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7 朝食

 その時ピピピという電子音が鳴り響き、俺は顔を上げた。それとほぼ同じタイミングで、眼前にウィンドウが開かれる。

 ウィンドウには、2つのデジタル時計が横並びで表示されており、左側には『夏季21日 04:00』、右側には『11/25 07:00』とあった。前者がnew world内の日時で、後者が現実の日時だ。

 new worldには四季の概念が存在する。new world内の時間で60日経過するごとに、春季、夏季、秋季、冬季と季節が移り変わり、気候や出現するモンスターの種類も変化する。

 今俺達がいる<サイファー>は砂漠地帯にある街だ。俺達の宿泊している宿屋はそれなりに値段の高いところなので、室内の温度も適温に保たれているが、外は朝といえど凄まじい暑さとなっていることだろう。

 俺は時刻の下にあるストップと書かれたボタンを押し、アラームを止める。鳴るより先に目が覚めてしまったが、起床用にアラームをセットしておいたのだ。照明はつけていないが、窓から入ってくる日光により、既に室内はかなり明るくなっている。

 new world内の今の時刻は04:00。現実ならいくら夏とはいえ、まだ太陽は出ていないだろう。だが、new worldの世界の1日は16時間だ。1.5をかけて時刻を24時間時計に換算すれば、06:00となる。

 今は現実とそこまで差はないが日によっては、半周年記念アプデの時のように、現実では真夜中でも、new world内では昼間ということもある。またその逆もしかりだ。

 1日が現実と同じ24時間の場合、平日はニートでも無い限り、遊べるのは夕方から夜の世界だけということになってしまう。そういった事態を避けるための措置なのだろうが、プレイヤーが24時間常にこの世界に囚われている現在では、この時間の差異というやつがなかなかにやっかいで、現実の時間に合わせて活動しようとしても、起きたときにnew world内での時刻が真夜中なら探索は夜が明けるまで待たなくてはならない。

 もちろん、夜は街の外に出られないというシステム上の制約があるわけではない。フィールドによっては夜にしか出現しないモンスターもいるし、夜の闇の中をランタンの明かりを頼りに探索するのは、これぞ冒険といった雰囲気が味わえて楽しいものだ。

 だが、命がかかっているともなれば話は別である。

 夜は暗く視界が悪い。それはつまりモンスターが近くにいても気づかない可能性を意味する。『どこからモンスターが現れるか分からない、リアルな冒険の臨場感を味わって欲しい』という制作側の意向から、new worldには周囲の敵の位置が表示されるレーダーやミニマップといった機能は存在しない。そのため、索敵は自分の目で見て行うことになる。

 もちろん、ランタンといった照明用アイテムや一部の補助魔法を使うことで、ある程度視界は確保できるが、それでも昼より明らかに索敵範囲が狭くなってしまうことは避けられない。

 よって、現在では多くのプレイヤーが夜の探索を避けている。

 レベル上げの効率を上げるため、俺達も睡眠時間を調整し、できる限り日中の狩りの時間を増やしているが、どうしても生活リズムが不安定になってしまうことから、今でこそ慣れたものの、最初の頃は体力的にかなりキツかった。

 俺は立ち上がり、ドアを開けて部屋の外に出る。これが現実なら顔を洗ったり、服を着替えたりと色々準備が必要だが、仮想はその辺を全て省略できるので楽でいい。

 ちなみに今俺が来ているのは、焦げ茶色のアンダーシャツと黒色のパンツだ。どちらも生地は薄いがレア素材を使用しているため、防御力は結構高い。フィールドに出るときにはこの上に重金属鎧を装備する。

 短い廊下を抜け、階段を下り、俺は1階のレストランへと向かう。この宿屋は2階が客室で、1階が酒場風のレストランになっている。

 なぜ酒場風と付けたのかというと、見た目は完全にファンタジー世界の酒場そのものなのだが、ここに限らずnew world内の飲み物は全てノンアルコールになっているからだ。

 Vダイバーの性能ならアルコールを摂取した際の酩酊感の再現も可能だろうが、new worldには俺達のような未成年のプレイヤーも多いので、当然の措置だろう。


「あ! おはよう。カズキ」


 酒場に下りると、並べられたテーブルの1つに既に相棒がついており、こちらに気づいて手を振ってくる。


「ああ、おはよう」

「カズキ、朝ご飯。早くー」

「へいへい」


 バンバンと両手で机を叩く相棒に背を向け、俺は酒場の奥にある調理場に向かう。

 この宿屋では調理場を借りて、自分で料理を作ることができる。カウンターにいるNPCの店員に話しかければ料理を注文することもできるが、自分で作った方が安上がりなので、基本的には自炊している。

 幸い調理場は、今は誰も使っていなかった。

 new worldでは戦闘用のメイン職業の他に、各種アイテムの生産に特化したサブ職業というものが存在する。そして料理を作るには、サブ職業を<料理人>にしなければならない。

 メイン職業はアバター作成時に選択したものから変更することはできないが、サブ職業は、一部の大都市にある職業ギルドに行けばいつでも転職することが可能だ。

 ただし転職した場合、以前の職業で上げていた熟練度は0になるというデメリットもある。それ故、半周年記念アプデ以前は、攻略という面ではほとんど役に立たない────一部の高ランク料理はバフの効果があるらしいが────料理人をサブ職業に設定するプレイヤーはほとんどいなかった。

 そもそも飯が食いたいなら、ログアウトして現実で食べれば済むことなのだ。

 だが、半周年記念アプデ以降、熟練度を1から上げなくてはならないというデメリットがありながらも、自らのサブ職業を料理人に変えるプレイヤーは続出した。

 かくゆう俺もその1人だ。

 この世界には漫画もなければ、ネットもないし、テレビもない。要するに、娯楽と呼べるものがほとんどないのだ。new world自体が娯楽と言えばそうなのだが、デスゲームとなってしまった現在では、それも今まで通りには楽しめない。

 故に、この世界に囚われたプレイヤーとって、食事は数少ない貴重な娯楽となった。

 NPCがやってるレストランに入れば食事は取れるが、食事とは毎日取らなければならないものだ。食材となるアイテムを集める必要はあるが、自炊の方がコスパがいいし、熟練度を上げれば、NPCが作るものより旨い料理を作ることができる。

 正直なところ生存だけを考えるならやはり不要な職業であることに変わりは無いのだが、それでも人が人である限り、抗いがたい欲求というものは存在する。

 実際プレイヤーの中には、サービス開始時から料理人の熟練度をひたすら上げていた物好きな人間も存在し、高ランク料理を出す高級レストランを開いて大儲けしたという話もある。

 プレイヤーは、皆美味たる食事に飢えているのだ。


 俺は石造りのかまどにセットされた鍋に触れる。すると食材選択のウィンドウが開かれた。

 俺は、<グレーターロース>や<精進ビーンズ>といった食材をそれぞれの数量と共に選択し、決定ボタンを押す。

 鍋の中が一瞬光り、水と選択した食材で満たされる。かまどにもいつの間にか火が入っていた。

 続いてまな板に触れ、食材選択のウィンドウを出す。

 スープを煮込んでいる間に別の料理を作る。とはいっても作るというほどの工程はない。

 <達人バケット>、<ロイヤルトマト>、<雪解けレタス><グレーターロース>などを選び、決定ボタンを押す。すると、まな板の上で光が生じ、一瞬の内に4つのバケットサンドの完成品が現れた。

 使用した調理器具はまな板なのに、バケットはトースターから出したばかりのように暖かく、焼き目も付いていた。おまけにグレーターロースは何故かベーコンに加工されているが、そこはご愛敬だろう。

 メニューウィンドウからアイテムストレージを呼び出し、平皿を2枚実体化させ、バケットサンドを2つずつ乗せる。

 そうしている間に鍋がぐつぐついい始めた。さらに鍋の中身が淡いオレンジ色に点滅している。煮込みが終わったサインだ。まだ1分ほどしか経っていないが、この世界の料理はかなり工程を簡略化されているので、これで十分だ。

 流石に簡単になり過ぎだと不満を持つプレイヤーも僅かながらいるらしいが、そもそもこんな状況でもなければ、料理を作りたければ、現実で作れという話になるので、そこは仕方がないだろう。

 俺は調理場にあるお玉を取り、鍋を3回かき混ぜる。すると、鍋の中身が一瞬白く輝き、かまどの火が自動で消えた。鍋を使う料理は、一定時間煮込んだ後、お玉で規定回数鍋をかき混ぜると完成となる。

 ちなみにあのまま放っておくと肉はゴム靴のように固くなり、野菜は液状化。おまけにスープそのものもどこからか凄まじいえぐみが湧き出てきて、食えたものではなくなる。

 俺は、ストレージから今度はスープ用の深皿を2枚出し、完成したスープをよそいだ。

 今日の朝食は、バケットサンドと肉と豆のスープだ。

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