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42 奥の手

「カズキ......」


 ユウの呟きに、小さく笑みを返す。


「サキ! 今の内にユウの回復を頼む!」


 俺は前方に向き直ってサキに指示を出し、<魔人切り>を発動させた。態勢を崩しているキングに急接近し、頭部へ突進の勢いを乗せた縦斬りをたたき込む。

 続けて憤怒の一撃、重双斬でヘイトとダメージを稼いだ後、後ろに下がり挑発を発動する。

 態勢を立て直したキングは、僅かに角度を換え、自身の正面に俺を捕らえた。どうやらタゲはユウから俺に移ったらしい。

 すかさず俺は両手剣を構えて、防御態勢を取った。そして、その予備動作とともに<鉄壁の陣>を発動させる。すると、HPバーの下に銀色の盾と上方向への矢印からなるアイコンが現れた。

 キングが俺を目掛けて左前足を振り下ろしてくるので、両手剣でガードし、インパクトと同時に後ろに飛ぶ。

 タイミングは完璧だったはずだが、それでも凄まじい衝撃が両手剣を通して腕に伝わり、HPが1割ほど削られた。とはいえ態勢は崩していない。これで鉄壁の陣の効果時間内なら、両手剣でも攻撃を防げることは確認できた。

 ユウのHPは既に満タンまで回復しており、ユウ、ミキヤ、サキが頭部を、A隊の2人が胴体を狙って攻撃を行う。キングのHPが徐々に減少していくが、当然このままやられてくれたりはしない。目の前の俺を始末するべく、キングは前足や牙による攻撃を次々にしかけてくる。

 俺はそれをひたすらガードし続けた。ガードする度に削られるHPの管理は、サキとA隊の聖騎士に任せている。

 そしてしばらくして、視界の左上のガード性能上昇のバフアイコンが点滅を始めた。

 キングの1本目のHPバーは、残り1割にまで減っている。

 ────問題はここからだ。

 鉄壁の陣のリキャストタイムは、効果が切れてから3分。

 それまでは、バフ無しで持ちこたえなくてはならない。

 せめてもう1人タンクがいれば、再使用が可能になるまでの間、時間を稼いで貰うこともできるのだが、装備構成的に俺以外の面子がタンクをやるのは無理があるだろう。ホットスポットで俺のヘイトをユウに移し、代わりにもう1度タゲを取って貰うという手もあるが、HPの減少量を見比べた限り、最も通りがいいのはユウの氷属性魔法スキルだ。そのためアタッカーの数が少ない今、ユウにはなるべく攻撃に回って貰いたい。しかし、バフが無い状態でキングの攻撃を受けても、ガードごと吹き飛ばされてしまうのは目に見えている。

 ミキヤ達もその辺りの事情を理解しているのだろう。先ほどから不安げに、ちらちらとこちらに視線を送ってきていた。


「大丈夫だ! キングのタゲは引き続き、俺が取る! 皆は攻撃に集中してくれ!」


 俺は、周囲に向かって声を張り上げる。

 いよいよ最後の奥の手を使う時が来た。


「カズキ......まさか......!」


 俺のやろうとしていることを察したのか、後ろからユウが声をかけてくる。


「ま、賭けだがやるしかねぇだろ」


 キングに視線を向けたまま、俺は言葉を返した。

 その数秒後、点滅していたバフアイコンが消滅する。これでもう俺は、キングの攻撃をガードすることはできない。

 それを理解して────というわけではないだろうが、キングは自身の右前足を振り上げた。間もなくあの足は俺目掛けて、振り下ろされるだろう。

 足の引きつけが最大に達するよりも僅かに早く、俺は<昇竜>を発動した。

 両手剣を斜め後ろに構えて、僅かなタメの後、一気に振り上げる。同時にキングも右前足を振り下ろしてきた。

 互いの攻撃の軌道が交差し、火花が弾ける。弾かれた両手剣の勢いに体ごと持って行かれそうになるが、なんとか踏みとどまって次の攻撃に備える。

 キングもすぐに態勢を立て直し、左前足を水平に振るってきた。ブレードによって攻撃範囲が広がっているため、かわすことは難しいが、受ける場合にはあまり関係ない。

 俺は迫ってきた左前足に合わせて<覇道一閃>を発動。中段に構えた両手剣の水平斬りで迎え撃ち、弾き返す。

 俺のHPは減っていない。だが、自身の肉体の一部を使って攻撃しているためだろう。キングのHPが僅かに減少する。

 スキルによる攻撃の相殺。数あるnew worldの戦闘テクニックの中でも、最も難易度が高いと言われているものだ。相手の攻撃に対し、タイミングと角度を合わせてスキルをぶつけることで相殺する。この方法なら、通常ではガードできない攻撃でも防ぐことが可能となる。鉄壁の陣の効果が切れている間は、これでなんとか凌がなければならない。

 だが、この方法はリスクも大きい。ほんの僅かでもタイミングや角度がずれれば、受けは成立せず、まともに攻撃を食らってしまう。しかも両手剣の攻撃スキルは、片手剣などに比べると、予備動作から攻撃の発生までが遅い。

 ────集中しろ。予備動作の始動を見逃すな!

 俺はキングの一挙一動に目を配る。キングが予備動作を始めてすぐにこちらもスキルを発動しなければ間に合わない。

 俺の働きに、皆の命が懸かっている。

 俺の防御力なら、拘束攻撃以外の攻撃なら一撃でやられるということはないだろう。俺がミスした時、代わりにタゲを取れるよう、攻撃に参加しつつユウも後ろに控えてくれている。

 だがタゲ取り役の俺がバタつけば、不安が皆に広がってしまう。

 タゲ取り役はボス攻略の要だ。タゲ取り役が安定してボスの攻撃を引きつけてくれるからこそ、他のプレイヤーも安心して攻撃に専念できる。

 この絶望的な状況で、皆が俺に命を預けてくれた。その気持ちに応えるためにも、今はただタンクとして、自身の役目を真っ当する!




 次々に迫り来るキングの攻撃を俺はひたすら相殺し続けた。

 17年生きてきて、ここまで集中力を使ったことは恐らくなかっただろう。

 ギリギリの綱渡りの様な攻防。しかし、その中で奇妙な感覚に囚われた。

 ────なんだこれ?

 突然キングの動きが、世界がゆっくり見えるようになった。

 攻撃の相殺は続けているが、失敗する気がしない。

 一種のゾーンというべきものだろうか。生死がかかった極限の緊張感の中で、自身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 ────今はこの感覚に身を任せる!

 本能からそうするべきだと判断し、目の前の攻撃にスキルを合わせる。

 しばらくすると、キングが再び転倒した。相殺時のダメージが蓄積したことで、右前足の耐久値が0になったらしい。

 頭部は正面からユウが、左半身側からミキヤとサキが狙っているので、邪魔にならないよう俺はキングの右前足に接近し、スキルを叩き込んでいく。そして、再びキングが態勢を立て直し始めるタイミングで、俺は再度後ろに下がった。

 それと同時に頭の中で、ピロンという短い電子音が響く。それが鉄壁の陣のクールタイムが終了したことを知らせる通知音だと気づいた時に、俺の中にあった感覚も消え去った。

 new worldでは、スキルごとに再使用が可能になった時、通知音で知らせるかどうか個別に設定することができる。流石に全てのスキルの通知をONにしていると、戦闘中やかましいことこの上ないので、俺の場合は鉄壁の陣のようにクールタイムが1分以上あるスキルに限り、通知をONに設定している。

 ────もう3分経ったのか......いや。

 鉄壁の陣を再発動しつつ、俺はキングのHPバーを見る。

 キングの1本目のHPバーは既に消滅していた。しかし、2本目は8割近く残っている。

 ────まだ3分か。

 キングのHPバーは全部で5本。このペースでは全てのHPを削りきるまで、後40分以上かかるだろう。

 それに、さっきの感覚も消えてしまった。

 ────諦める気はさらさらねぇが。流石にしんどいなこりゃ。

 再開したキングの攻撃を防ぎつつ、心中で呟く。

 やはりアタッカーの人数不足は、深刻な問題だ。


「おい! お前らも協力してくれ! 側面に立っていれば、基本はクイーンと同じで、回転攻撃と尾の振り回しにさえ注意しておけばいい!」


 エドが周囲のプレイヤーに呼びかける。

 これまでのキングの行動パターンを見る限り、リッキーが死ぬ原因となった急旋回は、タゲを取っている俺が正面に立っている限りは使ってこないらしい。

 まだ生き残っていてかつ戦闘に参加していないプレイヤーは10人近くいる。

 クイーンを倒したこと、そして、形はどうあれ俺がキングの攻撃に6分耐えたことで、か細いながらも生き残れる希望を見い出したのか、1人が口火を切ると、1人また1人と、生き残ったプレイヤー達がキングに駆け寄り始めた。

 これでDPSは大幅に上昇するだろう。安堵しつつ、再度キングの動きだけに意識を集中させる。

 だが、そこで異変が起きた。

 キングの周囲を流れる2本の帯状の黒色のオーラ。それが形を失い、キングの頭上へと集まっていく。


「なんだ......?」


 後ろからユウの呟きが聞こえる。

 集まったオーラは、流動を続けながらも楕円体を形成した。


「気をつけろ! 何かがくるぞ!」


 俺は加勢にきたプレイヤー達に向かって叫ぶ。

 その瞬間、球体が弾けた。

 球体は数え切れないほどの多くの欠片に分裂した。そして、そのそれぞれが三日月状の刃を形成し、ボス部屋全体に降り注ぐ。


「ユウ! 俺の後ろに隠れてろ!」


 言って、俺は目の前に迫ってきた刃を両手剣で受ける。


「うおっ!」


 小さな刃にも関わらず、キングの直接攻撃とほとんど変わらない威力の衝撃が腕に襲いかかってきた。ガード越しにHPが僅かに削られるが、なんとか態勢を崩さず持ちこたえる。

 ミキヤやサキ、エドなど何人かのプレイヤーはかわしたようだが、ほとんどのプレイヤーはまともに攻撃を受けてしまった。

 元々HPが減っていたプレイヤーはいなかったため、死人は出ていない。だが、攻撃を受けたプレイヤーの内、軽装のプレイヤーは残り2割ほどまで、重装備のプレイヤーも半分以上HPを削られてしまった。


「あ......ああっ!」

「プ、プリースト! 早く回復してくれぇっ!」


 再びボス攻略集団に、恐慌が広がっていく。

 ────クソがっ! ここに来て範囲攻撃の追加かよ!

 ボスの中には何本かHPバーが削られると、残りが最後の1本でなくとも、攻撃パターンやステータス等に変化が起きるものも存在する。どうやらキングはそのタイプだったようだ。しかも、あの三日月攻撃の射程はボス部屋全域に及ぶ。

 今までの攻撃は全てキング自身の肉体を使ったものだった。だから、たとえ範囲攻撃を受けたとしても俺がキングのタゲを取り続けている限り、キングから離れてしまえば安全にHPを回復することができた。他のプレイヤーが戦闘に加わる気になったのも、その認識が安心材料となっていたところが大きいだろう。

 だが、今の攻撃でその前提も崩れた。

 直感で分かる。今、立て直すことができなかったら、もう2度と他のプレイヤーの助力は受けられなくなる。

 どうにかして、皆の戦意を奮い立たせなければならない。

 だが、なんと言えばいい?

 なんと言えば、皆の心に死の恐怖に打ち勝てるだけものを生み出せる!?

 だが、それを考えている間もなく、さらなる変化が生じた。

 今度はキングの足下にオーラが集まっていく。ほどなくして、先ほどと同様にオーラは分裂を始めた。次に生み出されたのは、幾何学模様で描かれた直径50cmほどの魔方陣。

 魔方陣は地面を流れて、俺達の足下に潜り込んでくる。

 また新たな攻撃パターン。だが、どういう攻撃かはなんとなく想像がつく。

 俺はバックステップで、真下の魔方陣から逃れた。先ほどの攻撃に比べれば、攻撃範囲が視覚的にはっきりしているので避けやすい。

 あくまで、平常心でいられればだが......。


「......っ!」


 それが視界に入った時、口から言葉にならない声が突いて出た。

 俺の右斜め前方に、尻餅をついて倒れている1人のプレイヤーがいた。

 身につけている防具は革鎧で、先ほどの三日月攻撃を食らったのだろう。HPは残り3割ほどにまで減っている。

 そして、男の足下には魔方陣があった。


「う......ああ......!」


 男の口から上擦った悲鳴が漏れる。死の恐怖を前に、男は金縛りにあったようにその場から動けないでいた。

 この攻撃の威力は分からないが、今までの攻撃からして、HPが3割しか残っていないプレイヤーが耐えられるものではないのは確実だろう。

 このままでは男は間違いなく死んでしまう。だが、俺の敏捷では今から駆け寄っても間に合わない。

 しかしその瞬間に、横から飛び出す人影があった。


「うぉおおおおおおおおおっ!」


 それはユウだった。

 瞬く間に距離を詰めると、ユウは勢いをそのままにドロップキックで、男を魔方陣の外に蹴り飛ばす。しかし数瞬遅れて魔方陣から、人の身ほどもある黒色の棘が飛び出してきた。


「うあっ!」


 回避行動に移る間もなく、ユウはその一撃をもろに受けた。

 空中でバランスを崩し、そのまま地面に墜落する。HPも一気にレッドゾーンにまで減少した。


「ユウ!」


 反射的に俺は叫んだ。

 この状況で他人を庇うなんて、無茶をするにもほどがある。


「す......すまねぇ、アンタ......」


 助けられた革鎧の男は立ち上がりつつ、ユウに声を掛ける。

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