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12:毒針だな。

「これ、これ、どうするの? あの子たちにあげる?」

「え?」

「だって欲しがってたじゃない。どうするの?」

「どうって……あの人たちには分不相応な相手だったし、俺たちがいなければ死んでいたのは彼らで……」


 ここでダイヤを渡せば、彼らは楽をして大金を手に入れることになる。

 果たして本当にそれでいいのか?


 後藤さんが言ってた。


 人間、楽をすることを覚えたら、落ちるところまで落ちるんだって。

 まだ後藤さんが救急士だった頃、救急車を毎日のように要請する老人がいたそうだ。

 最初は階段から足を踏み外して、病院まで運んでほしいという要請で真っ当なもの。

 結局、骨折もなにもなく、ただ痛かっただけというオチ。


 そんな些細なことでも救急車は来てくれる。

 そう知ったそのご老人は、ガソリンがもったいないから病院まで運んでくれ――足がしびれたから代わりに買い物へ行ってくれ――ご飯を作るのが面倒だから作りに来てくれ――と、とても救命士に頼むようなことではない内容で119をするようになったと。


 ダンジョンが生成されるようになって、いろんな法律が変わった。

 そのご老人は結局、救命士の業務を妨害したってことで、最後は刑務所送りになった。

 身内の方はいる。でも誰も面会には訪れず、最後は監獄で誰にも看取られず逝ったそうだ。


 彼らがそこまで落ちぶれるとは思わない。

 でも――。


「あなたたち、どうしてお金が必要なの? どこか相談できるところはないの?」

「え? サク、サクラちゃん?」


――[渡しちゃダメだサクラちゃん!]

――[そんな奴らにくれてやるぐらいなら俺に!]


「富田の……こいつの妹が来週、結婚するんだ」

「まぁ、おめでとう富田くんっ。そのお祝いでダイヤの指輪でも作ってあげるとかかしら? 優しいお兄さんねぇ」


――[イヤイヤイヤイヤ。妹にプレゼントするために兄貴とその友人が命がけで、しかも捜索隊に迷惑かけて取りに行くもんじゃないだろ]

――[サクラちゃんも天然か]

――[ダメだ。天然と天然を混ぜるな危険]


「い、いや、違うんだ。その……いいよな、富田」

「……新郎の実家が……火事で全焼したんだ」

「ま、まぁ……ご家族は無事だったの?」


 サクラちゃんの質問に、富田って人は首を縦に振った。

 よかった。無事だったのか。


 ただよくないこともあった。

 式の費用、新婚旅行で使うお金、新居となるマンションの頭金。

 それらを、まさかの現金で実家に保管していたそうだ。

 その額、なんと千万円!

 

「それが全部燃えてしまって……」

「預金通帳に残ってるのは百万もなく、式も挙げられないんだ」

「それで一攫千金を……」


 理由はわかった。でも……下手をすれば死んでいたかもしれないんだ。

 妹さんは新婦として結婚式に参加するのではなく、喪主として葬式に参加することになっていたかもしれないんだ。


 そのことを富田さんに話すと、彼は泣き崩れた。


「ごめん。みんなごめん……ごめんなさい、さっきは……殴って……」

「その気持ち、忘れないでください。それと俺を殴ったことに関しては、気にしないで。痛い思いしたのはあなたの方ですし」

「あ、ねぇっ。足音がこっちに向かってきてるわよ」


 サクラちゃんが立ち上がって、耳をピクピクと動かす。

 もしかして。


「おーい、三石。無事かぁーっ。いたら返事しろぉー」

「秋山さんだ。秋山さーん。ここです、ここぉー」


 ほどなくして秋山さん、山岡さん、橋本さんの三人が到着した。






「よし、固定完了。さ、出発するぞ」


 岡山さんが気を失ったままの人を背負う。輸血は終わっているし、あとは病院で休ませるしか俺たちに出来ることはない。

 橋本さんは『診断』スキルを持っていて、怪我の状態などを看ることが出来る。その結果、命に別状なしだそうだ。


 隠し通路は開いたままで、そこを通って十五階へ。箱型になったエリアを抜け、上り階段まで向かわなければならない。

 秋山さんと橋本さん、山岡さんは冒険者レベルで言えば八十を超えている。西区のダンジョンなら最下層まで余裕で行ける兵たちだ。

 俺とサクラちゃんは無視して走り抜けたけど、この三人がいればその必要もない。

 もっとも、岡本さんは怪我人を背負っているから非戦闘員だけど。


「えっと、次は正面の――」

「秋山さん、左です。左」

「左? いやいや、お前のオートマッピングした地図だと正面だろ?」

「いえ。最近知ったんですが、左の白い扉からの方が近道なんです」

「しろぉー?」


――[悟くん、行きがけに白い扉とか入ったか?]

――[行きと帰りで道順が違うとか?]


 白い扉を潜って、そこから右手奥を目指す。


「おい三石。その方角だと扉なんてないだろ」

「どうしたの、悟くん?」


 秋山さんやサクラちゃんの言葉を無視して先へと進む。

 そして目的のものを見つけた。

 よかった、一発目で見つかって。


「た、宝箱!?」


 富田さんの声が裏返る。


「わー、偶然ですねぇ。十五階って、どこかのエリアに宝箱がランダムで出現するんです。伊藤さん、ご存じでしたか?」

「そ、その話は聞いたことがあるけど、今まで見たことはなかった。まさか本当にあるなんて」


 一応、法則はあるんだ。十五階には白い扉がいくつかある。

 他の扉と違って、白い扉だけはいくつかあるうちのどこかにランダムで飛ぶ仕組みだ。

 宝箱はひとつ。どのエリアにあるかは運次第。

 大変なのは、そこに宝箱がなかった時だ。引き返してまた白い扉に――と思っても、そこに白い扉はもう存在しない。

 別の色の扉から一旦移動して、改めて白い扉のある場所まで行かなきゃならないんだ。


「やー、でも残念だなぁ。俺たち捜索隊は、勤務中に宝箱を開けらたいけないんだ。ですよね、秋山さん」

「はぁ……お前、なぁに隠してんだ? まぁ社員規定があるのは確かだが」

「もしかして彼らに箱を開けさせたいのか。三石」

「いえ、開けさせたいわけじゃないんです。俺たちが開けちゃダメだってだけですから」

「あくまでそういうスタイルなわけだな」

「はい」


――[悟くん、カッコいい]

――[マジか!? お宝! お宝!]

――[早く開けろよっ]

 

「こ、これ……俺たちが開けてもいいってことですか?」

「いいもなにも、俺たちは開けられませんから。ほら、記録用録画もしてますし、開けたことがバレたら、クビなんです」

「えぇー!? クビなんて困るわっ。やっと天職を見つけたの。お願いよぉ、私たちに開けさせないでぇ」

「え? あの? あ、はい」


 伊藤さんが混乱するなか、気絶したままの人以外の四人が、宝箱の前にしゃがみ込む。


「わ、罠は!?」

「あ、そうですね。二割ぐらいの確率であります。でも正面に立たなければ大丈夫ですよ」

「そうそう。開けた瞬間に毒針が一本、飛び出してくるだけの罠しかここにはないのさ」


 だから後ろから回り込んで開ければ安全だ。

 それを聞いて四人は箱の後ろに回って、そして開いた。


 キラりと光るものが、飛んでいった気がする。


「毒針だな」

「針だったなぁ」

「二割の確率を引き当てたんですね」

「あの子たち、案外運がいいのかもしれないわね」


 サクラちゃんの言葉に、妙に納得してしまった。


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