145:ナース。
「スキルは変化と妖狐モードとナースね」
……は?
変化以外の二つはスキルなのか?
百歩譲って妖狐モードはまだいい。ナースって何? それ職業なんじゃないか?
「妖狐モードは……やっぱりそうよね。冒険者ギルドの登録データにもないスキルだから、まったくわかんない。でもナースは都内にも三人いるし、日本全国だと十一人いるからわかるわ」
「え、意外といる!?」
「そうなの。職業だろってツッコミ入れたくなるわよねぇ」
入れましたよ。たった今。
今朝はヨーコさんのスキルを鑑定してもらうために、少し早めに出勤してギルドへと来た。
何故か職員には「また動物?」とか言われたけど、そんなに動物連れて来てるか、俺?
鑑定の結果は、合計三つ。
ヨーコと命名したけど、妖狐モードって……。
「ナースはね、診断スキルとヒールの複合体みたいなものなの」
「回復系!?」
いや、ナースって名前が現実の看護師に該当するのなら、回復系ってのは予想できる内容だ。
回復かぁ。いいねぇ。
「や、役に立つスキルじゃない。ふ、ふぅーん」
「へぇ、ウチって有能なんやね。クククク」
「な、なんかムカつくわ、その笑い方」
「説明は最後まで聞いてね。で、ナースなんだけど、診断スキルの下位版で、ヒールとは言ったけど、実際には治癒出来ないの」
「え、出来ない?」
聞けば、診断出来るのは外傷や状態異常まで。例えば内臓損傷による体調の変化や、普通に病気で倒れた場合などは一切わからないとのこと。
そしてヒールではなく、応急処置。傷口を洗って薬塗って包帯巻いてまでを、スキルを使って一瞬で出来るということだ。しかもベテラン看護師並みの正確さで。
「ナースで手当てした傷の治りは早いみたいなんだけど、その場で治癒出来るわけじゃないっていうのは覚えといてください」
「治癒じゃなかったのねぇ~」
「ウ、ウチ、微妙ってこと?」
「いや、そうでもないさ。今までは軽傷でもポーションを使っていたけど、これからはヨーコさんのスキルが使えればポーションを消費する必要がなくなる」
つまり節約出来るし、救助される側も支払額が少なくて済む。
実際、お金の面があってポーションは不要だっていう人も多いしな。
応急処置ぐらいはするけど、当然、それには多少の時間を必要とする。その間にモンスターが来るなんてのもザラだ。
それを一瞬でやってくれるなら助かる。
「でもどのくらい一瞬なんだろう?」
「実際にやってみるのがいいと思いますよ。幸いここは冒険者ギルドですからね、怪我してる人はいくらでもいると思いますから。どなたか昨日今日で怪我された方いませんかー? スキルの効果を確かめるため、ご協力くださーい」
職員がそう言うと、二人ほどが手を上げてくれた。
「あ、三石さん。ナースには手当の仕方が二種類あってですね。ひとつは薬も包帯も、全部術者の魔力で補う方法があります。もう一つは、必要なものを用意して行う方法です」
前者の方がスキル使用時の魔力消費量が多いとのこと。
「ヨーコさん、どうする?」
「傷口を洗う水もお薬も包帯も、全部あるわよ」
「え? あるって、アンタどこに持っとると?」
「ここよ」
と、サクラちゃんがアイテムボックスを出す。
「え? そんな小さな箱の中に?」
「これね、アイテムボックスって言ってね、中は違う空間になってて広いの。んー……あ、あなたと私が寝てたあの部屋二つ分ぐらいの広さがあるのよ」
「え、すご! どんだけ薬入れとんの!?」
「ふっふっふ。さ、今はそんなことより、あなたのスキルよ。どっちの方法でやるの?」
「あ、うぅーん。そうやね……魔力とかっての消費してやってみるわ。でもどうすればいいのか……」
ヨーコが困っていると、人が集まってきた。
「キツネ? 尻尾が二本じゃん」
「あれ、もしかしてあいつ……上野の一階で俺らの荷物を……」
「キツネのナース!? え? 雌? え?」
「くっ。またケモナーの性癖を……」
そんな会話が聞こえて来て、ヨーコさんの尻尾の毛が逆立ち、俺の後ろに隠れてしまった。
「捜索隊の人、そのキツネってまさか、モンスターか?」
「いえ、違いますよ。この子は野生の北キツネだった子で、うっかりダンジョンに入ったらスキルを手に入れてしまったんです」
その時に尻尾が二本になり、そのせいで仲間から気味悪がられ、捜索隊に保護を求めるため町へ向かおうとして――。
「間違って東京行きのトラックに乗ってしまったんです。それでビックリして、逃げた先が上野ダンジョンだったと。ほら、ヨーコさん」
「あ、あの人たち……ウ、ウチのこと怒っとるばい」
「怒ってる? あぁ、もしかして君がご飯を盗んじゃったのか」
ヨーコさんが頷く。
食料以外はその場に置いて来たから、その後、どうなったのかはわからないそうだ。
「職員さん。彼らの盗難被害の届けは?」
「えっと……リーダーは上村敦さんでしたね」
「そうだっ。やっぱりあの時の――」
「お腹空いとったんばいっ。食べ物分けてって言っただけなのに、いきなり弓で打ってきてっ」
「尻尾が二本のキツネとか、普通にモンスターとしか思わないだろ! 俺らのせいにすんなっ」
「ウチの毛皮、高値で売れそうだとか、キツネ肉ってマズそうだとか、酷いこといっぱい言うてたやろ!」
わっと泣きながらヨーコさんが叫ぶ。
するとだ。
「まっ。なんてこと言うの! 尻尾が二本だからモンスター? 私たちスキル持ちの動物は、二十年以上前ならバケモノと同じよ。時代の変化についてきなさい!」
と、サクラちゃんが切れた。
そのサクラちゃんを見てヨーコさんが再び大泣きし、彼女にしがみつく。
「毛皮を売ろうとしてたのか?」
「つまり殺して毛を剥ぎ取ろうとしてたんだよな」
「え、ナースに? え?」
「酷い。鬼畜よ、鬼畜!」
「キツネ子ちゃん、かわいそう」
「言葉話した時点でスキル持ちの動物だってわかれよ」
ギルドにいた冒険者らも、ヨーコさんを庇うような発言が増えた。
いたたまれなくなった彼らは、踵を返して逃げるように立ち去った。
「あ、弁償の件……まぁいいか。職員さん、彼らの盗難リスト、あとでうちの本部に送ってください」
「はーい。ところでスキル検証、どうします?」
その時には既に人だかりが出来ていて、俺も私もと傷を見る冒険者でいっぱいになっていた。




