40 心中
「ミキヤ! サキ! 頼む! 手を貸してくれ!」
クイーンの攻撃に対処しつつ、俺は左を向き、壁際に避難しているミキヤ達に呼びかける。
ミキヤ達は1度こちらを向いたものの、すぐにバツが悪そうに視線を反らした。
後衛のミキヤ達ならクイーンの範囲攻撃が届かない距離からでも攻撃を加えられる。だがそれでも俺に加勢し、クイーンを倒す前に俺が死んだら、次は自分達が標的になる。
回復魔法スキルを使用した場合でもヘイトは上昇するため、アタッカーのミキヤはもちろん、回復職のサキも危険が無いということは有り得ない。
プリーストや聖騎士は<ホットスポット>という自身を含む複数人のプレイヤーのヘイトを1人のプレイヤーに集めるスキルを習得できるが、高まったヘイトを俺に移す直前に俺がヘマをして、即死する可能性もある。タゲ取り役が2人以上いれば、交代要員にもヘイトを集めておくことで、他のプレイヤーにタゲが向くことは避けられるが、現状ではそれも望めない。
一緒に戦ってくれと頼むことは、俺に命を預けてくれと頼むことと同義だ。だが、出会って半日にも満たない俺達の間にそこまでの信頼関係はない。
それでも、このボス戦をクリアするためには、手を貸して貰わなくてはならない。
「ミキヤ────! テメェ、妹をこの世界でひとりぼっちにするつもりか────!」
俺はミキヤの目を見て叫ぶ。
カルルガ遺跡に向かう道中、俺はミキヤの戦う理由を知った。
妹が一緒にこの世界に囚われていること。そして、自分がVダイバーをプレゼントしたせいで、妹をこんな事件に巻き込んでしまったと責任を感じていること。
だからその妹を思う心を利用する。
再びミキヤと目が合った。
俺は目だけで、訴える。
────お前が死んだ後、妹がどうなってもいいというのならそこで黙って見ていろ。だが......本当に妹が大事なら、とっとと俺に命を預けて戦え!
決して褒められたやり方ではないということは分かっている。
だが、腹はくくった。
たとえミキヤに恨まれようとも......このボス戦をクリアするためなら、生き延びるためならなんだってやる!
「この......野郎。ふざけたこと抜かしてんとちゃうぞ.......!」
俺の意図は正しく伝わったらしく、怒りの籠もった声でミキヤが呟く。
ミキヤは背中の矢筒から矢を抜き、俺に向かって構えた。番えられた矢が蛍光緑に輝き、放たれる。
光の矢は真っ直ぐ俺の方へと向かってきた。だが、その途中で矢は2つに分裂し、正面の俺を避けるように左右に急旋回して、通り過ぎる。
その直後、俺の背後でシュパンッというサウンドエフェクトが生じた。振り向くと、2体のブラストリザードがそばに倒れていた。
どうやらクイーンとミキヤ達に意識を割きすぎて、接近されていたことに気がつかなかったらしい。
今ミキヤが使ったのは、<双曲撃ち>というスキルだ。設定した距離で、光の矢が2つに分かれて旋回するため、障害物の影に隠れたモンスターを狙い撃ちする際に使われる。
「ああ! だが、お前の言う通りや! 俺は死ぬわけにはいかん......1日もでも早く俺はこのゲームをクリアせなあかんのや! びびって震えとる暇なんかあらへん!」
ミキヤはさらに矢筒から矢を取り出し、今度はクイーンに向けて構えた。
「カズキ! きっちりタゲとっとけ! インカレ準優勝の腕前見せたるわ!」
そう叫んで、ミキヤは極み撃ちを放つ。放たれた矢はクイーンの胴体ではなく、頭部を的確に貫いた。
クイーンも俺への攻撃を続けており、頭は絶えず動いているのだが、ミキヤは間隔を遅らせることもなく、次々に矢を当てていく。
これをシステムのアシスト無しでやっているのだから、全く恐ろしい。
とはいえ、今は本当にギリギリの状況だ。
死への恐怖が、緊張が、ミキヤの手元を狂わせないという保証はない。狙いのずれた矢が、俺の方に向かってくる可能性も十分にあるだろう。
だが、もうあの時とは状況が違う。
ヤマトが死に、A隊とB隊が崩壊し、ボス攻略集団は統率すらも失った。
前回の増援のタイミングから考えると、今のクイーンは8分間隔で増援を呼ぶようになっているはずだ。増援で出現したブラストリザードは、先ほどミキヤが倒した2体が最後の生き残りだった。
しかし、次の増援までおそらくもう3分程度しか残っていない。そして、クイーンのHPはまだ2割以上残っている。
2割と聞くとかなり少なく思えるが、今クイーンを攻撃しているのはミキヤだけだ。いくらミキヤのDPSが優れていようと、1人で与えられるダメージには限界がある。
他のプレイヤーが増援の相手をしてくれる可能性も低いだろう。
俺とユウがクイーンとキングのタゲを取ったことで、パニックは落ち着いてきたが、もう皆心が折れてしまっている。
俺もユウもどうせすぐに死ぬだろう。自分達はもう絶対に助からないところにいると諦めてしまっている。当てにすることはできない。
1体か2体ならミキヤが対処してくれるかもしれないが、それ以上の数のブラストリザードが俺かユウにタゲを向けてきたらもうどうしようもないだろう。
だからなんとしてでも次の増援を呼ばれる前に、俺達はクイーンを倒さなくてはならない。
客観的に見れば、俺達はもう終わっている。俺達がこのボス戦をクリアし、生きて街に帰ることができる可能性はとてつもなく低いだろう。
もうリスクを避けて打開できる状況じゃない。
大きなリスクを取って、取り続けて、そうしてようやく生き延びられる可能性が僅かだが見えてくる。
それが今、俺達の置かれている状況────現実だ。
だから、もう今はミキヤの腕を信じるしかない。
ミキヤが俺に命を預けてくれたように、俺もミキヤに命を預ける。
ミキヤと心中する。
クイーンの攻撃を受け止めながら、俺はそのHPの減り具合を観察する。ミキヤは一撃たりとも外すこと無く、クイーンの頭部を射貫き続けてくれている。
1人が与えるダメージ量としては破格ではあるが、それでもこのペースでは次の増援までにギリギリのところで間に合わないだろう。
────仕方がねぇ。こうなったら奥の手を使うか。
そう俺が覚悟を決めた時、左後方からクイーンの頭部に向かって、光球が飛んできた。光球はクイーンの頭部に接触すると、小さな爆発を起こす。
「サキ......!」
振り向くと、そこにサキが杖を構えて立っていた。
「あなた達の戦いを見ていたら思い出した。私にも......絶対に現実に帰らないといけない理由があるってことを」
すぐに加勢しなかったことに負い目を感じているのか、ぽつりとサキが呟く。しかし思い直した様に、今度は決意めいた表情をこちらを向け、強い口調で言った。
「もうあなた達だけに戦わせない! クイーンのHPは私達が必ず削りきるから、カズキはクイーンの攻撃を受け止めることに集中して!」
「......助かる!」
サキはクイーンの攻撃が届かないところまで下がり、再び頭部に向かって攻撃魔法スキルを放つ。
1人の加勢。たった1人だが、今の俺達にとってはとてつもなく大きな加勢だ。
これで、少しは勝ちの目が見えてきた。
しかし、動き出したのはサキだけでは無かった。
「うぉおおおおらぁあああああああっ!」
雄叫びとともに左半身側からエドが飛び出してきて、クイーンの胴体に凄まじい勢いでスキルを連発する。さらにエドの後ろからもフラッシュボムが飛んできて、クイーンの胴体を攻撃した。
クイーンは苦しげに身をよじらせ、回転攻撃の予備動作を取る。すかさず俺もエドもバックステップで後ろに下がった。
遅れて放たれたクイーンの回転攻撃が空を切る。
「新人達が頑張ってるってのに、いつまでも絶望してられねぇわなっ!」
口角をつり上げて、エドは笑った。その後方には覚悟を決めた表情のA隊の聖騎士もいた。
表情こそ違うが、2人とも無理して取り繕っているのは明らかだった。
死亡したヤマト達A隊の3人は、エド達の仲間だった。
平気なわけがない。本当は今すぐでも泣き叫びたいはずだ。心の中は悲しみや後悔でぐっちゃぐちゃになっているはずだ。
にも関わらず、それらの気持ちを押し殺して来てくれた。
────ありがてぇ......!
胸の内からこみ上げてくるものがあった。だが俺は頭を振り、無理矢理それを押しとどめる。
そして一瞬だけ視線を左上のユウのHPバーに向けた。クイーンの体が邪魔で、その遙か後方にいるユウの姿は見えないが、そのHPバーはまだ満タンのままだった。
ユウは今も1人でキングの攻撃をしのぎ続けている。だから今はクイーンを倒すことだけに、集中しなくてはならない。
残り少ない命を燃やすように、クイーンが僅かに低く変化した雄叫びを上げた。
────待っていろよ、ユウ! 今すぐコイツをぶっ倒して助けに行くからな!
設定小話 No.9
○矢の軌道について
双曲撃ちのように途中で矢の軌道が変わるスキルは、何m飛んだところで軌道を変えるか、メニューウインドウから設定することができます。
軌道が変わるポイントは最大10か所設定でき、弓を引く際の力加減で、撃ち分けることができます。とはいえ、戦闘中に細かい力加減をすることは難しいため、大半のプレイヤーは3~5か所までしか設定していません。
ミキヤは10か所フルに設定しています。




