18 ルール
「ギリギリ日が落ちる前に、街に戻ることができたな」
サイファーの北門をくぐって、足を止める。
既に辺りは暗くなり始めていた。後30分もすれば日は完全に落ち、街の外は夜の闇に包まれるだろう。
「夜間の行軍は、避けたいからね」
そう答えるユウは、未だにあほ面の馬のかぶり物をしていた。
いや、かぶり物をしたままなのは俺も同じだ。よく考えたら、男達を牢獄に送った時点で、もう顔を隠す理由はない。
「いい加減、これ外そうぜ」
「ああ。そういえば忘れてたよ」
俺達はメニューの装備タブから、頭部装備を解除する。
被り物が無くなると、息苦しさが消え、視界もずいぶん広くなった。
「さてと......今回のことで身に染みただろうが、この世界には、あいつらみたいな危ない奴らだっているんだ。これに懲りたら不用意に......おい聞いてんのか?」
少女達の方を見てみると、なぜか3人ともどこか呆けた様な表情をしていた。
暗殺者の少女がはっとしたように肩をふるわせ、勢いよく返事をする。
「あ.....はいっ! 聞いてます! もうよく知らない人とパーティ組んだりしません!」
「うん。それも大事だけど君達みたいな若い女性プレイヤーは、特にターゲットにされやすいからね。不安なら、装備で顔を隠すのがおすすめだよ。今のnew worldには、女性の体と声を持つ男もたくさんいるからね。それだけで、近づいてくる輩はずいぶんと減るもんさ」
半周年記念アプデによって、アバターの頭部モデルは強制的にリアルフェイスモードに変更となったが、体格や声に関しては現在もキャラ作成時に設定したもののままとなっている。Vダイバーの構造上、プレイヤーの顔の形は把握できるが、流石に本人の体格や肉声に関しては、事前に体感覚登録や肉声登録を行っていない限り、再現のしようがないからだろう。
だがそもそもなぜ、全てのプレイヤーの頭部外装が強制的にリアルフェイスモードに変更されたのだろうか。
それだけなら単なるバグか、Vダイバーの不調と納得はできなくもない。しかし、それ以上に不可解なのが倫理解除モードの存在だ。仮想空間での性交渉の実現。将来的には、仮想空間でそのようなサービスが実現されてもおかしくはないのかもしれないが、少なくとも未成年もプレイするnew worldで、そのような行為が許されるはずがない。
メタトロンが暴走し、しっちゃかめっちゃかにシステムへ変更を加えていると考えられなくもないが、それにしてはフィールド上のモンスターのステータスが理不尽に強化されたり、ボスが無敵になったりといった、根本的にゲームが成り立たなくなるような変更は確認されていない。
強いて上げるなら、牢獄の仕様の変更くらいだろうか。
半周年記念アプデ以前、牢獄に送られたプレイヤーは、ペナルティとして罪の重さに応じた所持金と所持アイテム────街の倉庫に預けているものを含む────の一部を没収されていた。しかし、ゲームなので当たり前ではあるが、牢屋に鍵はかかっておらず、普通に扉を開けて出ることができた。
だが半周年記念アプデ以降、1度牢獄に送られれば、いかなる手段を持ってしても牢屋から脱出することができなくなった。
牢屋から出られないということは、自分の意思で食事を取ることもできないということだ。牢屋に入れられたプレイヤーは、ゲームから解放されるその日まで、消えることのない飢餓感に襲われ続けることになる。現実の肉体は、点滴か何かで栄養を取っているであろうことから、流石に死ぬことはないだろうが、ある意味それは死ぬことと同じくらいの苦しみかもしれない。
とはいえ、現在のnew worldがかろうじで完全な無秩序となっていないのは、この仕様変更があったからだ。
何かしらの目的があってメタトロンが、今の事態を引き起こしたにしては、変更点から意図が見えてこない。だが、何の意図もないというには、ある種の公平感というかルールめいたものが感じられる。
一体全体どうしてこんなことになってしまったのか。new worldの中からではわからないことがあまりに多すぎる。
「あの! 本当にありがとうございました! このご恩は忘れません!」
「あ......おう」
暗殺者の少女が大きく頭を下げてきて、俺は思索を打ち切った。
残る2人の少女達も続くように、頭を下げてくる。
感謝されるのは悪い気分ではない。だがユウの説得が無ければ、俺は確実に彼女達を見捨てていただろうから、正直複雑ではある。
「......つーかお前らのレベルじゃ、あのエリアはまだ早ぇ。後3か4レベルが上がるまでは、南側のエリアでレベル上げしろよ」
「は、はい! わかりました! えっと......」
言い淀み、暗殺者の少女は上目遣いでこちらを見てくる。その表情は、何かを期待しているようにも思えた。
「ん? なんだ?」
「あ......いえ! それでは、またいつか!」
俺が聞くと、焦ったように暗殺者の少女はブンブンと首を振った。
そうして再び一礼してから、少女達は街の中心部に向かって足早に去って行った。
暗殺者の少女の反応になんとなく引っかかるものはあったが、それ以上に今日はどっと疲れた。とっとと夕飯を済ませて、ベッドの中に潜り込みたい。
「それじゃ、俺達も宿に戻......」
「あぁあああああああああああああああああああああっ!」
言いかけた途端、突然ユウが絶叫する。
「なんだよっ、うるせぇな!」
キーンとなった両耳を押さえたまま、俺は怒鳴った。
「よく考えたらあの子達に、俺らのパーティ入ってもらえば良かったじゃん! 丁度プリーストの子もいたし! レベル差だって、俺らがレベル上げ手伝ったらすぐ埋まるだろうし!」
「いや、あんなことがあった直後に男とパーティ組みたがるか? まあでも、確かにフレンドになるくらいはしておいてもよかったかもな」
フレンドになっておけば、フレンドリストから、フレンドメールを相手に送ることができる。ダンジョン内ではメールの送受信ができないという制約はあるものの、連絡を取り合えるようにしておけば、時には助け合えることもあるだろう。
別にフレンドでなくとも相手のプレイヤーネームさえ分かっていれば、インスタントメールというものを送ることができるが、こちらは文字数制限がたったの30文字と、ポケベルに毛が生えた程度の仕様となっている。そのため用件によっては、短文を何度も送らなければならないため、非常に面倒くさい。
なにより、俺達は少女の正確なプレイヤーネームを知らない。もちろん、帰り道で互いに自己紹介くらいはした。だが、それはあくまで口頭での話だ。
例えば、3人の中のリーダー格である暗殺者の少女はあかねと名乗っていたが、プレイヤーネームに使用できる文字の種類は、”ひらがな”、”カタカナ”、”アルファベット”、”数字”の4種類。
つまり、暗殺者の少女のプレイヤーネームは、”あかね”の可能性もあるし、”アカネ”の可能性もある。はたまた、”AKANE”かもしれないし、”akane”、”Akane”とも考えられる。全く関係ないプレイヤーに送信される可能性を考えると、総当たりでインスタントメールを送るというのも止めた方がいいだろう。
「ああ~! これがハーレム系ラノベならヒロイン加入確定イベントだったのに~!」
よく分からないことを呻きながら、頭を抱えてユウはその場にうずくまる。
確かに彼女達からすれば俺達は恩人だし、パーティに勧誘すれば、了承してくれる可能性はそれなりに高いだろう。
少々見通しが甘いところはあるが、突然現れた俺の指示に対して咄嗟に動けるだけの胆力もある。少し話しただけでは断言できないが、人間的にも信用できそうだ。
「じゃあ、今から走って追いかけて、パーティに誘ってみるか?」
「いやー、それは流石にダサすぎるでしょ」
ため息交じりにユウが答える。
アカネ達は、後の展開で再登場させる予定です。まあ、かなり先のことではあるのですが。




