12 遭遇
「それじゃあ、そろそろ狩りを再開しようか」
「そうだな」
立ち上がり、俺は両手剣を背負い直す。
「......っと、その前にそろそろバフが切れるだろうから、かけ直しておこうぜ」
クールウォーターの効果時間は1時間だ。前に飲んでから経った時間を考えると、そろそろ切れる頃だろう。
左上のHPバーの下を見ると、俺の体内時計の正確さを証明するかのように人間の上半身を象った青色のアイコンがせわしなく点滅を始めた。胴体の部分には白い文字で1と書かれている。このアイコンが<体感温度低下Lv1>のバフアイコンだ。
俺達はメニューウィンドウを操作し、クールウォーターを実体化させる。
現れたのは、透明な液体が入ったガラスの小瓶。中に入っている液体の色こそ違うが、瓶の形は低級ポーションと同じである。
先ほどと同様に栓を弾き飛ばして、俺達は中の液体を飲み干した。液体は味のないただの水だがキンキンに冷えており、火照った体に染み渡る。そして、飲み干すと同時にアイコンの点滅が止んだ。
バフの無い真夏の砂漠エリアは地獄そのものだ。
サービス開始当初こそ、『せっかく四季やエリアごとの気候の違いによる特色があるのに、体感温度調整アイテムを使っては没入感が台無しになる』といって、アイテムで体感温度の調整をすることに否定的なプレイヤーもいたが、今ではほとんどのプレイヤーが気候の厳しいエリアでは、体感温度調整アイテムに頼っている。なんだかんだ言って皆最終的には快適さを取るわけだ。
それに熱中症になることはないまでも、暑さで判断力が鈍れば戦闘にも支障が出る。であれば、使えるものは使っておくべきだろう。
俺はウィンドウにかざした右手を振り下ろし、ウィンドウを消す。
「それじゃあ行くか」
岩陰から出ると、再び強い日差しが俺達を出迎えた。その暑さと眩しさに思わず目を細める。
ひとまずモンスターがいないか、俺達は周囲を見渡した。
すると、
「ん......」
「どうかした?」
「ああ、向こうで何かが動いて......」
サイファーの方角に何かがいる。目を細めて注視すると、その何かがこちらに近づいてくるのが分かった。
「ユウ!」
しばらくして、それが何なのか理解した俺は、咄嗟に岩陰へ自分の体もろともユウを押し込んだ。
「うわっとっ......へぶっ!」
急に体を押されたユウはバランスを崩し、顔面から地面に倒れ込む。
「ちょっ、カズ......」
「ユウ、今すぐ<ディープミスト>を使え」
口に入った砂を吐き出しながら、ユウがあからさまに文句言いたげな目をこちらに向けてくるが、逆に俺の目を見てそんな場合ではないと察し、即座にディープミストを発動させた。
ユウの持つ両手杖を中心に白い霧が生じる。霧は俺達の周囲を覆い、数秒後には霧散した。
ディープミストは、術をかけたプレイヤーの姿を透明にする潜伏用の魔法スキルだ。最も完全な透明というわけではなく、もやがかかった様に周囲の景色を歪めてしまうため、近くに寄られると簡単に見破られてしまう。だが、それでも相手との距離が離れており、なおかつ、向こうがこちらに注意を向けていなければ、十分に効果はある。
「こっちに来い」
俺はユウに手招きしつつ、くり貫かれた岩の中を通って反対側へと出た。そして、岩影から自分達が元いた場所を窺う。
しばらく、じっとしていると砂漠には似つかわしくない柑橘系のフルーツの強い匂いが鼻孔を付いた。続けて声が聞こえてくる。
「あ、あなた達! こんなことが許されると思ってるの!」
サイファーの方から歩いてきたのは二十代前半の3人の男と十代半ばの3人の少女からなるグループであった。ここまで来れば滅多に他のプレイヤーと鉢合わせることはないのだが、俺達と同じことを考えるプレイヤーも当然いるだろうし、ありえないというほどのことではない。
だが、少なくとも彼らが狩りに来たわけではないというのは、一目瞭然だった。
「ゆ、許されるもなにもねぇさ。ここにはルールなんかねぇんだからな」
重金属鎧と両手剣を装備した男が、少女の言葉に答える。装備からしてメイン職業は俺と同じ重戦士だろう。大人しそうな容姿の男だったが、酷く落ち着きがなく、呼吸も乱れている。そして男の頭上にはオレンジ色のピンマーカーが付いていた。
他の2人の男達の頭上にも同じマーカーがついていたが、片方の片手剣と中盾を装備している男が重戦士と同じオレンジ色であるのに対し、もう片方の片手杖と大盾を装備している男のマーカーは黄色であった。
あれは<犯罪者マーカー>と呼ばれるものだ。
new worldはPVP有りのゲームであり、街の外に出れば、他のプレイヤーを襲ってPKをすることができる。PKをした場合、相手プレイヤーの所持金と経験値の一部を奪うことができ、モンスターを倒すよりも旨味はあるが、デメリットも存在する。
まずフィールド上で他のプレイヤーにダメージを与えてしまった場合、自身の頭上に黄色のピンマーカーが現れる。そして、自らの攻撃によって、1人のプレイヤーのHPを4割以上減らすとマーカーがオレンジ色に変化し、PKした場合にはマーカーが赤色になる。
そのため、他のプレイヤーを襲ったことが周りに一目でバレてしまうし、段階に応じて街の一部の施設が使えなくなるなど、幾つかのペナルティが課せられる。
イエローマーカーに関しては、フレンドリーファイアによってついてしまう場合もあるので、2時間他のプレイヤーを攻撃をしなければ自動で解除されるようになっているが、オレンジとレッドに関してはそれぞれ専用の<禊クエスト>をクリアしなければ解除されないようになっている。
なお、犯罪者マーカーがついているプレイヤーに攻撃しても犯罪者マーカーがつくことはない。
少女達は3人とも背後から武器を突きつけられた状態で歩かされていた。防具は装備しているが、武器は持っていない。そして少女達の頭上にあるHPバーは既に6割を下回り、黄色表示となっていた。
対して男達の頭上に表示されているのは犯罪者マーカーだけで、HPバーは表示されていない。new worldでは、HPが満タンの時はHPバーは表示されないため、今はダメージを受けていないということだろう。
「ここにはなくても、現実に戻ったらここでしたことも罪に問われる可能性だってあるのよ!」
忍び服を着た少女が立ち止まって声を上げる。
先ほど聞こえた声もこの子のものだろう。気丈に振る舞ってはいるが、怯えているのは明らかだった。
残りの2人はもはや抵抗する気力もなく、泣き出してしまっている。
「はっ! 現実のことなんてどうだっていいんだよ! さっさと歩けよ。俺達ゃ決めたんだ。もう我慢しねぇ。い、今まで、現実でできなかったこと、こっちで全部やってやるってな!」
男が両手剣の刃を僅かに、忍び服の少女の首に食い込ませる。すると少女の頭上のHPが僅かに減少した。
「うっ......」
忍び服の少女は歯を食いしばり、そのまま歩き始めた。
そうして男達は、近くの岩陰に隠れている俺達には気づかないまま通り過ぎていく。
「ねぇ。あれって......」
小さな声でユウがささやきかけてくる。
「まあ、そういうことだろうな」
俺達が新しいパーティメンバーを探すことを躊躇していた最大の理由があれだ。
ここ最近、プレイヤーの中に無法をするものが現れるようになった。具体的にはフィールドで他のプレイヤーを襲い、アイテムやシルを巻き上げるといった行為だ。
もちろん、この手の犯罪者ロールをしているプレイヤーはnew worldサービス開始当初からいたが、ゲーム内での死が現実での死とイコールになった今ではその行為の持つ意味がまるで変わってくる。
new worldはレベル制のゲームだ。つまり、基本的にある程度レベルに差が開けば、一方的に相手を蹂躙することができる。つまり、自分よりレベルの低い相手の生殺与奪の権を一方的に握ることができるわけだ。もし、そのような状況になれば、相手は全財産を差し出せと言われても従うしかない。それ故、今のnew worldでは、フィールド上で他のプレイヤーを襲うことはタブーとされている。
相手の命を握るという行為の重さから、半周年記念アプデ以降、犯罪者ロールを行うプレイヤーはほとんどいなくなったのだが、ここにきて、再び犯罪に手を染めるプレイヤーがじわじわと増え始めてきた。
その原因はひとえに進展の見られない状況のせいだろう。
ゲームの中に閉じ込められてから半年。一向に改善しない状況への焦燥感がプレイヤーから正常な判断力や自制心を奪い、凶行に駆り立ててしまっている。
この世界には、法律や警察が存在しないというのも大きいだろう。忍び服の少女が、『ここにはなくても現実に戻ったらここでしたことが罪に問われるかもしれない』といったが、それも怪しいところだ。
俺達の置かれている状況はあまりに特殊すぎる。ゲーム内で死ねば、現実でも死ぬといっても、あくまでそれは状況から判断した推論であって確たる証拠があるわけではない。ましてや半年間にも渡ってゲームの中に閉じ込められているという極限状況だ。もし仮に他のプレイヤーを殺してしまったとして、現実に戻った時それが罪に問われる可能性は低いだろう。少なくとも現実での殺人と比較して、かなり刑は軽くなるはずだ。
悪質なプレイヤーを取り締まるべく、自警団として動いているプレイヤー達も中にはいるが、犯罪に対する抑止力としては現実の警察ほどの力は無い。そんな状況では、自らの欲望に任せて犯罪に走るプレイヤーが増えるのもある種当然と言えた。
だが、目の前の男達の目的は略奪ではないだろう。それもあるかもしれないが、少なくともそれが主目的ではないはずだ。
一部のプレイヤー達が一線を越えるようになった大きな要因がもう1つある。
new worldには元々<ハラスメントコール>というシステムが存在していた。これは仮想空間内でのセクハラを防止するためのもので、他のプレイヤーに対して過度なボディタッチなどをすると、まず両者へ警告音が発せられる。それでもなお行為を継続すると、触られている側のプレイヤーに対して、『ハラスメントによる強制転移を発動させますか?』という選択肢が出現し、そこでYESを選択すると、相手を最も近い街の牢獄に強制的にテレポートさせることができる。
どこまでがハラスメントになるのかの線引きは、管理AIであるメタトロンが判断しているのだが、半周年記念アプデ以降、このハラスメントコールが一切機能しなくなってしまった。ただそれだけなら、ここまで治安が悪くなることはなかっただろう。
半周年アプデ以降、ある2つの機能がメニューに追加された。
1つ目が<インナー着脱>。元々のnew worldでは、装備を全て外した場合、アバターは薄手のインナーを纏った姿となる。だが、全ての装備を外した場合に装備タブに現れるこのボタンを押すと、インナーが消滅し一糸まとわぬ姿となることができるのだ。
そして、2つ目が<倫理解除モード>。これはオプションタブの奥深くに追加されたボタンで、これを押すと、なんと性行為が可能となるらしい。らしいと言うのは俺とユウも人づてに聞いた話で、試したことがないからだ。というより相手がいないため、試すことができない。
何故、一体どういう意図でこんな機能が追加されたのかは分かっていない。だが、重要なのは、この世界に『性犯罪』という概念が生まれてしまったということだ。
そして、あの男達がやろうとしているのもそういうことなのだろう。メニューウィンドウを操作できるのはそのプレイヤー本人だけだが、そんなものは男達がやっていたように刃を突きつけて脅せばどうとでもなる。
少女達が通り過ぎる前にちらっと横顔を見たが、3人ともなかなかかわいらしい容姿をしていた。new worldのプレイヤー層はほとんどが男で、女性プレイヤーはかなり少ない。このnew worldでは女の体を持った男ならいくらでもいるが、年若く、容姿もいい本物の女性プレイヤーとなれば、全体の数パーセントほど。自身の欲望を解放させたプレイヤーにとって彼女達は格好の獲物だろう。
設定小話 No.3
〇体感温度低下アイテムについて
体温温度低下のバフは、最大でLv5となります。
レベルごとのバフ効果と飲むことでバフ効果を得られるポーションの名前は、下記の通りとなります。
クールウォーター(体感温度低下Lv1):夏季でも大半のエリアで快適に過ごせる。
アイススカッシュ(体感温度低下Lv2):夏季の砂漠エリアでも快適に過ごせる。
フリーズヴェール(体感温度低下Lv3):溶岩の河が間近を流れる火山エリアでも快適に過ごせる。
ダイアモンドブリザード(体感温度低下Lv4):溶岩の河が間近を流れる火山エリアでも凍える寒さ。
アブソリュートゼロ(体感温度低下Lv5):溶岩の河が間近を流れる火山エリアでも冬季の雪山並みの寒さ
NPCショップで購入できるのは、フリーズヴェールまでです。ダイアモンドブリザードとアブソリュートゼロは、高レベルの薬師のアイテム生産でしか作ることができず、また現在のnew worldの攻略進行度では、まだ生産のための素材を入手することはできません。最もこの2つに関しては、かなりレア度の高い素材を要求する癖に、実用性0のネタアイテムとなります。




