18:サクラちゃんのストーカー
「ちょっとそこのあなたたち! 布の服でダンジョンに入るんじゃないわよ!」
サクラちゃんそれ、Tシャツとジーパン。
まぁ布の服と言えなくもないけど。
この時期はこういう、普通の服装でダンジョンに入ろうとするのが多いんだよな。
冒険者登録をして職業訓練を受ければ、スキルに合った最低限の装備が三カ月間、格安でレンタル出来る。
それを持っていないってことは、レンタルするお金も払いたくないのか、最後まで話しをちゃんと聞いてなくて知らないかのどちらかだ。
レンタル料は一日たったの二百円。500mlのジュース一本分だ。
「装備は冒険者ギルドでレンタル出来るのよっ。それを借りてきなさいっ」
「レンタル料は一日たった二百円です。三ヶ月限定ですので、今のうちに借りておいた方が良いですよ」
「Tシャツだと、スライムの粘液であっという間に溶かされてしまうぞ」
「「え?」」
赤城さんの言葉に、高卒っぽい青年たちの顔が青ざめる。
――『スライムってやっぱ酸性なのか』
――『いや強酸性のスライムは下層だけなはず』
――『これ東京西区のダンジョンだろ? ここの浅い層にいるスライムは繊維だけを溶かす粘液吐くはず』
――『なんだ、布だけか』
――『布だけ溶かす……ひらめいた!』
――『やめとけ。粘液は数秒で蒸発するから、そもそも採取不可能だぞ』
――『俺のひらめきを返せ』
「悪いこと言わないから、ギルドに回れ右して初心者用の装備を借りてきなさい」
サクラちゃんの言葉を聞いて、彼らは互いに顔を見合わせる。
それから財布を確認すると頷いた。
「タヌキの言う通りにするよ」
「えぇ、そうしな――」
――『地雷踏んだ!?』
――『どうするサクラちゃん!!』
「わぁ~、たぁ~、しぃ~はぁぁぁぁぁ」
あぁ……サクラちゃんがお怒りだ。
「タヌキじゃないわよおおおぉぉぉぉぉぉおっ! この可憐で愛らしいレッサーパンダのどこがタヌキって言うの!」
「え? え? ええぇぇー!?」
サクラちゃんの豹変っぷりに、青年たちが逃げ出す。サクラちゃんは彼らを追いかけ、たまに後ろ足で立ち上がって威嚇ポーズをした。
「三石。なんでサクラは自分をレッサーパンダって思ってるんだ?」
「青山さん……いや、俺も知らないんですけど」
「レッサーパンダとタヌキ、見た目からしてかなり違うのにねぇ。ほら、手足とかさ、レッサーパンダってもっと太いじゃないか」
「赤城、なんでそんな違いを知ってるんだ」
「白川は知らないのか? 動物園に行けば違いなんて一目瞭然じゃないか」
――『捜索隊エースは動物好き、と』
――『ショウくんカッコいぃ~』
――『エースってなに?』
――『エース>各都道府県の中で一番実力のあるチームのことをエースと呼ぶ』
――『悟くんもエース!?』
――『東京のエースは赤城さん白川さん青山さんの三人でイケメントリオ』
――『ファンクラブもあるよ!』
「んもうっ。失礼しちゃうわ」
「はっはっは。サクラちゃんは少し毛色が薄いだけなのにね」
「そうなのよぉ。アルビノじゃないんだけど、普通のレッサーパンダより色が薄いの。それでタヌキと良く間違われちゃって」
色が薄い……で納得してるんだ。
それより、さっきはレッサーパンダとの違いを解説していた赤城さんが、今はサクラちゃんをレッサーパンダ扱いしている。
気遣う姿勢がさすがエースの赤城さんだ。
午前中はダンジョンの入口で入場登録や、私服で入ろうとする人にレンタル装備を勧める活動を行った。
お昼前に中へ入り、食事は階段付近で――と大きな声で言いながらあちこち歩き回る。
これももちろん、最初の職業訓練時の座学で習うことだ。
100%ではない。極稀に、階段を上り下りするモンスターはいる。
でも本当に極稀だ。頻度としては月にして数匹程度。
だから階段は安全地帯と呼ばれている。
俺たちも階段傍で昼食を摂り、午後からは赤城さんたちが不慣れな冒険者に戦闘のアドバイスをして回る。
普段からモンスターとの戦闘を避けて走り抜けるだけに俺には、誰かにアドバイスしてやれることなんてない。
「うぐぐぐぐぐ」
「どうしたんだ、サクラちゃん」
「あいつ……あいつ、さっきからずっと私のこと見てるのよ!」
「え?」
――『ストーカー!?』
――『いやまてよくみろ』
「ゴブリン?」
――『ゴブリンだな』
――『ゴブリンだ』
――『ゴブリンのストーカー!?』
――『餌だと思ってるんでしょ』
「気持ち悪いわ、悟くん、やっちゃってよ」
「いやでも、捜索隊は不必要な戦闘行為は禁止だから」
――『え? そうなん?』
――『要は勤務中に戦闘してドロップ稼ぎしたらダメってやつじゃね?』
――『あー、なんか捜索隊募集概要にそんなの書いてたね。勤務中にお金稼ぎしちゃダメだって』
――『サクラちゃんのためだ! 必要な戦闘だろ!』
赤城さんたちがいるせいか、ゴブリンが襲って来る様子はない。
そのうちどこかの冒険者が狩るだろうし、放っておいてもいいだろう。
サクラちゃんは心配性だな。
「うわぁぁぁぁっ」
通路の奥から叫び声が聞こえた。
「三石、行ってこいっ」
「はい。サクラちゃん、行くよ」
「え、えぇ」
地下一階は人が多い。特にこの時期は、冒険者になり立ての人たちでごった返している。
全力で走るとぶつかる可能性もあるし、駆け足程度で走る。
『ゴギャァッ!』
「邪魔っ」
『ゴガッ――』
サクラちゃんを狙っていたゴブリンが、ここぞとばかりに飛び出してきたから蹴り飛ばした。
――『ひでぇ』
――『ゴブリンに同情するぜ』
人が多いということは、それだけ時間当たりで倒されるモンスターの数も多いということ。
ダンジョン内は不思議と、一定のモンスターが常に生息している。どこかで倒されたモンスターがいれば、それを補うために同じ階層にまた湧く。
瞬間的にたくさんのモンスターが倒されると、同じく、瞬間的にたくさんのモンスターが湧くと言う事。
それがたまに、狭い範囲で一気に湧くことがある。
十数匹――多いと二十匹以上が湧くことも。
そういった場所のことを『モンスター溜まり』と言って、レベルの低い冒険者が遭遇すると例え一階層であってもかなり危険だ。
角を二つ曲がった先にあったのは、案の定、モンスター溜まりだった。
「サクラちゃん、ロック・ファイアの――」
「はい、悟くん!」
ターゲットをロックした対象にのみ飛んでいく火球の杖がある。
捜索隊の技術部が作った便利なアイテムだ。
その杖をサクラちゃんに出して貰おうと思ったのだけれど、言い終える前に彼女はアイテムを用意してくれた。
――『サクラちゃん、ナイス』
――『いけ、悟くん!』
「……サクラちゃん?」
彼女が取り出したのは、指抜きのフィンガーグローブだった。