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21 佐藤一輝①

 俺は間違ったことは言っていないはずだ。

 自分の部屋に戻ってきた俺は、早々にベッドに横たわり、先ほどのやりとりについて考えていた。照明はつけていなかったが、窓から差し込んでくる月明かりにより、かろうじで天井の木材の継ぎ目が見える。


「......つーか、ありえねぇだろ。命がけで戦うとか」


 攻略に参加している奴らのことは尊敬するが、それと同時にちょっと引いている部分もある。

 俺達は平和な日本に生まれた一般人だ。

 各々自分の人生について、苦悩苦痛はあるだろうが、少なくとも病気でもない限り、それは命に関わるような内容ではない。毎日の用に交通事故や事件に巻き込まれて死ぬ人間がいることは知っていても、明日自分がその中に入る可能性なんて想像すらしていない。

 そんな骨の髄まで平和呆けした人種。それが俺達だろう。

 なのに何故自分の命を危険さらせる? いくら現実に帰りたいからといって、何故死ぬかもしれない戦いに身を投じることができる?

 俺にはできない。

 いや、そもそも俺は現実に戻りたいとすら思えない。




 大手製薬会社の役員の父とその関係会社の社長令嬢の母の間に生まれた俺と3つ上の兄貴は、裕福な暮らしと引き換えに厳しく育てられた。

 物心ついた時から、俺達は競争社会に身を置いていた。

 他人を押しのけ、自分の能力を示さなければ、価値を認められない。そんな苛烈な環境で共に生きてきた俺と兄貴の仲は悪くはなかった。

 だが、それでも俺と兄貴の間には、決定的な違いがあった。

 兄貴は何でもできた。全国模試では5位以下に落ちたことがなく、テニスは高校3年の時、全国大会で準優勝するほどの腕前。人付き合いも上手く、他にもピアノの演奏、社交ダンスとどんな方面でも常に両親から与えられる要求以上のことをこなしていた。

 だが、俺は違った。俺は凡人だった。

 何をしても兄貴には敵わない。小学生の時にはそう気づいた。

 それでも、勉強だけは食らいつく努力をした。友達からの遊びの誘いを断り、続けていたバスケも中学2年で止め、あらゆるリソースを勉強だけにつぎ込んだ。

 その甲斐あって、兄貴と同じ都内のトップの偏差値を誇る高校に入学することはできたが、競争は終わらない。


「198人中24位? なんだこの成績は? 前期から全く進歩がないじゃないか。私に恥をかかせるな」


 それが、1年の後期中間試験の結果を見た父から、ため息交じりにかけられた言葉だった。


「兄さんはテニスをやりながらでも、1位以外を取ったことがないぞ。部活をやっていないお前がこの程度の成績でどうする?」


 兄さんはもっと......兄さんだったら。

 父さんはいつも俺に兄貴と同じことを要求してくる。


「全く、同じ兄弟でどうしてここまで差が出るのか」


 だが、それは無理だ。俺は兄貴のような天才じゃない。

 俺がどんなに努力しても兄貴と比較される。

 ────俺だって......俺だって必死にやってるんだ!

 やりたいことを全て切り捨てて、父さんの期待に応えるために、必死で!




「よっ! 一輝! この間新しいゲーム買ったんだけど、一緒にやらねぇか!」

「今勉強で忙しいから無理」


 自室で勉強していると兄貴が入ってきた。

 兄貴はかなりのゲーム好きで、小学生の頃はよく対戦ゲームで一緒に遊んでいた。


「勉強って......お前後期中間終わったばっかじゃねぇか」


 兄貴は歩み寄ってきて、机の上に広げた教科書やノートをのぞき込んでくる。


「そういう兄貴こそいいのか? 最近、テニスとかゲームばっかりやっていて碌に勉強していないだろ」

「ああ。まあ、講義の内容は頭に入ってるし、大丈夫だろ。つーか、俺は海外留学あるから期末試験受けねぇし」


 そう言って、兄貴は肩をすくめる。

 そういえば兄貴は、1ヶ月後に1年間の海外留学を控えていた。

 とはいえ、仮に今試験を受けたとしても兄貴は大丈夫だろう。

 兄貴は1度さらっと教科書を読んでしまえば、それだけでそこに書かれている内容を理解し、覚えることができた。他の分野においてもとてつもなく飲み込みが早く、あっという間に周りを追い抜いてしまう。

 持てる時間の全てを勉強に費やしても、学年の上位15%以内に入るのが精一杯の俺とは大違いだ。


「お前勉強し過ぎなんだよ。時間積み重ねりゃいいってもんじゃないぜ。休む時には休まねぇと」


 兄貴の言葉に反射的に手が止まる。

 

「まあ、メリハリってやつだな。たまには、何も考えずぱーっと遊ぶことも大事だぜ。ぱーっと。はっはっはっはっ」


 いつもなら適当に受け流せていただろう。

 兄貴が楽観的というか能天気な性格なのはよく知っていた。

 父さんとのことで、精神的に不安定な状態になっていたというのが大きかったのかもしれない。


「お前のせいだろうが!」


 気づけば俺は立ち上がり、兄貴の胸ぐらを掴み上げていた。


「お前がハードル上げやがるから! お前がいるから! 俺はいつも比べられる!」


 今までため込んできた感情が、そこで一気に噴出した。


「むかつくんだよ! 人が必死に努力してる横でいっつもヘラヘラしやがって!」


 兄貴が悪いわけじゃない。頭ではそう分かっていても罵倒の言葉は止まらなかった。


「わ、悪い......」


 やがて、戸惑い気味に呟かれた兄貴の声に、俺は我に返った。

 胸ぐらから手を離すと、兄貴は無言で部屋から出て行った。




「くそっ。なにやってんだ俺は......」


 1人になってから悪態をつく。

 兄貴にだって悪気があったわけじゃない。明るく振る舞っていたのだって、兄貴なりに、俺に気遣ってのことだったのかもしれない。

 だったらもうちょっと言葉のチョイスにも気を遣えよとか思わなくはないが。


「いや、余計なこと考えてねぇで、とにかく今は勉強しねぇと......」


 言い聞かせるように呟き、机に向き直る。

 ────一体何のために?

 突然、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 最低でも学年で5位以内に入らなければ、父さんはきっと俺を認めてくれないだろう。

 じゃあ、こうして勉強していれば、5位以内に入れるのか? 

 無理だ。今通っている高校の偏差値は78。生徒も関東中から選りすぐられた秀才ばかりだ。

 今回の後期中間だって......いやそれよりずっと前から俺は自分にできる全てを勉強につぎ込んできたつもりだ。

 それでも198人中24位。上には上がいる。

 ここが俺の限界なんだ。

 今勉強しようが、リフレッシュしようが関係ない。これ以上はどうしたって上に上がることはできない。

 だったら勉強以外の分野で、結果を出すか?

 それこそ無理だ。俺には勉強しかない。

 小学生の時から続けていたバスケを止めて、2年。運動神経は並以下に落ちた。遊びの誘いを断り続けたことで、友達も失った。

 他に興味を持てることもなく、またあったとしても、兄貴のように周りから飛び抜けられるほどの才能もないだろう。


「う、ううっ......」


 気づけば涙が出ていた。

 分からない。

 どれだけ頑張っても、決して認められることがないのなら、俺の今までの人生は......努力は一体なんだったんだ。

 分からない。

 自分が何のために生きているのか。このただひたすらに辛い現実に対して、どんな希望を持って歩んでいけばいいのか。




 それから、しばらくのことはあまり記憶にない。

 高校には行っていたものの授業を聞くわけでも無く、日がな一日ぼーっとして過ごした。

 なにも手に着かなくなったし、なにもかもがどうでもよくなっていた。ただ兄貴とは気まずくなってしまい、互いに口を聞かなくなった。

 そうして、わだかまりを解くことができないまま1ヶ月が経ち、兄貴は海外留学に旅立っていった。

 見送りには行かなかったが、兄貴が日本を立つ直前LINEで連絡してきた。


『親父達にも言ってるけど、1週間後に『new world』が届くから、もし、ポストに入ってるの見つけたら、俺の部屋に置いといてくれ!』

『お前は興味ないかもしれねぇけど、やりたきゃ好きにやっていいからな!』


 new world。確か、兄貴が発売を楽しみにしていた新作のVRゲームだ。

 各通販サイトの初回入荷分の抽選予約の倍率が数十倍にもなるほどの注目タイトルらしく、運良く当選したのに留学のせいで、1年もお預けにされてしまうと以前兄貴が嘆いていた。

 そして、丁度1週間後、学校帰りにポストを覗くとnew worldが届いていた。

 一応お願いされたので、パッケージを兄貴の部屋に持って行く。

 兄貴の部屋には様々なゲームハードが納められた階層状の棚があり、そこにVダイバーも保管されていた。

 世界初のフルダイブ型ゲーム機として、世界中で話題を呼んだVダイバー。

 だが兄貴曰く、現在発売されているタイトルはどれもVダイバーの高すぎるスペックを全く生かせていないらしい。しかしnew worldはこれまでのタイトルとは、一線を画すもののようだ。

 俺は、new worldのパッケージを眺める。


「MMOか......オンラインゲームとかやったことねぇな」


 スマホで調べてみると、正式サービスが始まったのは午後5時。丁度今から10分前のことであった。

 本当になんとなくの気まぐれだったが、俺はnew worldをプレイしてみることにした。どうせこの後何かをする予定も無い。

 俺はVRゲームをやったことがないのでどんなものなのか前から気になっていたというのもある。

 両親は今日、仕事だの会食だので早くても午後10時までは帰ってこない。それまでに切り上げて、自分の部屋に戻れば、小言を言われることもないだろう。

 Vダイバーをコンセントにつなぎ、パッケージから取り出したカートリッジをセットする。

 兄貴のベッドに寝転がった俺はVダイバーを被り、起動ボタンを押した。

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