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39 回避盾

 ────終わった。

 ただ一言。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 もしヤマトが生きていたなら、このパニックを収束させることも出来たかもしれない。

 だが、そのヤマトはもう死んだ。

 そもそも今までかろうじで、統率が保たれていたのは、ヤマト達A隊がキングのタゲを取り続けていたからだ。

 これほどまで戦線が崩壊してしまえば、恐慌が広まってしまえば、もう何をどうしても立て直すことはできない。

 そして、統率を失ったままバラバラに戦って勝てるほど、キングは甘い相手ではない。

 後はもうこのまま1人1人やられていき、俺達は全滅する。

 そのことを理解した瞬間、全身から力が抜けていくのを感じた。地面に膝をつき、そのまま跪く。

 ────死にたく......ねぇ。

 半周年記念アプデから半年。色々あったけど、ようやく現実と向き合う決心がついたっていうのに......こんなところで、なんで自分がこんなことに巻き込まれているのかも分からないまま無意味に死んでいくなんて......。

 ────待てよ。

 俺はそこで、先ほどミキヤとサキの姿を確認した時、近くにユウの姿が無かったことに気づいた。

 急いで顔を上げ、周囲を見回す。

 俺のHPバーの下にあるユウのHPバーは満タンなので、少なくとも死んではいないはずだが......。

 するとその時、キングの左半身側から氷の剣が飛来し、キングの左前足に突き刺さった。その攻撃でキングの1本目のHPバーが僅かに減少し、残り4割を切る。

 ────アイスソード!? 一体誰が!?

 俺は立ち上がり、魔法の発射地点に目を向けた。


「な!?」


 思わず俺は目を疑った。

 そこにいたのはユウだった。

 ────ユウ!? 一体何を考えているんだ!?

 無論、攻撃をしたということはキングを倒すつもりなんだろう。

 しかし、タンク部隊が崩壊したこの状況でキングに攻撃をすれば、当然そのタゲはユウに向く。そうなればリッキーの二の舞だ。

 キングの猛攻をかわしながらでは、例え<詠唱時間短縮Lv2>の特殊効果を受けていても高威力の攻撃魔法スキルを使用することはできない。

 ましてやユウの防具は、最も防御力の低い布鎧だ。耐えられるのはせいぜい1撃まで。いや、攻撃の種類によっては、1撃すら耐えることができないだろう。

 だからこの状況でキングを攻撃することは、自殺行為にも等しい。

 案の定、キングは体の向きを変えユウに狙いを定めると、自身の右前足を振り下ろしてくる。ユウは短く右にステップし、最小限の動作でそれをかわした。

 続けてキングが左前足を水平に振るってきたので、バックステップで距離を取る。しかし、前足には湾曲したブレードがついており、前足の動線から逃れてもブレードが胴体を斜めに切り落とすような軌道で迫ってきていた。即座に身をかがめて、ユウは間一髪ブレードをかわす。

 そして、キングが次の攻撃に移るまでの僅かな合間を縫って────あくまで視線はキングを捕らえたまま、周囲へと呼びかける。

 

「みんな聞いてくれ! キングのタゲは俺が受け持つ! だから皆は、今の内にクイーンを倒してくれ!」


 その言葉を聞いて、ようやく俺はユウの意図を理解した。

 ────まさかあいつ、回避盾をやるつもりなのか!?

 回避盾。それはタンクと同じく、モンスターのヘイトを集めてタゲを取るポジションだ。

 ただし、タンクがガード性能に優れた武器と高い防御力によって攻撃を受け止め、被ダメージを押さえるのに対し、回避盾は攻撃そのものを回避することで、自身のHPを維持するという点で大きな違いがある。

 敏捷が高ければそれだけ素早く動けるし、間違いなく攻撃はかわしやすくなる。それでも攻撃をかわすにはモンスターの動きをよく見てタイミングを図り、適切な回避行動を選択しなければならない。

 タンクも攻撃の防ぎ方によって、被ダメージ量や体に受ける衝撃が変わることから高いプレイヤースキルが求められるのは同じだ。

 しかし、回避盾の問題点は敏捷を重視している分、防御力が極めて低いというところだ。いくら攻撃が当たりにくいとはいえ、1度でも当たってしまえばその分HPが大きく減ってしまうハイリスクなポジション。そのため、new worldがデスゲームと化してからは、回避盾をやるプレイヤーはほとんどいなくなった。

 しかし、ユウはその回避盾を今やろうとしている。

 攻撃力の高いキングの一撃は、恐らく大盾以外の武器ではバフが無ければ受けることすらできないだろうし、たとえ受けても盾越しにダメージを与えてくる。であれば、攻撃自体を回避する回避盾の方が、理論上はタゲ取り役として適しているかもしれない。

 ────しれないが......、分かっているのか?

 もし1度でも攻撃を避け損ねたら、その瞬間に死ぬかもしれないんだぞ!?

 攻撃後の小さな隙をつき、ユウは<アイスカッター>を発動する。アイスカッターはプレイヤーが1番最初に習得する氷属性単体攻撃魔法スキルだ。

 三日月形の小さな氷の刃が杖の先端で形成され、キングの左前足を攻撃する。

 特異な進化を遂げているとはいえ、キングも通常のブラストリザードと同種である以上、氷属性が弱点のはずだ。とはいえ、弱点をついても低威力の魔法スキルではキングのHPは数ドットしか減少しない。

 それはユウも承知の上だろう。

 おそらくあの攻撃はダメージを与えることではなく、ヘイトを稼ぐのが目的だ。

 後衛であるソーサラーは、自身のヘイトを減少させるスキルは習得できても増加させるスキルは習得できない。そのため攻撃力は低いが、詠唱無しで放てる魔法スキルを何度も当てることで、ユウはキングのタゲを継続して取ろうと考えている。

 とはいえ、ユウがいつまで持つかは分からない。だからこそ、俺達はユウが生きている間にクイーンを倒す必要がある。

 だが、クイーンを倒そうと動く者はいなかった。それどころか、クイーンや生き残りのブラストリザートが近づいてくると、皆一目散に逃げていった。

 誰もが敵から少しでも離れた場所に逃げることに────己の寿命を数十秒、数分先延ばしにすることだけを考えていた。

 ふっ......と思わず、口から乾いた笑いが漏れる。

 全くもって無意味な行為だ。

 クイーンと戦えば、即座にクイーンの攻撃を受けて死ぬかもしれない。クイーンと戦っている最中に背後からキングやブラストリザードに襲われて死ぬ可能性もある。

 だが戦わず逃げ回れば、ほんの僅かな間、死までの猶予を伸ばすことができるかもしれない。

 それでもボスを倒さなくてはボス部屋から出られない以上、危険を犯してでもボスを倒すために動いた方が生き残る確率は上がるはずだ。

 今のこのボス部屋の状況を後から聞く者がもしいたとしたら、どちらにしろ早いか遅いかの違いなんだから、戦わないのは愚かだと笑うだろう。

 ────だがそんなのは、死の危険の無い安全圏にいる奴の戯れ言だ! 

 生きるか死ぬかの瀬戸際で、合理的な判断が......行動ができるか!

 このまま動かなければ死ぬことなんて百も承知だ。だが死の恐怖の前では、人間の理性や机上の合理性なんてものは一瞬で消し飛ぶ。

 ────なのに......。

 なんで立ち向かえる?

 俺は再びユウの方を見る。

 プリーストによる回復のバックアップすら無い状況で、ユウはキングのタゲを取り、1人でひたすら攻撃をかわし続けていた。

 確かに現状を打開するには、それしか方法がないのかもしれない。だが、たとえユウと同じ敏捷重視のビルドにしていたとしても、俺にはユウと同じことはできないだろう。

 相棒が命をかけて戦っているというのに、俺の足はすくんでしまって動かない。

 ────ユウ.......お前は死ぬのが怖くないのか?

 どうして......こんな......誰もが諦めてしまうような絶望的な状況で、お前は逃げずに、折れずに......そんなにも真っ直ぐ────

 キングの前進しながらの連続噛みつき攻撃を、ユウはバックステップで間一髪かわす。


「っ!?」


 その時、俺はあることに気づいた。

 攻撃をかわした直後、ほんの僅かな間だが、ユウの体が震えていた。感情を押し殺そうと歯を食いしばっていたが、確かにその瞬間のユウからは恐怖の感情が見えた。 

 ────馬鹿か俺は! 怖くないわけがないだろうが!

 剣を握る両手を無意識に握りしめる。

 あいつは今も戦っているんだ!

 キングだけじゃない。自分の内の恐怖心と!

 屈してしまいたい。みっともなく叫んで、逃げ出してしまいたい気持ちを強引にねじ伏せて、この絶望的な現実を直視し、たった1人で立ち向かっている。

 ────見殺しにするつもりか!? このままユウを1人で死なせる気か!?

 歯を食いしばり、両足に力を込める。

 ────動け────動け!

 だが、本能が戦うことを拒否しているのか。両足が凍りつき地面に張り付いているじゃないかと思うほど、微動だにしない。

 ────それがどうした!

 行く! たとえ両足が千切れたとしても!


「う......ぉおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!」


 バキィ! と氷の割れる音が頭の中で響いた気がした。

 気づけば、俺は走り出していた。

 1度動き出した両足は、今までの動きづらさが嘘のように、元通りの軽快さを取り戻していた。

 目指す先にいるのは、他のプレイヤーに襲いかかっているクイーン。

 俺は誰もいないクイーンの右側面に回り込んだ。そして、クイーンの胴体に全体重を乗せた憤怒の一撃を叩き込む。

 クイーンは一瞬動きを止めると、こちらを振り向いた。

 ────クソッ! やっちまった!

 もう後戻りはできない。

 キングに比べればずっと弱いとはいえ、それでもボス相手に1人でタゲを取るなんてのは無茶な行為だ。

 ────怖ぇ! 今すぐ逃げ出してぇ!

 今はプリーストによる回復も、自分が崩れた時に代わりにタゲを取ってくれるタンクもいない。

 下手を打てば、即座に俺も戦死者への仲間入りを果たすことになるだろう。

 ────だが......それでも戦う!

 仮想空間に閉じ込められて、ゲーム内での死が現実の死に変わって、多くのプレイヤーが正常な判断力を失い犯罪行為に手を染めるようになった。

 もし、俺が心を許せる友人も無くたった1人でこの世界に取り残されていたら、俺も連中と同じことをしていたかもしれない。

 この半年間、俺がまともでいられたのは、隣にユウがいたからだ!

 ────死ぬのは怖ぇ......。

 でも......それでも、この世界でたった1人の相棒を────親友を失う方がもっとずっと怖ぇんだよ!

 俺は挑発を発動し、両手剣の腹を正面に向けた。

 クイーンは鋭利な爪のついた左前足を大きく後ろに引き、力を貯めるような姿勢を取る。そして次の瞬間、上半身を大きく捻りながら左前足を突き出し、右から左へと振るってきた。

 俺は両手剣で攻撃を受けると同時に、後ろに飛ぶ。

 今度は完璧に衝撃を殺すことに成功したらしく、HPは1ドットすら減少していない。

 俺は防御態勢を保ったまま、周囲に向かって叫んだ。


「クイーンのタゲは俺が受け持つ! 皆は側面から攻撃を加えてくれ!」


 いくら俺とユウがボスのタゲをとってもHPを削らなければ、ボスを倒すことはできない。

 しかし、俺の呼びかけに答える者は誰もいなかった。

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