Xデイ
Xデイ、3月28日の夜。あたしたちはお嬢様サイエンスクラブの部室にいた。
学校や部室の合鍵は岸が作って持っていた。だから、あたしたちは夜でも部室に入ることが出来た。
いつもなら「お茶はいかが?」と聞いてくるエリーも、真剣な顔で岸のようすを見ていた。岸はXデイ作戦の実行者であり、犯罪者だから監視対象でもあった。
岸が操作したモニターに、数字とプログラムの文字が映し出される。その画面は、やがてカウントダウンの文字に変わった。
10・9・8・7・6・5・4・3・2・1
「0」の数字が映ったとたん、部室の灯りが消えた。あたしと美紅は悲鳴をあげながら抱き合った。
岸は
「抱きつくんやったら、俺に抱きついてほしいんやけどな」
と、つまらないことを言っている。
窓の外を見たら、街灯も信号の明かりも消えている。つまり、学校以外の場所も停電しているということだ。「失敗……」と、あたしが思ったら、モニターがついてカラフルなアニメの画面が映し出された。
『祝!! ネコネコ動画・復活!!』
の文字といっしょに、ネコネコ動画のユルキャラ、ネコネコちゃんが踊っている。ネコネコちゃんは、ネコネコ動画マーチに合わせて、それからしばらく踊り続けていた。
「俺を信じろて、言うたやろ。一度停電させて、強制的に再起動させる必要があったんや。もう大丈夫や。Xデイ作戦、成功や」
岸はうれしそうに笑って、お嬢様サイエンスクラブの4人を見ながら言った。
そして笑顔のまま
「ほな、自首しに行くわ。警察は24時間営業やから、便利でええな!」
と言った。あたしは部室の外まで岸を追いかけて
「岸、少年院に行くの? 面会できるよね?」
と聞いた。
岸は笑いを消して、あたしに言った。
「俺、ホンマは22才やねん。俺が行くんは刑務所や。もう、会えへん」
「えっ……」
「もう、会えない、んや」
「いやだ……岸……あたし、岸のことが好きなんだよ!」
「おおきに。せやけど、俺のことは忘れたほうが、ええで? 乙女。イラストレーターになるんやろ? 頑張りぃや。頑張ってたら、俺のことなんか忘れるからな」
「いや! 岸、行かないで!」
あたしは岸の所へ行こうと、岸を止めようとした。でも、いつのまにかそばにいた美紅が、あたしの身体を後ろからつかんで離さなかった。
岸はイタズラっぽい笑顔をうかべて言った。
「最後ぐらい、名前で呼んでくれや」
「旭……」
「おおきに」
岸は少しだけ淋しそうに笑って、行ってしまった。そして一度も振り返らなかった。