166:ハリー⑨
「君たちのおかげでこの地区の治安は、この半月の間で見違えるほどよくなった。よって、ここに君たち全員を表彰します。ありがとう」
「感謝をするなら飯をくれ!」
「アッシは猫缶希望でやんすっ」
「ビーフジャーキー!」
「あー……か、考えておこう」
「考えるな! 行動で示せ!」
警察の少し偉い人がやってきて、オレたちに紙をくれた。
紙、いらない……。オレもビーフジャーキーがいいぞ!
「それで署長さん。あたしたちはここで暮らしていいってこと?」
「えぇっと、それは……」
え……ダメ……なの?
「あ、不動産のことならわたしの方で説明するよ。一応、警察から話すのは立場上、ダメなことだからね」
やっぱりダメなの!?
警察の人の代わりに話をしたのは、不動産屋さん。
「ここの敷地と建物は、大阿太が競売で入札し、お金もちゃんと払って購入したものだ。固定資産税も彼の口座から自動引き落としになっているからね、家賃の心配はしなくていい」
「大阿太って、誰?」
「警察に捕まって刑務所に入ってる男さ。まぁ殺人罪で実刑判決も出ていて、二十五年は出てこないんだ」
その悪い人間には家族もいない。子供がいるんだけど、その子供も刑務所なんだって!
だからここのビルは悪い奴が刑務所から出てくるまで、リフォームも解体もなーんにも出来ないって!
でも誰も住んでいないと、この前みたいに悪い人間のゴミ箱? になるって。
えっと、悪い人間が捨てられるゴミ箱っていう意味らしい。キコがいってた。
とにかくゴミ箱にならないよう、オレたちが住んでていいよってことらしい。
でもルールがある。
周りの人に迷惑かけないよう、暗くなったら騒がないこと。
遠吠え禁止。クゥーン。
発情期の喧嘩も禁止。我慢出来ない時は……キュウゥーン!
あとお掃除もちゃんとすること。
ゴミ出しの日も決まってて、分別っていうのもしないといけないらしい。
その説明を聞いて、みんなで覚えて、ルールを守るぞ! って約束してから、ビルを使えるようになった。
「電気水道はどうするかい?」
「電気は――」
「おれのスキルでいつでも明るく出来るよ!」
「水はその辺の公園でも飲めるしなぁ」
「うんうん」
「そ、そうか。じゃあ電気と水は止めておこうかね」
こうしてオレたちは、今日からこのビルで暮らすことになった。
「ここがあたしたちの家よ!」
「これで雨風を気にしなくてもよくなるね」
「あぁ。風邪を引くと大変だったからなぁ。もう目も開けてられねえぐらい、目やにが酷くなって」
「ほんと……。もう冬も怖くないわね」
冬……そうだ! もうすぐ冬だ!
オレ、冬好き! 冬はいっぱいいっぱい、アキラとくっつけるから!
アキラは寒がりで、それで……。
オレがいないと、アキラ、寒くないかな?
「今年はハリーもいるし、暖かくして寝れるわねぇ」
「そうだな。ハリーはあったけぇもんなぁ」
「うんうん。オイラ、ハリーと一緒に寝るの好きぃ」
「夏はあっついわよ。暑っ苦しいに決まってるわ!」
「とか言って、一番にハリーに潜って寝だしたのはどこの誰かしらねぇ」
「あたしじゃないわよ!」
「「お前だよ」」
キコはいっつも、オレが寝ていると顎の下に潜り込んでるぞ!
みんなもアキラみたいに寒がりなのか。
アキラはいっつも温風ヒーターの前でゲームしてる!
ベッドも電気毛布だから暖かいぞ! オレはちょっと暑いぞ!
アキラは……アキラは……オレがいなくても平気か?
でもキコは……クロベェは……カンクロ、クロスケ、クロミはヒーターも電気毛布もない。
オレは毛があるから温かいけど、みんなにはないし。
オレと一緒だと暖かい?
オレ……みんなと一緒の方がいいのかな。みんなが寒くないなら、そうした方が良いのかな。
じゃあ……温かくなるまではみんなと一緒だ。
うん。きっとその時までにはアキラがオレを探してくれるぞ!
アキラがオレを探してくれたら、そしたら帰ればいいさ!
ここでビルで暮らすようになって、冬が二回過ぎた。
結局オレが迷い犬欄には載ってなくって、まだ帰れていない。
そして夏が近づくある日――。
「おーい、いるかぁ?」
秀さんが来た。お仕事くれるのか!?
あ、あれ? 人間と一緒だぞ。
「秀さん、なんだよその人間?」
「あぁ、こいつは捜索隊の奴だ。捜索隊、知ってるだろ?」
捜索隊!?
オレ、知らない!
この日、オレたちの生き方はガラっと変わることになった。
――スキル持ちの動物たちが株式会社ATORAに就職して数カ月後。
東京都四つ目のダンジョンとなった上野ダンジョンでの大規模救助の中継で、スキル持ちの動物たちの活躍がネットで話題に。
そんなある日、捜索隊やATORA本社には何軒かの問い合わせがあった。
「テレビで報道された犬は、うちの犬です!」
「あの猫はうちのミーちゃんよ!」
「「労働報酬はちゃんと飼い主に払え!!」」
という自分勝手な内容だった。
だが彼らは肝心なことを隠していた。
期待したスキル内容じゃなかったり、人の言葉を話すようになって煩わしくなったことでペットを捨てた――ということを。
そして彼らは知らなかった。
若きATORAの社長はクレーマーに対して真正面から殴りに行く性格だということを。
そしてSNSに流れたのは――。
「オレはアキラとタケシとパパさんとママさんと、家からずっと遠い原っぱに遊びにいったんだぞ!
初めての原っぱで、初めてパパさんママさんも一緒だったんだ!
それでたくさんボール投げてくれて、探しに行って戻ってきたら車を見失ったんだぞ。
走って探したけど見つからず、今でも迷い犬欄に載らないから……オレ、家がどこにあるのかわからないし……。
迷子になったオレが悪いんだぞ! でも迷い犬じゃないから、えっと……それってどういうこと?」
「ご主人の代わりにダンジョンでお金稼ぎしてこいって言われたにゃ。でもおいにゃ、攻撃系スキルじゃにゃいから……にゃいから……静岡から東京まで来て捨てられたにゃあぁぁぁ」
捨てられた子、そのことに未だ気付かない子、元ペットだった子たちのインタビュー映像だった。
当然、そのSNSにつくコメントは「かわいそう」「クソみたいな飼い主だ」「飼い主晒せ!」というものばかり。
誰一人、元飼い主たちを擁護する者はいなかった。
更にSNSに流れたことで元飼い主たちは近隣住民にも知られることとなり、その後どうなったのか……。
だが、元ペットだったアニマルたちは気にしない。
「ハリー! 出動よっ。早くなさい!!」
「ウォンッ」
「ハリー。東区の二十八階に行ったまま戻ってこない冒険者がいるんだ。絶対見つけるぞ」
「おぉ! オレ、見つけるぞっ」
「あっ、あっ。ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
「もう花園ちゃん、遅いわよぉ」
「キコ、焦らせるんじゃない」
「んもうっ。大塚のおじさんは若い子に甘いんだから!」
「お、キコ、ハリー、いってらしゃい。気をつけてなぁ」
「おー! クロベェ、行ってくるぞ!」
彼らは今、アニマル捜索隊として――アニマルスタッフとして――ATORAの各部署で働いている。
誰かに必要とされ、感謝され、美味しいご飯と涼しくて暖かい部屋も完備された暮らしを送って、仲間に囲まれ、幸せだから。
新作はじまっております!
今度は異世界ファンタジー(転生も転移もあり!)
こちらもお読みくださるとうれしいです(´・ω・`)
https://ncode.syosetu.com/n1096lj/
滅びかけの異世界で、万能クラフトと解析眼による再生スローライフ~古の魔法王朝をめぐる開拓譚~




