22 佐藤一輝②
視界が闇に包まれたかと思うと、聴覚や触覚といった五感が消失する。
ほどなくして、目の前に小さな光が灯った。光は尾を引きながら蛍のように飛び回り、new worldのタイトルロゴを描き出す。
気づくと俺は、真っ白な部屋の中に立っていた。
「これが仮想空間......ってうおっ! 声が兄貴だこれ!」
自分の口から発せられた声に驚く。
そういえばどことなく、目線も高い気がするし、体も筋肉質だ。おそらくこのアバターの体格は事前にVダイバーに登録した兄貴のものを再現しているのだろう。
戸惑いつつも体を捻ったり、両手を開いたり閉じたりしてみる。体の動く感覚や触覚は現実のものと変わらない。
フルダイブを体験するのはこれが初めてだがここまでとは......Vダイバーがあれだけ話題になったのも頷ける。
俺の目の前には、光のラインで構築されたキーボードとウィンドウが浮かんでおり、そこには『ユーザーIDとパスワードを登録して下さい』とメッセージが表示されていた。
俺は手早く、必要事項を入力し、アカウントを作成する。そして、続いて出てきた『新規アバター作成』というボタンを押した。
ウィンドウの表示が切り替わり、プレイヤーネームの入力を求められたので『カズキ』と打ち込む。本名だが、カタカナだし別に珍しい名前でもない。いくらオンラインゲームとはいえ、そこまで気にする必要は無いだろう。
次は、アバターの体格の設定だ。
体格の設定は『プリセットを元に編集する』と『Vダイバーの登録モデルを元に編集する』の2種類から選ぶことができた。
どうやら最初に元となるモデルを選択し、そこから身長や脂肪の量などの調整を行えるらしい。動きやすさを考えるなら、現実の自分の体格に近づけるべきなのだろう。
流石にVダイバーに登録できる体格情報が1人分のみということはないだろうから、俺の体格情報を登録すればそれを使用することもできるはずだ。しかし、事前に説明書で確認したのは、Vダイバーの起動方法だけなのでやり方がわからない。
俺は『登録モデルを元に編集する』を選択し、そのまま変更を加えずに決定ボタンを押す。今回はお試しでやる程度だし、細かい調整をするのも面倒なのでこれでいい。
続いてはアバターの頭部モデルの設定だ。
これも『プリセットを元に編集する』と『リアルフェイスモードを利用して編集する』の2種類の選択肢があった。
頭部モデルに関しては事前に登録をしていなくても『リアルフェイスモードを利用して編集する』を選択すれば、Vダイバーが自動で頭部のスキャニングを行い、アバターに反映してくれるらしい。
とはいえ、オンラインゲームで素顔を晒してプレイするのは、流石にあり得ないし、やはり調整が面倒なので『プリセットを元に編集する』を選択。いくつか用意されたプリセットの内、男らしい精悍な顔つきのものを選び、無編集で決定とした。
アバターの声についても同様に、サンプルボイスの内の1つを選択する。流石に自分の口から兄貴の声が出るのは気味が悪い。
最後に選択するのはメイン職業だ。メイン職業は全8種類の中から1つを選ぶことになる。
「なんか色々あるけど......RPGとかやらねぇからよくわかんねぇな」
サンプルボイスに変化した声で呟く。
とりあえず、魔法よりは剣で戦ってみたかったのと、でかい剣とでかい防具が強そうだったのでメイン職業は<重戦士>を選択した。
全ての項目を設定し終えてから、一番下の『エディット終了』と書かれたボタンを押すと『このアバターでゲームを開始してよろしいですか』と確認メッセージが出てきたので『はい』を選択する。
すると視界が暗転し、世界観を説明するプロローグが、文章という形で目の前を流れ始めた。だが、あんまり興味がなかったので早々にスキップボタンを押す。
途端、周囲が真っ白に染まったかと思うと、次第に色づいていき、カメラのレンズの焦点を合わせるかのように、景色が鮮明さを増していった。
周りを見渡す。俺がいるのは街中だった。
石造の建築物が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街並み。そして、鎧やロープを身に纏い、手には剣や杖などを持った大勢の人間がそこら中を歩いている。
これぞ、剣と魔法のファンタジーの世界といった感じの光景だった。
「これ全員プレイヤーか?」
これだけの人数が同じ仮想空間内にいて、それぞれ意思を持って行動している。それがどれだけ凄いことか、いくらこの手の分野に疎い俺でも理解できた。
俺は、自身の格好を見る。
俺もまた鈍色の金属鎧を身に纏い、現実なら絶対に振り回せないであろう大きさの両手剣を背中に背負っていた。
「モンスターと戦うゲームらしいし、とりあえず、街の外で戦闘してみるか」
早速俺は、街の外へと続く道を探す。
ゲームの開始地点ということで、多くのプレイヤーを収容できるようにしているのだろう。街はかなりの大きさだったが、正面に伸びる大通りを真っ直ぐ進むと、街の中と外を繋ぐ正門にたどり着いた。
街の外に広がる草原を3分ほど歩くと、目の前に灰色の毛皮を持ったオオカミが現れる。
早速、俺は背中から両手剣を抜いて構えた。
オオカミは立ち止まったまま、ぐるるとうなり、こちらを威嚇してくる。
────なるほど。これは凄いリアリティだ。
このゲームでは文字通り、プレイヤーは剣士や魔法使いとなって、モンスターと戦うことができるわけだ。従来のゲームハードではこれほど臨場感のある戦闘は味わえないだろう。だが一方で問題もある。
────臨場感がありすぎて、超怖ぇ......!
テレビゲームであれば、モンスターがテレビから出てくることはないが、VRゲームでは仮想とは言えモンスターが、本当に自分に向かって襲いかかってくる。
────これホラーゲームとかだとマジでパニックになる奴出てきそうだな......。
などとそんなことを考えている内に、いつのまにか飛びかかってきていたオオカミの牙が、俺の目前まで迫っていた。
「うおおおっ!?」
即座に左側に飛び退き、間一髪でかわす。だが、突然のことで受け身を取り損ねた。
俺が立ち上がるよりも早く、方向転換したオオカミが再度襲いかかってくる。
「おおおおおおお!?」
今度こそはかわせないだろう。俺は反射的に目を瞑ろうとする。
しかしその直前、横から飛んできた火の玉がオオカミの体を捕らえた。
火の玉は衝突と同時に爆発し、そのままオオカミを吹き飛ばす。
「今のうちに止めを!」
あっけにとられている俺に、火の玉が飛んできた方向から声がかけられる。
俺ははっとしつつも立ち上がり、倒れているオオカミに駆け寄った。そして、両手剣を振り下ろす。
スキルによる攻撃ではないため、威力は低いが────説明書を読んでいないのでこの時はスキルの存在を知らなかった────それでも残り2割ほどにまで減っていた序盤フィールドの通常モンスターのHPを削り取るには十分な一撃だったらしい。
オオカミの体が色素を失い、消滅する。
ほっとため息をつき、俺は声のした方へ振り向いた。
「ピンチみたいだったから手を貸したけど......余計なお世話だったかな?」
そこにいたのは、ソーサラーの初期装備である木の杖と緑色のロープを纏った、プラチナブロンドの髪を持つ青年だった。
青年はおずおずといった感じで、こちらの様子を窺っている。
「いや、助かったぜ。ありがとう」
「よ、よかったら一緒にパーティ組まない?」
「え? いいのか?」
「うん。見ての通り俺は魔法職だから、前衛がいてくれると助かるし......」
青年はそこで一瞬口ごもるが、やがて苦笑を浮かべ、言葉を継ぐ。
「正直......俺も1人は怖いんだよね」
俺達は互いに顔を見合わせる。
「く......くく......」
「ふふ......」
「ははははははははっ!」
「あはははははははっ!」
声を上げて笑ったのはいつぶりだろう。
そんなにおかしなことでもないのに、しばらくの間俺達は笑い続けた。
「......俺はカズキだ。よろしく頼む」
息を整えてから右手を差し出す。
「俺はユウ。よろしく」
そう言って青年も右手を出した。
これが俺とユウの初めての出会いだった。




