19 最強ギルド
その時、後方から牛と山羊の中間のような動物の鳴き声が聞こえた。
────あれは!
振り向いて俺は思わず、目を見開く。
北門から10台ほどの荷車からなるキャラバン隊が、街中へと入ってきていた。
俺達は道の脇にどいてキャラバン隊を観察する。
荷車を引いているのは、全身を黒色の毛皮で覆われたラクダ。
あれは、<バルメル>というというラクダ型のモンスターだ。どうやら俺が聞いた鳴き声は、バルメルのものだったらしい。
荷馬車の多くは、火をかたどった紋様の描かれた豪華な天幕つきの籠を備えており、中の様子が伺いしれないようになっていた。だが、俺は荷車の豪華さや台数の多さに驚いたわけではない。
先頭の荷車に、1本の旗が掲げられていた。
青空を思わせる水色の背景の上に、抽象化された銀色の羽根のマークが描かれている。
「おい......あの旗のギルドマークって......」
「マジか......どうしてこんなところにいるんだ?」
北門近くにいたプレイヤー達が、ざわめき立つ。
new worldではプレイヤー同士が集まって、ギルドと呼ばれる共同体を作ることができる。ギルドマークは、文字通りそのギルドを現すマークだ。
そして、あのギルドマークを知らないプレイヤーは、new worldには存在しない。
────あいつらは......!
俺はキャラバン隊を守るように周囲を囲んでいる10人ほどの武装したプレイヤーに目を向ける。彼らの身につけている防具、武器そのどれもが、全く見たことのないものであった。おそらく全ての装備がボスモンスターからのドロップ品か、高難度クエスト限定の報酬品なのだろう。
彼らは<フライハイト>。new world最強と言われている攻略ギルドだ。
このギルドが結成されたのは、半周年記念アプデの約1ヶ月ほど前のことだ。
当時のnew worldは効率の良い狩り場の独占、他のプレイヤーに攻略されないようダンジョンの入り口やボス部屋の入り口に陣取り、通せんぼするといった大所帯のギルドによる、迷惑行為が問題視されていた。
new worldは基本的に、プレイヤー間の揉め事はプレイヤーだけで解決することを推奨しており、運営側からの対策も望めない。そこで、大規模ギルドの妨害に対抗するため、まだギルドに所属していないトップ層のプレイヤー達二十数名によって結成されたのが、フライハイトの始まりらしい。
とはいえ、大規模ギルドの構成メンバーは1000人を越えるところもある。たった20人程度では、数で遠く及ばないことに変わりはない。だが1人1人が、new world屈指の実力者である彼らの強さは圧倒的だった。
大規模ギルドの妨害を苦ともせず、彼らは凄まじい速度で数々の未踏破エリアを攻略していき、たちまちnew world中にその名を知らしめた。そしてその活躍は半周年記念アプデの後も変わらなかった。
半周年記念アプデ以降、多くの大規模ギルドが、こぞって中小ギルドを吸収し始めた。単純に数は力というのもあるが、ギルドメンバーを増やすことへの1番のメリットとして、<ギルドスキル>が上げられる。
ギルドを結成すると、何か条件を満たすか、もしくはシルをギルドに寄付することでGPというものを獲得できるのだが、このGPを消費することで、一部のステータス上昇やレアアイテムのドロップ率の上昇といったバフ効果を持つギルドスキルを発動することができる。
ギルドスキルの発動によって得られるバフの効果対象は、ギルドに所属しているメンバー全員。このバフの最も大きなメリットは、ステータスを上昇させながらもアバターのレベルはそのままという点だ。
new worldはレベル差補正のせいで、レベルの低いモンスターを倒してもあまり経験値が貰えない。しかし、命が懸かっている現在では、レベルの高いモンスターを相手にするのはリスクが大きいのも事実。そのため、モンスターのレベルより5~10程度の安全マージンを取って狩りをする場合がほとんどだ。
しかし、ギルドスキルでバフをかければ、レベルを上げることなく、ステータスのみを上昇させることができるので、必要なレベル差を抑えることができる。レベル差が小さくなれば、補正による経験値の減少率もそれだけ小さくなるため、狩りの効率が格段に良くなるというわけだ。
ギルドスキルには1度発動させると永続的に恩恵を受けられるものもあれば、発動から一定時間しか効果がないものも存在する。そのため、GP────ないしGP獲得に必要なシルはいくらあっても余ることはない。
大規模ギルドは、より多くの資金をメンバーから集めて、より強力なバフ効果を得るため。中小ギルドは、大規模ギルドに入って、その恩恵にあやかるため。
このような両者の利害の一致による合併というのは元からよく起きていたことではあったが、半周年記念アプデによって、アバターの強化の重要性がこれまで以上に高まったことにより、ギルド間の人員獲得競争はさらに激しさを増した。そしてその結果、new worldのギルドの総数は半周年記念アプデ以前の3分の2までに減少した。
だが、他のギルドが、人員獲得に熱を出す中、フライハイトはただ1人として新しいメンバーを加入させることはなかった。
無論、彼らとて変化が無かったわけではない。詳しい内情を俺は知らないが、メンバーの半分は待機組となるか、大規模ギルドに移籍するかで脱退したらしい。
現在の構成メンバーは10人程度。ギルドとしてはかなり小規模の部類に入る。
それでも実力者である彼らの元には、幾人もの入団希望者が訪れたらしいが、彼らはそれを全て突っぱねた。
現在のnew worldには、大規模ギルドの情報収集班が発行している<world news>という新聞のようなものがあるのだが、ある時フライハイトへのインタビュー記事が載ったことがある。その際『何故、頑なに新しいメンバーを加入させないのか』という記者の問いに対して、彼らは『新しいメンバーが入れば、連携が乱れる。1度として死ぬことができない現在において、それはあまりに致命的だ』と答えている。
言わんとするところはわからなくもないが、人員増加によるギルドスキルのバフ強化という強烈な目先の欲を切り捨てるというのは、よほど自分達の実力に自信がなければできないことだ。
だが実際に彼らは、この半年間、危険な攻略最前線で生き延び、成果を上げ続けている。
無論、俺が知らないだけで1人か2人の犠牲は出ているのかもしれない。だが、それでも未踏破エリアの攻略における彼らの生存率とその活躍は突出していた。
そして、彼らが最強と呼ばれる由縁はもう1つある。
俺は、集団の先頭を歩く男を見やる。
歳は二十代前半くらい。目つきの悪さにかけては俺も人のことは言えないが、三白眼と切れ長の目による鋭い視線が強く印象に残る。
男は黒色の布鎧を身に纏っていた。極端に光の反射が少ないため、遠目からでは防具のおうとつの判別すら困難である。そして、腰の右側には金色、左側には銀色に輝く短剣をそれぞれ差していた。
用いられている素材の特異さに目を瞑れば、風貌そのものは盗賊に近い。だが、new worldに盗賊というメイン職業は存在しない。
男の名はレイゼン。
フライハイトのギルドマスターにして、new world最強と呼ばれているプレイヤーだ。
メイン職業は暗殺者。
暗殺者は移動系のスキルを数多く習得できる、機動力に優れたメイン職業だ。さらに、攻撃系のスキルはクリティカル発生時のダメージ量に大きな上昇補正がかかる追加効果を持つものが多いため、的確に弱点を狙える腕前があればかなりの火力を出すことができる。
しかし、装備できる防具は防御力の低い布鎧か革鎧だけであり、遠距離攻撃手段も持たないため、至近距離でモンスターの攻撃をかわしながら、懐に潜り込まなくてはならない難易度の高い職業となっている。
半周年記念アプデ以前のあるボス戦で、俺は1度だけレイゼンの戦いを見たことがある。そのたった1度で、何故レイゼンが最強と呼ばれているのかを理解した。
ずば抜けた反射神経。動く敵の弱点部位を的確に捕らえる当て勘。咄嗟の状況への対応力。全てが他のトッププレイヤーの数段上を言っていた。
ビルドは、防御を捨て去った技量・敏捷特化。
最小限の動きで敵の攻撃をかわし、最短最速で弱点を刈り取るプレイスタイルから、いつしかレイゼンには<神速>という異名がつけられた。
当然半周年記念アプデ以前とは、外見も装備も変わっていたが、あの集団の中で短剣二刀流に布鎧という装備構成をしているのは、あの男だけなので人違いではないだろう。




