26 決意
「......っ!」
俺が目を覚ましたのは、サイファーの宿屋だった。
「夢......か」
上半身を起こし、窓に視線を移す。まだ明け方らしく、外は薄暗い。
────初めてだ。
夢だったけど、あそこまではっきりと父さんに逆らったのは、生まれて初めてのことだった。
まだ、心臓が高鳴っている。夢とは言え、ため込んでいたものを吐き出して、少し気分が晴れた。
まあ、でもあれが夢で良かった。もし現実であんなこと言ったら────。
言ったら────。
いや......別に言えばよかったんじゃねぇのか?
ずっと嫌だったんだろう? 兄貴と比較され続け、どれだけ努力しても認められることのない現実が。
だから、仮想に逃げた。努力しても決して認められることがないのなら、努力することに意味は無い。
そう思い、現実の全てを投げ捨てて、仮想に没頭した。もはや、俺に残された道はそれくらいだと思っていた。
でも......本当は他にも道があったんじゃねぇのか?
親の言いなりになるんじゃなく、かといってガキみたいに、何もかもほっぽりだしたりもせず、俺が俺の意思で俺のために、選んで歩いていく道ってやつが。
別に今やりたいことがあるわけじゃない。でも無いからこそ、死に物狂いで自分の道を探さなきゃならなかったんじゃねぇのか。
たとえ両親に逆らうことになったとしても、少なくともそっちの方が今よりよっぽど......。
いや......きっとそのことには前から気づいていた。でもそうしなかった。
俺は怖かったんだ。
正面から両親に逆らってまで選んだ道で、何も手に入らなかったら、もう言い訳がきかない。自分自身を否定されるような気がして。
だから、俺は自分が不幸なのは環境のせいだからもうどうしようもないと考え、人生と向き合うことから逃げた。
重荷だった。父さんから与えられる要求が。ずっと自由に生きたいと思っていながら、俺は逃げていたんだ。自分で選択することから。自分の人生に責任を負うことから。
「情けねぇ......」
思わず頭を抱える。
いつまで親のものさしで生きてんだよ。
テメェの人生だろうが。
何が正しいかなんて自分で決めろ。自分の不幸を周りのせいにすんな。
気づけば、街を囲う外壁から太陽が姿を覗かせていた。昇り始めた日の光がサイファーの街を山吹色に照らしている。
────俺はもう逃げねぇ。
現実からも自分の人生からも父さんからも。
現実に帰ったら、父さんに伝えよう。
俺はもう兄貴の後は追わない。自分の意思で、本気で、歩んでいける道を探すと。
俺の生き方を両親が受け入れてくれるかは分からない。いや、むしろ喧嘩になる可能性の方が高いだろう。そもそも選んだ道で望んだ結果が得られるとも限らない。
でも、それでいいんだ。
進んだ先にある苦労も悲しみも喜びも全部、俺が背負うって決めたものなんだから。
晴れやかな気分だった。ずっと頭の中にあったもやが消えて無くなった気がする。
どう生きるかは決まった。
そのためにも、まずは────。
まだいつもの集合時間には早いはずだが、1階のレストランに降りると、既に窓際の席にユウが座っていた。
「あ.....おはよう。カズキ......」
少し遅れてこちらに気づいたユウが気まずそうに、声をかけてくる。
おそらくユウもユウで、自分の勝手で俺に迷惑をかけていると思っているんだろう。
「ああ、おはよう」
挨拶を返して、俺は窓から外を見やった。
日中は多くのプレイヤーで賑わう大通りも、流石に今はほとんど人通りがない。
「なあ、ユウ......お前現実に戻ったら、その後どうするんだ?」
「え、ああ......そうだね。昨日も言ったけど、俺今まで両親に迷惑ばっかりかけて生きてきたからさ。現実に帰ったら、ちゃんと謝って......もう1度向こうで頑張ってみようと思うんだ。今更だけど......向こうでちゃんとやってみたい」
「そうか」
昨日までの俺なら、ユウの言うことが理解できなかっただろう。
だが今なら分かる。現実でもう1度やり直すことを決めたユウの気持ちが。
「俺も攻略に参加する」
「えっ! でも......」
「別にお前に流されてじゃねー。俺も向こうでやりたいことができた」
「そっか......そうなんだ.....!」
横目で見ると、ユウが顔をほころばせていた。
「それで......カズキのやりたいことって?」
「ま、とりあえず手始めに、親子喧嘩でもしてみようかと思ってな」
「?」
言葉の意味が分からず、どういうことかとユウが首をかしげる。それがおかしくて俺は思わずクックッと笑ってしまった。
俺はもう自分の人生を人任せにしない。自分で決めて、全部自分で責任を負う。
だから、自分が現実に帰れるかどうかも人任せにはしたくない。
俺は自分の力でこのゲームをクリアする。
もちろん、ゲームをクリアすれば現実に帰ることができるという確証はない。
だから、駄目だった時にはまた別の方法を探す。現実に帰るために、あらゆる手を尽くす。
きっとユウも同じ気持ちのはずだ。
「だから......なんだその......」
少々照れながらも俺はユウに向き直り、右手を差し出す。
「これからもよろしく頼むぜ。相棒」
「うん! よろしく!」
ユウも立ち上がり、俺の手を取った。
この日俺とユウは、本当の意味で互いの相棒になれたような気がした。




