読書部
2030年。少子化が進んで人手不足が深刻になり、学歴がなくても就職出来る社会。高校が人気になり、中でも仕事にかかわる工業高校と商業高校が注目を集めていた。
あたしが通っている東京平成高等学校商業科は、その中でも偏差値が高いことで有名な、私立の学校だ。
東京平成高等学校には普通科もあり、こちらも名門進学校だ。
大学はすべて無償化されたけど、大学に進む人が少なく、つぶれていく大学が多い。結果、残り少ない大学に進学するには、受験戦争を突破しなくてはいけない。普通科の人は勉強に必死なんである。
「はあああっ! ムラサキ、必殺の出撃じゃ!」
声をあげながら向かい側の席で、スマホで「騎士伝説」をプレイしているのは美紅。美紅は部室にいる間中、ずっとゲームをしている。
「曲を作らなくていいの?」と聞いたら、「曲は5時間あれば作れるから。ゲームのほうが大事じゃ」という答えが返ってきた。
美紅は高校に進学するかどうか悩んだ時、「騎士伝説」に救われたそうだ。「前向きなムラサキのように、ワシもやってみようと思ったんじゃよ。高校に進学してみて、どうすればいいか決めようと思ったんじゃ」と前に美紅は言っていた。
あたしは部活動の間は、ずっとノートに絵を描いている。学校から配布されたノートパソコンはスペックが低すぎて、イラストソフトが使えなかった。だから、あたしは学校では鉛筆やペンで絵を描いている。それをもとに、家のパソコンでデジタルイラストを描くのだ。ネコネコ動画ではイラストの権利を売るシステムもあって、あたしも少しだけ収益をもらっていた。
美紅の左隣に座っているのがシュウちゃん。シュウちゃんだけは読書部らしく本を読んでいる。
シュウちゃんは頭が良くて、クラスの皆から「秀才」というニックネームで呼ばれている。
「お願い、ここでだけは『秀才』って呼ばないで。せめて『シュウちゃん』って呼んで」というシュウちゃんの希望があって、読書部では「シュウちゃん」と呼ばれているのだ。
あたしと美紅がしゃべっているのに、黙々と本を読めるのは、シュウちゃんの集中力がスゴイからなのだろう。
シュウちゃんはSF小説を読んでいるらしい。あたしには、さっぱり分からないジャンルだ。「読みやすいSF小説もあるよ?」とシュウちゃんは言っているけど。もともと読書の習慣のない、あたしには、やっぱり無理だと思う。
部員が三人しかいない読書部には部室がない。なので生徒会室を借りて部活動を行っている。「使い終わったら、カギをしっかり閉めること」を条件に、貸してもらっているのだ。もちろんだ。ここには麗様の写真集があるのだから!
部の顧問には、国語の先生になってもらった。「何もしなくていいですよ」と説得したら、本当に先生は何もしない。そのほうがいいけど。
一応、読書部の活動として「おすすめの本」を書いて掲示板に貼ってある。
シュウちゃんのおすすめ本は「小説『トラえもん』」「トラえもん」はトラ型ロボットが主人公のアニメで、特に関西の人に人気がある。大阪では「トラえもん」が放送される日には、よろこびのあまりプールに飛びこむ人が、たくさんいるらしい。大阪の都市部の高級ホテルには「トラえもん飛びこみ専用プール」があり、そこに飛びこむのが夢だという高校生もいて、将来の目標になっているらしい。
美紅のおすすめ本は「歴史小説・徳川家康」。
あたしはビックリして美紅に聞いた。
「この歴史小説って100冊以上あるやつでしょ?」
「そうじゃ。読んだのは一巻だけじゃが、面白かったぞ」
「一巻だけ……そうなんだ」
「一巻は徳川家康の両親の恋愛小説じゃった。ロマンチックじゃったぞ。乙女も読むといいぞ」
「うん……」
あたしの、おすすめ本は「小説『騎士伝説』」。ゲーム「騎士伝説」の番外編を小説化したものだ。……最近、読んだ本がこれしかなかった。
つくづく、私には絵を描くことしか、とりえがないと思う。
だけど、あたしは絵を描くことも、あまり自信がなかった。
だから「仕事をしながら趣味で絵を描ければいい」と思って、商業科のある高校に進学した。もともと勉強は出来るほうだった。……勉強なんて出来なくていい、そのぶん絵の才能がほしかったのに。あたしは本当はイラストレーターになりたいのだ。
読書部は「本を読んでいればいいから楽かな」と思って入った部だった。
……それが、あたしの考え方を変える、きっかけになるなんて想像していなかった。




