29 命を懸ける理由
しばらく進むと、黄土色の岩山からなる峡谷が見えてくる。
この峡谷を抜けた先に、カルルガ遺跡の入り口がある。しかし、峡谷の入り口付近には、周囲を飛び回るハーピーの群れの姿があった。
「また、ハーピーか。面倒だな」
new worldでは一部の例外を除き、通常モンスターがポップする場所はランダムとなっている。
2日前、俺達は予習がてらカルルガ遺跡まで行き、1Fだけだが探索も行った。しかし、その時の道中では、あんな場所にハーピィは出現しなかった。
先ほどの山の陰に潜んでいた群れといい、なんだか今日は運が悪い。
「あれだけ入り口に陣取られたらディープミストを使っても意味ないだろうね。まあ、今はミキヤもいるし、どうとでもなるとは思うけど」
ディープミストの潜伏効果はモンスターに対しても有効だが、近づけば近づくほど効果は薄くなってしまう。入り口に近づけば、たとえディープミストを使ったとしても、発見されることは避けられないだろう。
「仕方ねぇか」
戦闘を避けることを諦めてハーピィに接近しようとするが、後ろからミキヤに呼び止められる。
「ちょっとタンマタンマ。やるのはかまわんけど。どうせなら省エネでいこうや」
そう言って、ミキヤは背中に背負った矢筒から矢を取り出し、弓を構えた。
────おいおい。120mはあるんだぞ。
思わず内心で独りごちる。
弓というのは、鍛錬を積んだ者でなければ大まかな狙いをつけることすら難しい。風や重力による影響を自分で補正しなくてはならないし、敵も常に動いている。
とはいえそれでは、ゲームの武器として成り立たないため、new worldでは適正射程というパラメーターが設けられている。適正射程は、基本的に弓そのものの性能と使用する攻撃スキルで決まり、この適正射程内の距離であれば、狙った場所と実際の矢の軌道に多少ずれがあったとしてもシステムがそれを自動で修正してくれるというものだ。
適正射程アップの特殊効果を持つ、防具やアクセサリーを装備することでも飛距離を伸ばすことはできるが、たとえミキヤがその手の特殊効果を積んだ上で、遠距離狙撃用の攻撃スキルを使用したとしても適正射程は50~60mが限界だろう。
────いや、待て。
少し遅れて俺は、自分が根本的な勘違いをしていることに気づく。
弦に番えられた矢が、白い光を纏っていた。
弓を引き絞っている右手を離すと、矢は光の尾を引きながら飛んでいく。緩やかな弧を描くラインが宙に生まれ、その先端が峡谷の入り口を飛び回っているハーピーの内の1体の胴を貫いた。
「えぇ......うっそぉっ!」
軽く引き気味に、ユウが驚愕の声を上げる。少し遅れて、俺の視界の右側に経験値獲得のメッセージが出現した。
今の攻撃により俺達の存在に気づいたハーピー達が、一斉にこちらへ向かってくる。
「適当に端から狩ってくから、近づいてきた奴らは頼むわ」
あっさりとそう言い放ったミキヤは間髪入れずに矢を放ち、どんどんハーピーを射倒していく。
結局十数体いたハーピーは、俺達に近づく頃には、5体にまでにその数を減らしており、既に詠唱を完了していたユウの範囲攻撃魔法スキルによって、瞬く間に掃討された。
「まさか、あの距離で<極み撃ち>を当てるとはな」
「よくシステムのアシスト無しで、あそこまで正確な射撃ができるね」
戦闘が終わった後、俺達はミキヤに声をかける。
「まあ、こう見えても俺は現実じゃ、アーチェリーで全国行っとるからな。こと狙いに関しちゃ、攻略組のトップ層の連中にだって負けへんで」
そう言って、ミキヤはにやりと笑う。
極み撃ち。軽弓、重弓問わず、弓使いが習得することのできるスキルの1つだ。
このスキルは、クールタイムが1秒しかないにも関わらず、全ての弓用攻撃スキルの中でもトップクラスの火力と飛距離を持つ。しかしその強力過ぎる攻撃性能と引き換えに、狙いをつける際、システムのアシストを一切受けることができないという大きなデメリットが存在する。
狙った場所に矢が飛ぶかは、完全に本人の力量次第。つまり、端からミキヤはシステムのアシストなど当てにはしていなかったのだ。
『トップ層の連中にだって負けない』という言葉も誇張ではない。おそらく攻略組にすら、ミキヤと同じことができるプレイヤーは5人といないはずだ。
本来弓の火力はそこまで高くはないが、コンスタントに極み撃ちを動くモンスターの弱点部位に当て続けることができるなら、ミキヤのDPSは両手武器持ちをも上回ることになる。そして、120m先の動く標的を狙い撃てるミキヤにとって、それは容易いことのはずだ。
最初の戦闘で極み撃ちを使わず、俺達にとどめを刺させたのは獲物を横取りしたと俺達に因縁をつけられる可能性を憂慮したからだろう。
通常モンスターを倒した際の経験値は、とどめを刺したプレイヤーとそのパーティメンバーにだけ分配されるようになっている。この仕様を悪用し、他のパーティとモンスターとの戦闘に了解無く乱入し、止めをかっさらう行為は<横取り>と呼ばれ、new worldでは代表的なマナー違反の1つとされている。
「ところでユウ達は、半周年記念アプデ以降のボス戦は経験しとるんか?」
「いや、実を言うと俺達はついこの間ゲーム攻略に参加しようと決めたばかりなんだ。だから、半周年記念アプデ以降のボス攻略はこれが初めてになるね」
ミキヤの問いかけに、ユウが首を振って答える。
「そうか。俺も今回が初めてやから、経験あったら色々聞いとこうと思ったんやけど、それならしゃあないな。......きっと今のボス戦は俺達が経験してきたものとは、まるで別物になっとるやろうからな」
「だろうな」
笑みを消し、真剣な表情を浮かべるミキヤの言葉に俺は頷く。
半周年記念アプデ以前のボス戦は、何度も死んでその度に再挑戦することが前提だった。だが、今は死ぬわけにはいかない。ゲーム内で死ねば、現実でも死ぬ。
ミキヤの言うとおり俺達が今まで経験したボス戦とは、様々なことが変わっているはずだ。
そして、それに適応できるかが、きっと俺達が今後も生き残れるかの分かれ目となるだろう。
「なあ、言いたくなかったら、別に言わなくていいんだが......どうして、アンタはゲーム攻略に参加しようと思ったんだ?」
モンスターのいなくなった峡谷を進んでいる途中で、俺はミキヤに問いかける。
攻略に参加する以上、死の危険は常につきまとう。にも関わらずどうして、ミキヤは攻略に参加しようと思ったのか。同じく攻略に参加しようとしている人間として興味があった。
「妹が一緒にこの世界に閉じ込められとる」
眉間にしわを寄せ、ミキヤは言葉を継いだ。
「妹は昔から病気がちで体が弱くてな。激しい運動ができへのんや。それで、このゲームなら仮想とはいえ自由に動き回れると思って、俺はバイトしまくってなんとかVダイバーとnew worldを手に入れた。一緒に遊んでやれるように俺の分も含めてな。せやから、妹がこんな事件に巻き込まれてしまった責任は俺にもある」
ミキヤが、両の拳をぐっと握りしめる。
「半周年記念アプデの後、俺は妹ともしもの時のために、一緒にレベル上げを続けながら、現実からの救助を待っとった。もし、俺が死んでしまったたら、妹はこの世界に1人取り残されてしまう。だから今まではリスクは極力避けてきた。だが、もう半周年記念アプデから半年も経つのに、一向に救助は来おへん。ユニークモンスターの捜索もまるで進んどらん。もう他人を当てにはできん。さっきも言うたが、妹は体が弱い。このまま現実で寝たきりの生活が続いたら、体にどんな影響があるかも分からん。せやから俺は、ゲームクリアでもなんでもして一刻も早く妹をこの世界から解放せなあかんのや」
「......そうか」
きっとミキヤは妹をこんな事件に巻き込んでしまった自分を許せないのだろう。だから、本当はこんなことを思ってはいけない。
だがミキヤもまた、俺達と同じように確固たる決意を持って、ゲーム攻略に参加することを決めたのだ。
理由は違えど、同じ目的を志す同士がいる。そのことが俺には少し心強く思えた。
「そういうカズキはなんで、ゲーム攻略に参加しようと思ったんや?」
「え、俺? ああ......いや、話せば長くなるんだが......」
────しまった。よく考えれば自分から話を振った以上、同じ質問が自分に返ってくるのは流れとして当然だ。
実を言うと、俺がゲーム攻略に参加することを決めた経緯は、まだユウにも詳しくは話していない。
その辺りの説明をしようとすると、必然的に現実での自分の情けないところまで告白することになってしまうからだ。とはいえミキヤから話を聞き出しておいて、自分だけ本音を隠すというわけにもいかないだろう。
観念して話そうとした時、ユウが前方を指差し、声を上げた。
「2人とも、集合場所が見えてきたよ」
ユウの右手が指し示しているのは峡谷の出口で、そこから先は急激に広さが増していた。奥には大きな岩山がそびえ立っており、その麓に大勢のプレイヤーが集まっている。
「お! もう結構集まっとるな」
目的地を見つけて、ミキヤが早足になる。
話がうやむやになったことに内心ほっとしつつ、俺はミキヤの後を追った。




