16 作戦
「それじゃあ、こいつらも牢獄送りにしたんでいいんだな?」
「はい。正直殺してやりたい気持ちがないわけじゃないけど、この人達の命なんか、抱えて生きたくないし」
暗殺者の少女が、眉間にしわを寄せて言う。その視線の先にいるのは、<ネバネバネット>という粘着性の網に囚われた2人の男だ。
重戦士の男は、今も憎々しげにこちらを見返しているが、聖騎士の男は完全に意気消沈し、項垂れた状態でピクリとも動かない。2人とも装備は全て解除しており、今はインナーだけの状態となっていた。さらに男達は背中合わせで座り、後ろで組んだ両手を互いに繋いでいる。これも俺達が指示してやらせたことだ。
片手を振り上げれば、それだけでメニューウィンドウを開くことができるが、原則として、手は自身の胴体より手前になければならない。そのため、この状態なら瞬時にメニューウィンドウを開くことはできないし、ましてや隙をついて武器を装備したとしても、体に絡みつくネットのせいでまともに戦うことはできないだろう。
両手を拘束できるロープなんかがあれば、ここまで警戒する必要はないのだが、色々と悪用が効くからか、new worldにその手のアイテムは存在しない。ネバネバネットの効果も完全に相手を拘束できるわけではなく、あくまで動きづらくなるといった程度のものだ。
「それじゃあ、今からお前らを牢獄に送る。妙な動きはするなよ。お前達の命は俺達が握っているってことを忘れるな」
俺は両手剣を構える。
まずは、重戦士の男のHPを2割以下にしなければならない。
俺の左では詠唱を終えたユウが、いつでも攻撃魔法スキルを発動できるよう男達に向けて両手杖を構えていた。詠唱が完了したプレイヤーは<詠唱完了状態>となり、プレイヤーの任意のタイミングで魔法スキルを発動させることができる。
結果的に上手くいったとはいえ、薄氷の勝利だった。彼女達が瞬時に武器を装備し直し加勢してくれなければ、男達が初めての犯罪行為に冷静さを失っていなければ、もしくは奇襲に動じないほどPVP慣れしていれば、もっと違う結末を迎えていただろう。
「最初に確認しておくが、あの女の子達を助ける上で、俺達には最低限達成すべき目標とできることなら達成しておきたい目標が存在する」
少女達を助けることを了承してから少し後。男達の後を追いながら、俺はユウに自身の考えを話していた。
「最低限やらなければならないのは、彼女達を無事に街へ返すことだ」
これは当然だろう。これが達成できないなら、そもそも何のために助太刀しようとしているのか分からなくなる。
「とはいえ、これは簡単だ。単に彼女達が帰還の水晶を使うだけの隙を作ってやればいい。俺達が奇襲をかければ、それだけで向こうも彼女達を気にする余裕はなくなる。彼女達が帰還の水晶を使った後は、俺達も帰還の水晶を使って街に帰ればいい。流石に3人相手でも俺達なら、アイテムを使う暇すらなくやられるってことはないだろうしな」
男達に注意を向けたまま、俺は言葉を継ぐ。
「街に戻ればあの男達は追ってこれねぇ。彼女達が男達のプレイヤーネームと人相を広めるからだ。頭部を覆うタイプの防具で顔を隠したとしても、そんな状況で犯罪者マーカーをつけているプレイヤーが現れたら、間違いなく他のプレイヤーからも怪しまれて、頭部の装備を解除しろと詰め寄られるし、そうなったら彼女達の証言の信憑性をより高めてしまうことになる。奴らに犯罪者マーカーがついたのが、いつなのかは分からないが、ここからサイファーまでの距離的に1時間以上前ってことはねぇだろう。聖騎士の男の黄色マーカーが消えるまでの1時間と少しの間に、顔を隠せる防具を彼女達に身につけさせれば、万が一奴らが街の外で待ち伏せしていたとしても他のプレイヤーと見分けはつかない」
「でもその場合、あの男達は野放しになるってことだよね」
「そうだな。ほとぼりが冷めてから、奴らが別の場所で同じことをしないとも限らないし、あの男達がどこかをうろついているとなると、結局は彼女達もこの先不安で街の外に出られないかもしれない。だからこそ、できることならあいつらを全員牢獄にぶち込んでおきたい」
それが、できることなら達成しておきたい目標だ。
「とはいえ、それは簡単じゃない。向こうは3人。こっちも彼女達3人を1人分の戦力と換算しても3人。奴らの腕前は知らんが、ガチンコで戦うのはあまりにリスクがでかい。全目標の達成には、奇襲の成功が絶対条件だ。とはいえ、向こうも周囲には気を配っている。だから俺達はギリギリまで奴らを尾行し、彼女達が激しく抵抗するまで待つ。男達が彼女達への対応に気を取られたタイミングで奇襲をかけて、3人の内1人を速攻で牢獄に送り、数的有利を作った上で残り2人を降伏させる。奴ら全員を牢獄に送るには、この手しかねぇ」
だがその際、1番最初に牢獄に送るのは誰でもいいというわけではない。
「奴らの内2人は防御力の高い、<重戦士>と<聖騎士>だ。奇襲をかけたところで、HPの8割を削るのは困難だろう。だからこそ、俺達が狙うのは<軽戦士>だ」
「でもその作戦って、あの女の子達が逃げずに、聖騎士を止めてくれないと成り立たないよね。じゃないと数的有利が作れないし、与えたダメージを回復されたらこっちがジリ貧になるよ」
「まあ、そうだな。流石に2対3という不利な状況になってもなお、奴らを牢獄にぶち込もうと思えるほど、滅私奉公の精神は持ち合わせちゃいないし。彼女達が逃走を選んだら俺達も逃走するしかねぇ。そこは彼女達の気力次第だ」
聖騎士の男の武器は片手杖と大盾。レベル差はあるが、張り付いて詠唱する隙を与えなければ、強力な攻撃魔法スキルは封じられるし、危険も少ない。とはいえ、窮地に立たされている彼女達が、とっさにそこまで判断できるかは微妙なところだ。
男達の注意が自分達から逸れた瞬間、反射的に帰還の水晶を使って逃げたとしても責めることはできない。そもそも彼女達が抵抗する気力自体を失っている可能性や予備の武器を持っていない可能性もある。彼女達が抵抗して男達の注意を引いてくれなければ、奇襲の成功は難しいだろう。
武器の方は通常モンスターの攻撃でも下手な受け方をすれば耐久度は大きく減ってしまうので、1本くらいは予備の武器を用意しておくのが普通だが、所持重量の問題もあるし、全プレイヤーがそうしているというわけでもない。
ともかく奇襲が失敗したり、彼女達が戦闘に参加できない場合には、最低限の目標のみの達成を目指す方向に、作戦を切り替えるしかないだろう。
「あいつらが向かっている方角には確か、岩盤で囲まれた広場みたいになっている場所があったはずだ。目的地もおそらくそこだろう。俺は男達の後方につくから、ユウは男達が広場に入った時点で、岩盤を登って挟み撃ちできるように回り込んでくれ。俺は遠距離攻撃手段に乏しいからな。ユウが遠距離から攻撃魔法スキルを放って気を引いている間に、俺が逆サイドから懐に入って暴れるってのが理想的な奇襲の形だ」
「わかった」
俺の言葉に、ユウが頷く。
「よし。それじゃあ、いつでも挟み撃ちにできるように、ここからは一旦分かれて俺は左、ユウは右から奴らを尾行するぞ。道中で彼女達が抵抗しだす可能性も十分あるからな。その場合も敏捷に優れるお前が上手く回り込んで、位置を調整してくれ。仕掛けるタイミングは任せる」
そう言って、俺は男達の左後ろに回ろうとするが、その直後ユウに呼び止められた。
「あ、待って! カズヤ!」
「ん?」
振り向くと、ユウがサムズアップポーズしていた。
「健闘を祈るよ」
「......なんだそりゃ」
思わず苦笑する。
結局少女達は俺達の期待以上の働きを見せ、そのおかげもあり、男達を捕らえることに成功したわけだが......。
設定小話 No.5
○魔法スキルの狙いのつけ方について
魔法スキルの狙いを付ける方法は、主に下記4パターンに分けられます。
1.ロックオン型。
new worldではモンスターやプレイヤーに杖を向けるか、注視し続けることで対象をロックオンすることができます。その状態で魔法スキルを発動すると、ロックオンしている対象に対して効果が発動するか。攻撃魔法スキルなら自動で対象を追尾します。追尾タイプの攻撃魔法スキルや単体回復・バフ系の補助魔法スキルが、この分類に属します。
2.射出型。
杖の先端から魔法が真っ直ぐ発射されます。射出後も杖を振ることで、リアルタイムで軌道の制御ができますが、魔法の飛ぶ速度はそれほど早くないので、激しく動いている敵に当てるには、かなりの練習が必要になります。半分以上の単体攻撃魔法スキルがこの分類に属します(残りはロックオン型と視線誘導型)。
3.視線誘導型。
視線を向けた方向に魔法が飛んでいきます。またフリーズレイン等の範囲魔法についても、視線で発動点の中心を指定し、発動します。ただし、視線だけでは奥行きを正確に認識することが難しいため、狙いはロックオン型や射出型と比べると、多少大雑把になります。
4.自対象型
自身が効果対象となっている魔法になります。ディープミストのように自身を中心に、周囲数メートルのプレイヤーに対して、効果を発揮する魔法もこの分類に属します。
基本的に、射出型の単体攻撃魔法スキルが、狙いをつけるのが難しい分、火力が高めとなっています。ユウは射出型の魔法で、離れたモンスターの弱点部位を的確に狙い撃つ、魔法狙撃の名手です。




