20:おんぶ紐
「送ってくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ、助けていただきありがとうございます。お気をつけて」
「あなたたちも怪我の手当て、ちゃんとするのよ」
車を降りてすぐにダンジョンへと向かう。
「捜索隊の! こっちですっ」
「え、はい?」
入り口の方から呼ばれてそちらに向かうと、採掘者ギルドらしい人がいた。
「お仲間ですか?」
「はいっ。うちのメンバー八人と連絡が取れなくなりまして」
「階層は?」
「それが……」
ダンジョン内の採掘場は、ある程度資源を採掘すると枯れてしまう。
だけど時間の経過で資源は復活する。だから採掘者はいくつかの採掘場を転々とすることが多い。
「二十五階の採掘所は、彼らが潜ってすぐ枯れたという知らせがあった。それで二十八階に向かうと連絡があったんだが……それっきりだ」
「護衛の冒険者は?」
「いたはずです。二十五階で合流する手はずでしたから」
冒険者が先に潜っていたのか。転移陣があるし、転移先で待っているなんてのは珍しくはない。そこまでは安全なわけだし。
「わかりました。一度二十五階に行ってみて、そこから二十八階を目指してみます」
「頼みます。これ、今俺たちが持ち合わせているポーションですが、持って行ってください」
「ありがとうございます。サクラちゃん、アイテムボックスの中へ」
「えぇ、預かるわ」
「はい、ど……タ、タヌキ!?」
「じゃないわよっ!」
サクラちゃんは作業員からポーションを奪い取ると、その小さな足で彼の靴を踏みつけた。
ただ踏みつけているだけなので、まったくダメージにはなっていない。安全靴だし……。
「サクラちゃん。急ぐから抱っこして行くよ」
「え? だ、抱っこ!? 待って、心の準備が――ひやあぁぁぁっ」
サクラちゃんを抱え、急いで地下一階へと下りる。
そのまま転移陣を起動して二十五階へ。
護衛の冒険者が誰なのかわからないせいで、端末を確認したところで無意味だ。
走り回って探すしかない。
悪いことに二十五階から三十階は採掘場がメインになっていて、狩り目的でここに来る冒険者がほとんどいないことだ。
もしいれば話を聞くことも出来るんだけどな。
「じゃ、走るよ」
「まままままままま、待ってっ。これ、これつけさせてっ」
「ん? なんだい、それ」
見たことあるような、ないような。
――『鞄?』
――『リュックっぽい?』
――『ちょw おんぶ紐www』
――『なんそれ?』
――『赤ちゃん背中におんぶするときに使う紐wwww』
「こうして、こう……ベルトをカチっとして。カチっと」
「……カチっと」
見たことあった。
これ、赤ちゃんをおんぶする時に使ってる奴だ。装着している人を良く見る。手が自由になるから楽なんだろうなって見てた。
なるほど。これなら俺が全力で走っても、サクラちゃんが落ちることはないな。
「じゃ、行くよ」
「え、えぇ。これでたぶんだいじょ――ぶやあぁぁぁぁーっ」
「舌噛むから、口は閉じてて」
二十五階にある採掘場は全部で八カ所。そこを全部見て回って、それから二十六階か。
ナビゲーション機能を使って最短コースで走り抜けよう。
「に、二十五階には、いなかった、のね……」
「あぁ。二十六階に下りて、採掘場を回りながら二十七階を目指す」
「そ、そう……じ、じゃあ、行きましょうか」
――『サクラちゃあぁぁぁん』
――『悟くんもうやめてあげて。サクラちゃんのHPはゼロよ』
――『ふらふらなのに人命救助のために……サクラちゃん!』
サクラちゃんのスマホ、また通知が凄いな。
「サクラちゃん、ピコピコうるさいし、通知切ったらどうかな?」
「そ、そうね。うん、切っておくわ。みなさん、ごめんなさい。捜索に集中したいから、通知は切らせていただきますね」
『通知は切っても、インカムの電源は落とすなよ』
「あら、後藤さん。そんなドジ、やらないわよぉ」
『ドジったばっかりな奴が言うな。あとな、そのドジをやった奴がそこにもいるんだよ』
「悟くん? 切っちゃったの?」
……後藤さん、余計なことを。
採掘所を目指して、まずは一つ目。
ここの資源も枯れてるのか。復活のタイミングは採掘所によってまちまちだと聞くし、俺もそこまでは詳しくはない。
「次」
二十六階には何カ所あったかな。マップを確認しながら採掘所の場所をチェックして、ナビゲーションを設定していく。
「出来ればここか、次の二十七階にいてくれるといいんだけど」
「え、どうしてなの悟くん?」
「実は……二十八階はまだ走破していないんだ」
西区の最下層は六十階。こちらも五十五階から下はまだ行けていない。モンスターが強いからっていうのもあって、走り抜けるのが困難だったから。
同じ理由で、北区のダンジョンもほとんど走破出来ていない。
だけど東区の二十八階は別の意味で走破出来ていない。
走破するためには相当な時間と、それから運を要するから。
捜索隊に入社して四年。都内で難易度の低い西区のダンジョンから潜り始め、俺の移動スピードが速いとわかってから、先行隊として活動を始めるのにそう時間はかからなかった。
それもあって、ダンジョンのオートマッピング作業がなかなか進まず、このありさまだ。
「仕事が休みの日を利用してでも、オートマッピングさせておくべきだった」
「ダメよ悟くん! お休みの時はしっかり体を休ませないと。働き過ぎはダメ。メっよ!」
――『悟くん、めっ』
――『俺もサクラちゃんに叱られたい』
――『悟くん、超人的な体力してそうだけど無茶すんな』
「二十六階で見つかることを祈りましょうよ。ね?」
「……そう、だね」
「さぁ、しっかりしがみつくから、走ってもいいわよ!」
「わかった。じゃ――」
ここから長い一本道だ。全力を出そう。
ぐっと足に力を入れ、地面を蹴る。
と同時に、サクラちゃんの悲鳴が響き渡った。