134:よちよち、またな。
「よちよち、いい子いい子ねぇ。ちょんな顔ちて泣いちゃメッなの。メッ……ぐす。ぅ、うわあぁぁぁぁん」
ジョン・F・ケネディ空港に、ツララの泣く声が……響かない。
まぁこれだけ大勢の人間がいたら、シロフクロウ一羽の声なんて喧騒に負けるだろう。
そのツララは今、オーランドの顔面前にいる。彼が持ち上げ、目線を合わせているのだ。
ツララはまだ羽根の生えそろっていない翼で、オーランドの顔を抱え込んでわんわん泣いていた。
オーランドの頭の上にはブライトが止まり、髪の毛を咥えて引っ張っている。足元にはヴァイスがいて、すねを突いていた。
「二羽とも、やめなさい。オーランドくんが痛がってるでしょ」
「いいやスノゥ。こいつは痛がってないぜ」
「そうだぜ母ちゃん。こいつはニヤけてんだぞ」
ニヤついている? そうか? いつもの無表情に見えるけど。
ただ、ツララを遠ざけないで自分の顔の前で抱き上げているあたり、確信犯だろうなとは思う。
フクロウは意外ともふもふしていて、気持ちいいらしい。
十一月も下旬に差し掛かろうとするこの日、俺たちはやっと日本へ帰ることになった。
結局ひと月半……より少し長い日程でアメリカに滞在したな。
はぁ。早く日本の和食が食べたい。
アメリカにも和食の店はあったけど、なーんか高級感があって落ち着かなかったんだよな。
「みんな、またニューヨークに遊びに来て。冬のニューヨークはシロフクロウにとって快適だと思うよ」
「雪に覆われたニューヨークを見て見たかったわぁ。ね、あなた」
「いいや、僕は見たくないね! 特にオーランドは! あイタッ」
「ツララだっていつかは巣立っていくのよ。あなたがそんなんで、どうするの」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ。ツララァ、父ちゃんとずっと一緒にいような?」
なんて見苦しい父親なんだ。
ほら、注目の的になっているじゃないか。
「パパァ。ぬいぐるみさんがお喋りしてるよぉ」
「あ、あれはぬいぐるみじゃなくって、本物だよ。きっとスキル持ちのフクロウさんだね」
「スキル持ちのフクロウさん! わぁ、ボクもあれ欲しいなぁ」
なんて親子の会話も聞こえてくる。ペットじゃないから買えないし飼えないけどね。
その会話が聞こえたヴァイスは「バーカバーカ。人間のクソガキバーカ」と、日本語で言っている。日本語なら彼らに理解出来ないとわかっているからだ。
ところで、オーランドのやつ。
また遊びに来てね――というのを、サクラちゃん、ブライト、スノゥ、ツララ、ヴァイスにだけ言っているのはどういうこと?
いや別にさ、来てくれって言われなくても全然平気だけどさ。寂しくないし。
ほんと、平気。
「おーい、搭乗準備出来たぞー。離陸時間に出なきゃならないんだ、わちゃわちゃしてないで、さっさと乗れ」
「は、はい。ほら、みんな行くぞ」
「は~い。金森さぁん、どこのゲートかしら?」
「こっちだ。案内してやるからついてきなさい」
「金森、ほんと仕事スイッチ入ってないと、その辺のガラの悪いおっさんだよな」
「まだ三十八歳だぞ。おっさん言うな」
「じゃ、オーランド。ツララは貰っていくからな」
と、俺がツララを抱きかかえる。
またな――と言おうとしたとき、オーランドが俺のコートの袖を掴んだ。
「サトル」
「な、なんだよ」
無表情? いや、真剣な眼差し?
「サトル。次、ニューヨークに来た時にはボクと――」
ボクと? な、何が言いたいんだ。
一瞬、背中に悪寒が走った。
「ボクと……ボクとどっちが早く自由の女神のてっぺんまで登れるか、勝負をしよう」
「…………は?」
「あ、もちろん自由の女神は貸し切ってやるから、他の人の迷惑にならないようにするさ」
「いやそうじゃなくて、なんで勝負?」
「その前にターミナルから島まで泳いで渡ろう。どっちが早く泳ぎ切るか、そこでも勝負出来るしね」
いやなんで!?
「思い出したんだ」
「思い出すって、何を」
「ネットで初めて君を見て、君に興味を持った理由をさ」
俺に興味を?
「同じダンジョンベビー。同じ日に生まれた……あ、時差の関係で数字的な意味だと違うけど。とにかく、どちらが強いのか、知りたかったんだ」
いやいや、どう考えたってお前だろ。
「だから勝負したい」
「俺はしたくない」
「じゃ、また」
「話聞けって」
「あ、もうみんなゲートに行ったよ」
「なんだって!? あ、ほんとに誰もいない!?」
嘘だろ。置いていかれる!?
その時、スマホが鳴った。メッセージの着信だ。
そこには「七番ゲートに来い」という金森さんからのメッセージがあった。
「ハハハ。急げサトル」
「お前が変に溜めるからだろう!」
「またな、サトル。みんなの写真待ってる! 新しいアニマルたちの写真や動画もよろしく!」
「……そっちこそ。牧場やおばあさんのこと、捜索隊メンバーのこととか送れよ!」
手を振ってから七番ゲートへ向かう。
途中で振り返ると、オーランドの姿はまだそこにあった。
またな、オーランド。




