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6 3つの道

 このネットワーク回線切断によって、いよいよ半周年記念アプデの内容は本当なのだろうという認識がプレイヤーの間に広まった。そのため、無計画に街の外に出るプレイヤーは目に見えて減っていったが、代わりに始まったのがパニックだ。

 絶望し泣きわめく者、互いに罵り合う者、気が触れて地面をのたうち回る者。ケルセンでも半周年記念アプデから2週間近くは、街のあちこちから怒号や狂ったような叫び声が絶えず聞こえていた。

 しかし、どんな熱も時間が経てば冷めていくもので、プレイヤー達も早い遅いの違いはあれど、次第に落ち着きを取り戻し、この世界で生きていくために行動するようになった。

 プレイヤーの取った行動は主に3つに分けられる。

 1つ目は、ひたすら街にこもり現実からの救助、またはゲームがクリアされるのを待つというものだ。

街がセーフティエリアでなくなる可能性を考慮し、俺とユウは選択肢から外したが、フィールド上では何が起こるか分からない以上、これが最も安全な方法であるということも否定できない。おそらく今現実では、ヴィジョンや政府がnew worldに囚われたプレイヤーを救出すべく、あらゆる解決策を模索しているだろう。故に安全な場所で待ってさえいれば、いずれ解放される時が来る可能性も十分にある。そのため、全体のプレイヤーの6割がこのグループに属した。

 2つ目は、ゲームを攻略し自力での脱出を目指すというものだ。

 死亡ペナルティの変更が本当だとしても、ワールドクエストをクリアすれば、ゲームからログアウトできるという内容までが真実だという保証はない。それでも現状ではそれしか打てる手がないということで、全体のプレイヤーの1割がこのグループに属した。

 自らの命を失うリスクを背負いながらも、ゲームクリアのため未踏破エリアを攻略する彼らは大勢のプレイヤーからの尊敬を集めたが、その死亡率も決して低くは無かった。ゲームでの死亡が現実での死亡も意味する以上、当然十分にレベルを上げ、安全マージンを取った上で攻略するようになったものの、レベルを上げてのゴリ押しができないプレイヤースキル重視のnew worldでは、その犠牲を0にすることは難しい。

 そして3つ目、残りの3割のプレイヤーが選択したのが、街に引きこもることはせず、かといって危険な未踏破エリアの攻略にも参加せず、情報の揃ったエリアで生活のための資金を稼ぎながら生きていくというものである。

 この仮想空間にも睡眠欲や食欲といったものは存在する。

 まず睡眠に関してだが、これは基本的には現実と変わらない。

 new worldの1日は16時間なので、生活サイクルと太陽の出入りが一致していないのが難点ではあるが、とにかく眠くなれば人は街の宿屋に行き、<シル>と呼ばれるゲーム内通貨と引き換えに部屋を借りて、寝床を確保する必要がある。

 街の中にモンスターは入ってこないため、外で寝れないわけではないが、寝るのに適したふかふかの芝生なんてものがどこにでも都合良くあるわけではない。世界的にも高い生活水準を誇る日本人のプレイヤーにとって、ふっきさらしの石畳や砂利の上で寝るというのは、精神的にかなりキツイものがあるだろう。

 俺も1度宿代をケチって試してみたが、体のあちこちが痛くて、眠るどころではなかった。慣れれば熟睡できるのかもしれないが、できることならもう2度とやりたくはない。

 次に食欲についてだが、なんとnew worldの中では食事をすることができる。

 ダイエット用に開発された技術を流用しているらしく、料理の味はもちろん食べた後の満腹感まで生じるようになっている。もちろんこの満腹感はあくまで仮想のもので実際に腹が膨れているわけではない。現実の俺達の肉体には、点滴等の何らかの手段で栄養が与えられているはずだ。

 そのため別に何も食べなくても死にはしないのだろうが、3大欲求の1つには抗いがたく、必然プレイヤーは、毎日NPCのやっているレストランに行くか、もしくは自ら食材を集めて料理を作り、食事を取ることになる。

 要するにただ街の中で引きこもるにしても金はかかるのだ。

 しかも食事は言わずもがな、仮想世界の宿屋にもランクというものは存在する。街には大抵複数の宿屋が有り、最低クラスの宿屋だとベッドは安物のソファーのように固く、部屋もボロボロ。おまけにあちこちが酷く汚れていて不衛生だ。もちろん不衛生といってもここは仮想なので、精神的苦痛がある程度だが、それでもできることならより良い暮らしをしたいという欲を抱いてしまうのが人間というものだ。

 そういうわけで、良い暮らしをしたい者、俺とユウの様に街がセーフティエリアでなくなる可能性を憂慮した者、あるいは単純に退屈に耐えきれなくなった者は、攻略には参加しないものの街の外に出て、モンスター相手にレベル上げを行ったり、入手したアイテムを売って金を稼いだりするようになった。

 ちなみに、街に引きこもることを選んだプレイヤー────通称待機組────の中でも十分な蓄えを持たない低レベル層のプレイヤーはどう生活しているのかというと、プレイヤー達の中にも献身的な精神を持つ者達がいて、初心者支援ギルドを作り、自分達が稼いだシルを分け与えたり、レベル上げの手伝いをしたりしているらしい。

 彼らのように攻略に参加していなくても自分達にできる範囲で、人助けを行っているプレイヤーも中にはいる。

 だが、俺達はあくまで自分達が死なないように、自分達だけの暮らしのために行動している。そこに罪悪感を感じないわけではない。

 だが、他人を助けることができるのは強い人間だけだ。それはステータス上の数値だったり、プレイヤースキルだけの話じゃない。もっと精神的な────人間的な部分での強さが必要なんだと思う。

 俺には他人の命なんか背負えない。他人どころか俺は自分の人生すらも......。

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