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36 恐怖

 エドの指示に重ねて返事をした俺達は、クイーンの右半身側に回り込む。その途中、俺達に遅れて、E隊のメンバーが左半身側に向かうのが見えた。

 クイーンの右半身側では、C隊のメンバーが必死な様子で攻撃スキルを繰り出し続けていた。先ほど前衛の2人が死んだため今のC隊は3人。装備を見る限り、1人がプリーストで2人がソーサラーだろう。

 次の増援までもう6分程しかない。加勢に来たと一言だけ告げ、俺達も早々に攻撃に参加する。

 俺とカイト、リッキーは右側面からクイーンの胴体に斬りかかった。ユウ達後衛も俺達の頭上を狙って魔法や矢を放つ。

 最もダメージが通りやすいのは頭部なのだが、頭部は攻撃の度に激しく動くため、離れた場所から遠距離攻撃を当てるのは容易ではない。なにより狙いを外した場合、クイーンのタゲを取っているB隊に攻撃が当たってしまう可能性がある。タイミングによってはそれがきっかけで、戦線が崩壊することもあり得るだろう。

 ユウやミキヤの腕なら誤射せず的確に頭部だけを狙うこともできるだろうが、それでもB隊の心理に影響が出てしまうことは避けられない。

 俺達は寄せ集めの集団だ。互いの実力もよく知らない。

 そんな状況でユウ達が頭部を狙えば、B隊のプレイヤーは嫌でもフレンドリーファイアが頭をよぎり、目の前のクイーンの攻撃を捌くことに集中できなくなる。そのせいでB隊が崩れてしまえば、フレンドリーファイアが起きなかったとしても結局は同じことだ。

 今のnew worldはただのゲームだった時とは違う。本当の命がかかっている。

 だからこそ、リーダーは数値上の効率だけでなく、実際に命をかけているプレイヤーの心理も踏まえて、指示を出さなくてはならない。そのため、ヤマトもエドもDPSが落ちることを承知で、攻撃役の隊には後衛を含めて頭部ではなく胴体を狙わせている。クイーンの体高は4m以上あり、頭部に比べれば動きも緩やかなため、よほど下手なプレイヤーでもなければ外すことはない。もどかしいが、これが現状で打てる最善手だ。


「尾の攻撃が来るぞ!」


 クイーンが上半身のみを左半身側に捻ったのを見て俺は叫んだ。

 全身を捻る回転攻撃とは異なり、予備動作のタメも短い。

 少し遅れてクイーンの尾が振り上げられる。そして、右半身側から正面をなぎ払う軌道で尾が迫ってきた。

 B隊がタゲを取っているとはいえ、回転攻撃等一部の範囲攻撃は側面にまで届いてしまう。後衛のユウ達はともかく、攻撃のためにクイーンに密着している俺達前衛は、攻撃範囲外まで逃げることはできない。


「リッキー! 俺とカイトの後ろに入れ!」

 

 小盾ではクイーンの攻撃を受けることができない。リッキーはすばやく反転した俺達の後ろに身を隠した。

 俺とカイトは、両手剣と大盾をそれぞれ構え、大木の様なクイーンの尾を防ぐ。


「ぐおっ......!」


 2人がかりで受けても勢いは止まらず、尾は俺達を胴体との間で押し潰してくる。

 数秒で尾は元の位置に戻ったが、それでも全員のHPが2割近く削られた。


「大丈夫!?」


 サキが詠唱を中断し、またすぐに別の詠唱を始める。おそらく俺達にかける回復魔法スキルの詠唱を始めたのだろうが、俺はそれを手で制した。


「この程度なら、自前のポーションで回復する! それより今は少しでもクイーンにダメージを与えてくれ!」

「わ、わかった!」


 頷き、サキは再び攻撃魔法スキルの詠唱を始める。

 俺達もメニューを開き、中級ポーションを実体化させ飲み干した。

 低級に比べればいくらかマシとはいえ、HPの回復速度はやはり緩やかだ。とはいえ、減少しているHPは2割程度だし、ボスのタゲを取っているわけでもないので、今はこれで十分。

 クイーンに向き直り、すぐさま俺達は攻撃を再開する。それでも先ほどの様な範囲攻撃がいつくるかわからないので、クイーンの動きには常に注意を払っておく。

 後衛にはサキやC隊のプリーストがいるとはいえ、命が懸かっている以上ダメージを受けないに越したことはない。それにサキ達が攻撃では無く、俺達の回復に時間を割けば、その分攻め手が減り、結果として全体のDPSが下がってしまう。だからこういう時こそ焦って、回避や防御を疎かにしてはいけないのだが、頭では分かっていてもそう上手く対処できないのが人間だ。

 俺の左隣にいるカイトが、片手剣用連続攻撃スキル<蝶舞連斬(ちょうぶれんざん)>を発動させる。

 ────馬鹿野郎! 態勢を崩したわけでもないのにそんな大技を使いやがって!

 思わず俺は胸中で叫んだ。

 蝶舞連斬は9連撃の大技だ。片手剣の攻撃スキルの中でもかなりの威力を誇るが、その分攻撃が終了するまでの時間も相応に長い。

 クイーンを見ると、B隊への攻撃を止め、全身を捻っていた。回転攻撃の予備動作だ。

 カイトも自身の失態に気づいたようで、しまったという表情を浮かべている。だが、new worldのスキルは基本的に1度発動すると、第三者の攻撃等で態勢を崩されない限り、自分の意思で中断することができない。


「ちっ!」


 俺はスキルを発動しているカイトの右腹に蹴りを入れた。

 側面から蹴り飛ばされ転倒したことで、カイトのスキルが強制的に中断される。

 強引な方法だが、それでもあのままスキルを継続させておくよりはよっぽどマシだ。


「すま......」

「いいから盾構えてろ!」


 言うと同時に、遠心力を乗せたクイーンの尾が俺達に襲いかかってきた。


「ぐあっ!」

「うわっ!」


 寸前のところでガードしたものの勢いを殺しきれず、俺とカイトは大きく後ろに吹っ飛ばされた。

 ほとんど全快しかけていたHPも再び2割ほど持って行かれている。

 ────くそっ! 俺があんな予備動作が、見え見えの攻撃を受け損なっただと!?

 new worldでは、攻撃をガードする際の受け方によっても、ダメージ量や体に伝わる衝撃が変化する。

 攻撃力と吹き飛ばし性能の高いボスの一撃はただガードしても体ごと吹き飛ばされてしまうため、インパクトと同時に後ろに飛んで衝撃を逃がさないといけないのだが、カイトのカバーに入ったことで、僅かにタイミングを見誤ってしまった。

 とはいえ、いくらカイトのカバーに気を取られていたとしても、普段の俺ならガードを失敗するなんてヘマは犯さなかったはずだ。先ほどの尾の振り回しとは違い、後ろに下がるスペースが無かったというわけでもない。

 俺は上半身を起こし立ち上がろうとするが、その途中で突然足がふらついた。転倒する寸前のところで、なんとか踏みとどまる。

 ────な、なんだ? 足が震えて。

 いくら攻撃を受けたとはいえ、あくまでここは仮想空間だ。

 攻撃を受ける瞬間、多少の衝撃は感じるが痛みは無いし、いくらHPが減っても現実の肉体がダメージを受けるわけではない。よって状態異常にでもかからない限り、残りHPが1になっても体の動きに影響が出ることはないはずだ。

 にも関わらず、気をしっかり持っていなければ倒れてしまいそうなほど、俺の足は頼りなく震え、突然鎧の重さが何倍にもなったかのうように体が重くなっている。

 ────いや、今攻撃の手を緩めるわけにもいかない!

 俺は無理矢理足を動かし、クイーンへ2度、3度斬りかかる。


「落ち着け! クイーンの動きは変わっていない! しっかりと攻撃を見極めろ!」


 横から聞こえたエドの怒鳴り声に、反射的に俺は視線をB隊の方へと向けた。

 幸いクイーンのでかい図体のおかげで、前足と胴体の隙間からかろうじでB隊の姿が見える。 

 回復役のプリーストを除いたB隊の大盾持ち4人のHPは、既に半分以下にまで減少していた。代わりにどう考えてもタンク仕様ではない装備構成のエドが先頭に立って、クイーンの攻撃を引き受けている。

 クイーンの2本目のHPバーを削りきった後A隊と交代し、クイーンのタゲを引き受けていたB隊だが、キングが乱入するまでは崩れる気配が全くないほど安定して攻撃を受けきっていた。

 俺やカイトだけじゃない。キングの乱入後、明らかに全員のパフォーマンスが落ちている。

 ────ああそうか。

 早くクイーンを倒さなくてはならない。その思いがミスを誘発しているのは間違いないだろう。

 だが原因の本質はそこではない。

 この心臓を鷲づかみにされているような、冷たい手が体中にまとわりついているような感覚。

 ────これが......死の恐怖か!

 いくらこのボス戦が高難易度といっても命が懸かっているのは、フィールド上や道中でも同じだった。女の子達を助けるために他のプレイヤーと戦った時だって、決死の覚悟を決めていた。

 だが、それでも今までは、やばくなったら帰還の水晶でいつでも街に帰ることができた。どんなに強いボスでもボス部屋から出れば、それ以上追ってくることはなかった。

 いつでも逃げられるという保証。謂わばそれは高所における命綱のようなものだ。

 だが、今その命綱は断たれている。

 逃走はできない。

 生き延びるにはボスを倒すしかない。それができなければ確実に死ぬ。

 半周年記念アプデ以降のボス攻略を何度も経験してきたプレイヤーですら、おそらくここまで死を近く実感したことはなかったはずだ。

 どんなに押さえ込もうとも、生きている以上逃れられない。胸の内から溢れてくる根源的な恐怖。冷静であろう、落ち着こうとしても思考は焦燥感と恐怖に支配され、肉体の動きはVダイバーの調子が悪くなったんじゃないかと思うほど固く重い。

 いつも道理の立ち回りができないのは、むしろ当然と言えた。

 ────それを考えると、あいつは本当に大した奴だ。

 クイーンの回転攻撃を避けるために下がった数秒の間に、俺はボス部屋の入口側を振り向き見る。

 そこでは、ヤマトが1人でキングの猛攻をしのいでいた。

 ボス部屋の扉から見て、クイーンは中央の奥、キングは左側の手前に位置していた。クイーンの頭は扉側に向いているため、俺達の右斜め後ろにキングがいることになる。

 いくら大盾を装備しているとはいえ、キングの攻撃力は相当なものだ。戦いの最中に何度かA隊の様子を確認したが、完璧に受けたとしても盾越しにダメージは微量だが受けてしまうし、まともに食らえばHPは半分以上削られてしまう。

 実際、大盾持ちは他にも2人いたが既にHPはレッドゾーンに達しており、今は下がって両手杖と重金属鎧を装備した聖騎士による回復を待っている状態だった。ヤマトのHPも既に6割を切っている。

 しかし、ワンミスが命に関わるこの状況で、ヤマトはキングの攻撃を完璧に捌き、仲間が回復する時間を稼いでいた。俺もタンクをやっているから分かるが、凄まじい技量と精神力だ。レベルでは叶わないが、それでも純粋なプレイヤースキルなら、ヤマトは攻略組の連中にだってひけをとっていないだろう。

 ボス部屋の奥にいたキングが手前側にいるのも、こちらの戦闘と干渉しないようにヤマト達があそこまで誘い込んだからだ。

 複数体のモンスターを相手にする時、最も避けるべきなのは混戦に陥ることだ。人間である以上、どうしたって視界や処理能力には限界がある。複数の方向から来る攻撃に対処することは熟練のプレイヤーでも難しい。

 それがボスなら尚更だ。

 だから、こういう状況ではタゲを取っているプレイヤー達が、ボスの位置取りをコントロールし、擬似的に分断させるのがセオリーとなる。

 もし、ヤマトがいなければA隊どころか俺達はとっくに全滅していただろう。

 ヤマトの頑張りに報いるためにも早くクイーンを倒して楽にしてやりたいが、こちらも大分苦戦してしまっている。

 だがそれでも1度はほぼ完璧な立ち回りができていた相手だ。

 手間取りながらもボス攻略集団は、クイーンに着実にダメージを与え続け、次の増援まで後2分を残した状態でHPを残り3割にまで削ることに成功した。

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