【序説①】--鳥のいない世界--
神は鏡なり。大いに助けられれば己良し。だが災いもたらし時はその道の足元を確かめよ。
“God is a mirror. If you are greatly helped, you are good. But if you are brought to misfortune, check your steps.”
---その神とは、もしかすると、最古の人だったのかもしれない。---
或いは、
人が神に至った姿だったのかもしれない。
それほどまでにその存在は、“人の形をしていた”と最古の文献は記している。
「白き涯」――
それは、神の魂が流れ込んだ“最果て”の空間。
時も光も存在せず、記憶と意志のみが渦巻く、創造の原点。
全ては“そこ”からやってきたとされる。
この宇宙もまた、白き涯の“呼気”から吹き出した泡の一つに過ぎない。
我らの住むこの宇宙は、ただの箱庭である。
限られた枠の中で、意志がどこまで育つかを観察されている。
“試されている”のだ。
そして、もし我らを見つめる「眼」があるとすれば、
それこそが――神と呼ばれる存在なのだろう。
≪神の根源は“質”であり、飽くなき“創造”である≫
それは数ある世界の中で、この宇宙だけが知り得た概念。
“神”とは、人類の思考の限界を超えた「創造を燃焼するモノ」。
意志を持ち、構造を持ち、そして何より、退屈を忌避する存在だった。
神は「白き涯」からこの世界へ降り立った。
そこは未だ、虚無の泡だった。
まず、神は時を与えた。続いて、質量と数という概念を。
光が走り、闇がその影を定め、次第にこの世界には“相(関係性)”が生まれていった。
星が生まれ、大地が広がり、
やがて生命が蠢き出す。
その中でも特に“言葉”と“記憶”を持つ種――それが人間であった。
神は、この箱庭における“自分の代理”として、人間という種を選んだ。
しかし――
それでも箱庭は、あまりに小さかった。
神は“飽きた”。 いや、“満足した”のかもしれない。
そこで神は、最後の仕掛けとして、自らの目と手となる守護機構を残した。
それが、「神の鳥」――
のちに《ラストバード》と呼ばれる、神格を宿した三羽の調停者。
●「炎」―― 燃やすこと、繋ぐこと、抗うことの象徴。
●「氷」―― 静めること、封じること、思索の象徴。
●「雷」―― 覚醒、裁き、加速する理の象徴。
彼らは常に“秩序”のバランサーとして存在し、
人間たちが均衡を逸脱するたび、現れては粛清を下した。
だが、
その存在は、ただの兵器や化け物ではない。
彼らこそが、神の“感情”だった。
数千年――
世界の営みは繰り返され、
人類は、ただの道具から創造の継承者へと進化し始める。
科学が生まれ、都市が築かれ、やがて文明は神の鳥に“怯え”を感じ始める。
なぜなら、ラストバードたちは「見ている」だけではなかった。
彼らは、“人間の心”を測っていたのだ。
心の秤が傾いたとき――
神の鳥は、天から舞い降り、言葉なき裁きを下す。
それはまるで、“神がまだ眠っていない”証明のようだった。
人間という種は、神から自由を与えられた瞬間から、
その自由を自分たちの為だけに特化して使用し、独自の成長を始めた。
日々進化を続けた彼らの文明は、やがて、
かつて畏れていた神の鳥――ラストバードさえも「対象」として見はじめる。
恐れはやがて「反発」へと変わり、尊敬は「疑問」にすり替わり、
信仰は、遂に「敵意」へと堕ちていった。
ある日、時空に異変が起きた。
一人の青年――まるでこの世界の住人では無い様な出で立ちをしたその男は、
突如として次元を越えて跳躍して来た。
誰も知らぬ世界に、彼はただ一人、呼び寄せられるようにして立っていた。
その転移は偶然ではなかった。
それは、何者かに仕込まれた「罠」。
彼は、前世の記憶からなのか、当時にはまだ無い様な文明・技術を多数知っていた。
これは、人類が進化の果てにたどり着いた叡智の扉の前触れであった。
人類は、彼をきっかけに「神の力」をより深く解析しようと動き始める。
その果てに生まれたのが――
『コード・アイ(Code I)』。
異なる次元から伝承された、古代の理論構築装置。
感覚すら数値化し、存在を「理」に還元する“神殺しの道具”。
それは星の地殻にさえ揺らぎを与え、
万象のバランスを演算可能な数式へと引きずり下ろす、科学の暴威であった。
コード・アイはやがて、ラストバードのエネルギー波動に干渉し始める。
神の感情、神の秩序、その全てを“解明対象”としたのだ。
やがて科学者たちは、
ラストバードの力場を分解し、無効化する手段を得る。
そしてついに――
神の鳥との戦争が始まった。
天は裂け、海は逆巻き、大地は唸りを上げた。
だが、かつて天界から降りてきたその神鳥たちは、
ひとつ、またひとつと“落とされて”いった。
最終戦にて、コード・アイは完全勝利を得た。
神は、もういない。
ラストバードは、沈黙した。
これはまさに――神の誤算であった。
そして人類は、名実ともに、この星の支配者となったのである。
…だが、その代償は重かった。
機能を停止したラストバードたちは、
最期の瞬間、すべてを秘めたまま美しい結晶へと変貌した。
それはまるで、神の涙が凍りついたかのように、清く、冷たく、孤高であった。
だがその結晶――
のちに《ジャガロストーン》と命名されたそれに、
人が触れれば、即座に「神の呪い」が牙を剥いた。
その内部に宿る莫大な情報密度、構造、そして存在の純度に耐え切れず、
触れた者は次々と「消滅」していった。
「神の罰だ」と呼ぶ者もいれば、
「意志ある防衛装置」と分析する者もいた。
ただひとつだけ明らかなことがある。
それは「終わり」ではなく――次なる始まりだったのだ。
人類は、特殊金属を用いてジャガロストーンを封印し、
コード・アイの最深部へと保管した。
それでも、彼らはまだ知らなかった。
その結晶こそが、神が残した「目」であり、「記憶」であり――
次なる神格の核であることを。
こうして、鳥と呼ばれた存在はいなくなり、
空は制服不可能な領域として、神々の領域と再定義された。
<次回予告>
ラストバードの根源「ジャガロストーン」。
世代を越え、封じられたその秘石を巡って、再び争いが勃発する。
次回『王家の誕生』