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38 崩壊

「なっ......あっ......!?」


 思わず言葉を失い、エドが立ち止まる。

 生じた炎と黒煙はすぐに晴れたが、そこにいるはずのヤマトもまた共に消え去っていた。

 一瞬時が止まったような静寂が訪れる。

 誰もが目の前の状況を信じることができなかった。理解したくなかった。


「う......ああっ......!」


 最初に声を発したのは、A隊の大盾持ちの1人だった。

 

「う......うぁあああああああああああ!」


 男は悲鳴を上げながら、キングに背を向け一目散にエド達の方へと向かってきた。

 慌ててもう1人の大盾持ちと聖騎士も男に続く。


「落ち着け! ボスに背を向けるな! ちゃんと動きを見ながら後退しろ!」


 恐慌状態に陥っている3人を見て、エドが叫ぶ。しかしその声は、3人には届いていないようだった。

 キングは体の向きを変え、逃げる3人を自身の正面に捉えた。

 A隊の3人とそれを追うブラストリザード、エドとエドについてきた2人の大盾持ち、さらにクイーンのタゲ取り役としてその場に残った3人までもが、直線上に並んでいた。

 ────この位置取りは......不味い!

 そう思った瞬間、キングが地面を蹴り上げ、走り出す。


「突進が来るぞ! 全員飛べぇえええええええええ!」


 周囲に向かって、エドが叫ぶ。

 これで見るのは2度目だが、キングの突進はやはり速かった。

 キングはまず追撃に動いていたブラストリザードごと、A隊の3人を吹き飛ばした。

 そしてその勢いのまま、その先にいたエド達に襲いかかる。咄嗟にエドは横に飛び退き、間一髪のところで逃れたが、残りの2人はまともに突進を受けた。

 さらにクイーンのタゲを取っていた3人もクイーンの動きに気を取られていたことで、反応が遅れた。

 背後から3人を跳ね飛ばし、ようやくキングはその動きを止める。

 HPが満タンかつ、重金属鎧を装備していたA隊の聖騎士だけは、かろうじでHPが1割ほど残った。しかし、他の7人のHPは底をつき、全身を包む光と共に霧散する。


「うわぁあああああああああああ!」


 再び悲鳴が上がった。

 しかし、今度は1人のものではない。ボス攻略集団全体から上がっていた。

 攻撃力の高いボスとの戦いでは、誰かがボスのタゲをとり続けなくてはいけない。でなければ、暗殺者やソーサラーなどの防御力の低いアタッカーはいつ自分にタゲが向くか分からず、思い切って攻撃することができないからだ。

 だからこそ、ボス攻略で最も重要なのが、タンク部隊の働きとなる。

 だが、たった1度のミスで────20秒にも満たない間に、A隊とB隊は崩壊した。

 タンク部隊がいなくなったボス攻略集団がどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 恐怖に支配されたプレイヤーは我を忘れて駆け出し、文字通り四散していった。


「おい! 落ち着け! バラバラに動くんやない!」


 自らの役目を放棄して逃げ出すC隊のプレイヤーに向かって、ミキヤが叫ぶ。

 ボス部屋から出られない今、そもそも逃げることに意味は無い。

 それどころか、パーティとしてのまとまりを欠けば、互いに援護し合うことすらできなくなってしまう。


「一体どうすればっ......!」

「まずは、増援のブラストリザードを倒すんだ! 混戦になったら、俺達に勝ち目は無い!」


 動揺するサキと周囲に向かって、ユウが声を振り立てる。

 確かに、今は少しでも敵の数を減らすべきだ。

 ヤマトが死んだのもキングのタゲを取っている最中に、後ろからブラストリザードに襲われたからだ。

 敵と味方が入り交じっての戦闘になれば、さらに多くの犠牲者が出る。そうなれば、パニックを沈めることもより困難になってしまうだろう。


「カイト! シールドバッシュで、フリーズレインを当てる隙を作るぞ! タイミングを合わせろ!」


 ブラストリザードの攻撃を防ぎながらカイトに言う。

 だが、


「い、いやだ......」


 返ってきたのは上擦った声だった。

 見ると、カイトの顔は恐怖に引きつっており、まるで真冬の山中にいるかのように、ガタガタと全身を震えさせていた。


「いやだぁあああああああああああ!」


 俺が何か言うよりも先に、カイトは悲鳴を上げ、自身がタゲを取っていたブラストリザードを引き連れたまま、ボス部屋の扉に向かって逃げ出した。


「ま、待て! カイト......うおっ!」


 咄嗟にリッキーが後を追いかけようとするが、そこへブラストリザードが飛びかかってくる。ギリギリのところで、リッキーは右腕の小盾で噛みつきを防いだ。


「あの馬鹿っ! 完全にパニクってしまっとる!」


 俺がタゲを取っているブラストリザードに向かって矢を放ちながら、ミキヤが叫んだ。

 戦況が絶望的になったことで、かろうじで押しとどめていた恐怖が復活してしまったらしい。

 こちらも手一杯だが、流石に放っておくわけにもいかないだろう。


「ユウ! ミキヤ!」


 2人と視線を交じわせ、俺はシールドバッシュを発動させた。

 タゲを取っている2体の動きを止め、すぐに後ろに下がる。そこへ既に詠唱を完了していたユウのフリーズレインが降り注いだ。さらに、片方の個体にミキヤの極み撃ちが炸裂する。

 元々ミキヤがHPを削っていたのもあって、極み撃ちを受けたブラストリザードは塵となって消え去った。

 間髪入れずに、俺はリッキーがタゲを取っているブラストリザードへと斬りかかる。


「リッキー! コイツのタゲは俺が引き受ける! お前はカイトを連れ戻せ!」


 俺達の中で1番足が速いのは、リッキーだ。

 それに、カイトを落ち着かせるなら俺達よりも付き合いが長いリッキーの方が適任だろう。


「っ......すまねぇ! 頼む!」


 言って、リッキーはカイトを追うべく走りだした。


「く、来るな! 来るなよぉおおおおお!」


 追いかけてきたブラストリザードに対して、カイトはスキルを使うことも忘れて、めちゃくちゃに片手剣を振り回していた。

 しかし、スキルを用いない攻撃は威力も低く、また当たりも浅いため、ほとんどダメージを与えることができていない。


「カイト! 落ち着け!」


 走りながらリッキーが叫ぶが、その時左から巨大な火球が飛んできて、カイトの体を捕らえた。

 火球は大きな爆発を巻き起こし、周囲のブラストリザードを吹き飛ばすが、カイトのHPも残り数ドットにまで減少する。


「な!?」


 俺は思わずキングの方を見た。

 キングの口からは、白い噴煙が立ち上っている。そしてその視線は、うつ伏せで地面に倒れ伏すカイトに向いていた。

 ────まさか、カイトにタゲが移ったのか!?

 キングのタゲを取っていたA隊の大盾持ちは全滅した。であれば、当然そのタゲは他のプレイヤーに移る。何の要素が原因で、カイトにタゲが移ったのかは定かでは無いが、考え得る限り最悪のタイミングだった。


「カイト────!」


 死角からの攻撃に1度は立ち止まったリッキーが、再び走り出す。

 しかし、


「駄目だ! リッキー! 突進が来るぞ────!」


 咄嗟に、ユウが叫んだ。

 キングが3度目の突進を繰り出す。そして10m以上ある距離を瞬く間に詰めてきた。


「うぉおおおおおおおっ!?」


 ユウの声に反応したリッキーは全力で後ろに飛び、その動線から逃れる。しかし、カイトはまだ身を起こしている最中であり、よけることができない。


「た、助けっ......!」


 片腕と両膝を地面についたままカイトがこちらに手を伸ばすが、そこへやってきたキングがカイトの体を吹き飛ばした。

 僅かに残っていたカイトの赤いHPバーが今度こそ完全に黒く染まり、通常モンスターのそれとさほど変わらない安っぽいエフェクトとともにカイトの体が消滅する。

 そして、視界の右側にメッセージが出現した。

 

『カイトが死亡しました』

『カイトが死亡したため、パーティから離脱します』


 半周年記念アプデ以前と同じ文面の通知。

 死亡したパーティメンバーは自動的にパーティから離脱し、リスポーン地点で復活する。

 だが、それは半周年記念アプデ以前の話だ。もうカイトが復活することはない。


「嘘やろ......」

「そんなっ......!」


 背後で、ミキヤとサキが力なく呟く。

 ────カイトが死んだ。

 付き合いの長さだけで言えば、A隊やB隊のプレイヤーとほとんど変わらない。だが、つい先ほどまで一緒に話していた人間。

 他人ではない者の死に直面するのは、俺にとって初めてのことだった。


「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 リッキーが獣のような咆哮を上げた。

 呆然としていた俺達もその声で我に返る。


「よくも......よくも────ッ!」


 立ち上がったリッキーは、地を蹴り、キングの右半身に斬りかかった。


「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇっ!」


 ボス戦前の飄々とした態度が嘘のように、怒りと憎しみに満ちた叫び声を上げながらリッキーはスキルを連発する。

 短剣のDPSは高いが、それでも所詮は1人の攻撃だ。キングのHPはろくに減っていない。

 それよりも今キングに攻撃をしたら、間違いなくリッキーにタゲが向いてしまうだろう。防御力の低いリッキーでは、キングの攻撃を2発と耐えられない。しかし、カイトを殺された怒りで、今のリッキーは完全に冷静さを欠いていた。

 俺はリッキーのもとに駆けつけようとするが、前方には未だタゲをとっている2体のブラストリザードが立ち塞がっている。


「クソッ! いい加減邪魔なんだよ!」


 俺は大車輪を使用し、強引に周囲をなぎ払った。

 攻撃を受けたブラストリザードは、態勢を崩し横転する。今まで蓄積していたダメージもあって2体ともHPが2割を切った。


「止めは任せた!」


 ユウ達に言い残し、返事も効かず俺は走り出した。

 そのままリッキーに向かって叫ぶ。


「落ち着けリッキー! そんなに攻撃したらタゲが移って────」


 しかし俺が言い終わるよりも前に、キングがその場で体を90度急旋回させた。

 右半身に密着していたリッキーは、迫ってきた右前足のブレードを避けきれず、ごろごろと地面を転がる。HPも残り3割近くまで削られた。

 そしてリッキーの周囲には、いつの間にか2体のブラストリザードが寄ってきていた。ブラストリザード達は、仰向けに倒れたリッキーの右腕と左足にそれぞれ食らいつく。

 ただでさえ僅かなリッキーのHPバーが、さらに減少を始めた。


「うあぁああああああああああっ!」


 リッキーは絶叫しながら、ブラストリザードを振り払おうともがいた。


「ミキヤ! 右をやれぇえええええええええ!」


 ミキヤの様子の確認もせず、叫びながら俺は鉄穿牙を発動させる。

 今から回復魔法スキルの詠唱を始めても間に合わない。

 俺の体は急加速し、リッキーの左足に食らいついていたブラストリザードに突っ込んだ。

 俺の声を聞く前に行動に移していたのだろう。両手剣が左足のブラストリザードを貫くのとほぼ同時に、右腕のブラストリザードに矢が刺さる。

 元々1割以下にまで減っていた2体のブラストリザードのHPは、それで0になった。

 おそらくこのブラストリザードは、カイトが元々タゲを取っていた個体だろう。キングの火球で死んだと思っていたが、どうやらギリギリのところでHPが残っていたらしい。


「大丈夫か! リッキー!?」


 鉄穿牙による突進が止まってすぐに、俺は急いで後ろを振り返る。

 間近にいるキングのことすら、この時は頭から消えていた。

 だが、そこにリッキーの姿は無かった。


「リッ......キィ......?」


 状況が理解できず、俺は呟いた。

 恐る恐る俺は右側に視線を移す。そこには新たなメッセージが表示されていた。 


『リッキーが死亡しました』

『リッキーが死亡したため、パーティから離脱します』


 その文面を見た瞬間、プツリと俺の中で張り詰めていた何かが切れた。

 続いて悲鳴が上がる。力なく俺は周囲を見渡した。

 そこは地獄絵図だった。

 既にキングは他のプレイヤーに狙いを定めており、ボス部屋中央まで移動していた。

 そしてあるプレイヤーは、逃げる背中をキングの火球に狙い撃たれ、あるプレイヤーは寄ってきたブラストリザードの相手をしている間に、死角から近づいていたクイーンの攻撃を受けて死んでいった。

 ヤマトから指示を託されたエドは膝をつき、呆然とその光景を見つめていた。

 俺はミキヤ達の方に視線を移す。

 幸いにも、ミキヤとサキは部屋中央の混戦に巻き込まれてはいなかった。

 右半身側に出現したブラストリザードも既に倒し終えている。

 しかし、2人とも絶望した表情で動けないでいた。

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