゃ量産できるようになったから一本一万円だけど、当時は五十万したからなぁ。
それを十本。
もちろん、効果なしだ。
そのおかげで、ダンジョンモンスターから受けた状態異常攻撃にしか効果がないっていうのがわかったんだけども。
「――るくん。ねぇ、悟くん」
「ん? あ、あぁ、サクラちゃん。あれ、もしかして出動がかかった?」
「ううん、違うんだけど、さっきからスマホが鳴ってるから」
「え!?」
しまった。パソコンの方に集中して気付かなかった。
まさか病院にいる母さんから?
と思ってスマホの電源を入れると、着信履歴はオーランドからのもの。
電話とメール、合わせて八件の履歴があった。
はぁ……。
溜息を吐きながら通話ボタンを押す。
『Hi、悟! やっとでた。ニューイヤーは日本に行くことにしたんだ。大丈夫。ちゃんとエディの許可は取ったよ。ね、エディ』
元気な奴。後ろでエディさんの溜息交じりの返事が聞こえる。
「あー、悪いオーランド。今ちょっとバタバタしてて、正月は無理だ」
『……何かあった?』
普段は能天気野郎なくせに、なんでこんな時だけ勘がいいんだ。
はぐらかすと、あれこれ聞いてきそうだし。
「父さんの麻痺が、上半身にも広がっている……みたいなんだ」
そう話すと、電話の向こうにいるオーランドが押し黙った。
しばらくして。
『わかった。僕の方でも探しておこう』
それだけ言うと、電話を切りやがった。
探すって何をだよ!
まぁ……わかってはいるけどね。
いつも言葉数が少なくって、ちゃんと伝わらないんだよ。
「オーランドもきっと心配なのね」
「あいつ、キモぃけどアメリカじゃ有名な冒険者なんやろ? おじさんの体を治すアイテムとかスキルとか、きっと見つけてくれるばい」
「ヨーコ。キモぃってのはかわいそうじゃないか?」
「あいつキメェよ。オレとツララ見るときとか」
「オーランドはキモぃ! 僕の息子と娘は、絶対にやらんぞ!!」
ははっ。今頃オーランドのやつ、絶対にくしゃみしてるだろうな。
見つかる。きっと見つかるさ。
さ、気持ちを切り替えよう。
こんな状態じゃ、救助に行った俺が遭難してしまう。
ヨシ!
――と気合を入れたものの。
今日は珍しく出動要請がかからなかった。
いや。俺のチームが出動しなくてもいいように、後藤さんが調節してくれたんだろう。
実際に他のチームには出動要請が入っていたし。
退勤時間になって、駐輪場へと向かう途中で曽我さんチームが戻って来るのを見た。
「お疲れ様ですっ。大変でしたか?」
「やぁ、三石。いやそれがさ、予定から三日経っても戻ってこないって言うから捜索願いが出されたってのにね」
「聞いてよ!! そいつら、とっくにダンジョンから出てたのよ!」
「え……入れ違いになったってこと?」
「ピヤアァァァァ」
キ、キコがご立腹だ。ハリーが大塚さんの後ろに隠れている。
「ネームドを倒せたらしくてね。なんかあまりにも嬉しくてギルドに戻らず、そのまま箱根に行ったらしくてさ」
「お、温泉……ですか」
「き、北区の二十八階を捜索開始して三時間後に、連絡入りまして」
「そいつらが東京に戻って来て、やっとギルドに顔を出したんですって! キイィィィィ」
「ワオォォォォン。キコ、怖い。キコ、怒ってる」
ま、まぁ、怒るのも無理ないか。
「いろいろお疲れ様です」
「はぁ、疲れたけどまぁ、無事だったのならいいさ。だろ?」
「そうですね」
「じゃ、誰も遭難してないけど、報告書があるから。また明日」
「はい。お先に失礼します」
そうだな。誰も遭難してなくて、みんな無事だったのならそれでよし。




