八 絶対的な力
無事クアンタを守り切ったのと、緊張の糸が切れたのか私はその場にへたり込んだ。
「おい、大丈夫か、ジール!」
クアンタが駆け寄ってくる。私は力の抜けた笑顔で手を振って返す。
「それだけ間抜けな顔してるなら大丈夫そうだな」
相変わらず一言多い。でも心配はしてくれてるようである。
クアンタって案外周りのこと気にしてたりするのかもしれない。
「さっきのすごかったな!私、見ててかんどーした!」
ヘキサはちょっと興奮気味である。こちらも問題ないようである。
「ヘキサ、ありがとう。助かったわ」
私は近寄ってきたヘキサの頭を撫でる。
「あ、うん」
照れくさそうにどもるヘキサ。強いとは言えまだまだ子供な面はしっかり残っている。
ここは落ち着いたものの、気がかりなのは師匠と師範である。
てっきり瞬殺して私のところに来るとばかり思っていたが、まだ来ない。
気がかりになり、私は師匠たちの所へ向かうために立ち上がる。
パリン!
何かが砕ける音。
音の元はブラービである。
手に持っているドクロの模様がある砂時計が砕けている。
私はイヤな予感を抱えながらブラービに恐る恐る話しかける。
「それ、何なの…?」
よほどヘキサからのダメージが大きかったのだろう。ニヤニヤとあの気持ち悪い笑みをしてはいるが、荒い呼吸がこちらにも分かる。
「俺からの…最後のプレゼントだ。楽しみに…してなよ…ジールちゃん…」
気を失ったのか、ブラービはグッタリとして動かなくなった。
周りに大きな変化は無い。
ただ、少しひんやりとした空気が流れてきてる気がする。
流れてきて…それがどんどんここを包んでいく。
ひんやりと言う表現ではなく「寒い」…いや、背筋がゾクっとする。
クアンタもヘキサも同じように体を震わせて寒さを感じてることが見てわかる。
いつの間にか足元に魔法陣が描かれている。これは召喚の魔法陣である。
「二人とも気をつけて!何が来る!」
「お前たち!早く逃げろ!」
振り返ると師匠と師範がいた。ただ、今まで聞いたことないくらい師匠は慌てている。
「ゼフィ、ホントに逃げられんのか、これ…」
師範も珍しく弱腰である。これはただ事では無い!
魔法陣が光を強く放つ!
「誰だ?我を呼び出した者は?」
魔法陣の中央に一人の…女性?が現れた。
細身の長身に長い黒髪、黒い質素なドレスを着ている。飾りらしい飾りが無い。とにかく全て黒色で、唯一腕輪だけがシルバーである。
そして、白い仮面を付けており、その仮面には目の辺りに一つ、黒い雫のマーク…涙なのだろうか、唯一描いてある。
「なぜ…あなたがここに来たのか聞いていいですか?」
師匠は相手を知ってるようだ。ただ、余裕は無い。しかも戦闘体制を取ろうともしない。
「呼ばれた…それだけだ。わかったか、悪魔」
明らかに「格」が違う。
師匠を「悪魔」呼ばわりする者を私は見たことない。
「ここにいる人間が我を呼んだのだ。理由もこの者の魂から聞いて分かっておる」
どういう相手かは分からないが、ブラービが呼び出すということは、クアンタの命を狙うのが目的なのは察した。
「ふ、ふざけないで!あなた、ブラービの仲間!?」
「我には仲間はおらぬ。魂の契約でここに来たまでのこと。そこの半悪魔の魂を奪うことを条件として、自らの魂を捧げるとのことだ」
そんな横暴許すわけない!私は再び戦闘体制になる!
「よせ、ジール。お前がどんなに頑張っても絶対勝てない相手だ」
師匠が必死に冷静さを装っているのがわかるくらい、師匠はこの相手に恐れをなしている。
「そうだ。絶対的な死を前に歯向かうのは止めはせぬが、無駄な事だ。私は争いを好むわけでは無い。止めておけ」
今、この黒衣装の人物はとんでも無いことを言った。
「絶対的な死」と。
つまり、ウソでないとしたら、相手は…
「死…神…」
死神はこの世界で絶対的な存在である。
天界、人間界、魔界の三神が死を好きにコントロールできるのは各界のバランスを崩しかねないとのことで、三神が共同で作り上げた神が死神である。
ゆえに、どの神でも単体では死神を倒せず、制御もできない。死に置いての絶対的な中立の立場にある審判なのである。
つまり、神々でさえ一目置く存在が死神なのである。
その死神が目の前にいる。
「では、契約に基づき、その半悪魔の魂と、そこの人間の魂を頂こう」
考えろ!考えろ!このままではクアンタが殺される!何か方法ないの!?いや、何か絶対あるはず!
「待って!どうしてそんな人間一人が簡単に契約できるの!?」
仮面がこちらを向いた。
「人間だろうと悪魔だろうとエルフだろうと虫だろうと魔物であろうと我の前では魂は魂だ。差はない。契約できたのは、この者の声が我に届いただけだ」
声が届く!?いや、色々考えてる暇はない!
「今、私の声は届いてると考えていいってこと?」
そう、声というのがこの発しているものなのか、それとも別の何なのかを明確にすれば糸口が見えると思った。
「あぁ。お前も我と契約を結ぼうと言うのか?何を差し出す?」
とりあえず一段階クリア!しかし、魂を差し出すしかないのだろうか?
「魂以外は受け付けてないの?」
ここいた全員の顔が驚きに変わる。そりゃそうだろう。死神と魂以外で交渉する者なんて聞いたことがないはずだ。
でも、私は必死だった。わすがかな可能性を探るために必死だった。
「我を満たすものなら良い。魂でなくともな。」
やった!これで少しはなんとかなる道が開けた!
「もし良ければ…あなたの満足できること、教えてもらえたらありがたいんだけど…」
言い終わったと同時だろうか?首元にヒヤリと冷たいものが当たる。
いつの間にか私の背後に死神が大きな鎌を持ち首に当てて来た。
「なぜ我が答える必要がある?それはそちらが考えることであり、我がお前に頼むものでは無い。神がエルフに頼み事をするのを見たことあるのか?」
言われればその通りであった。だが、ここで負けるとクアンタの魂が取られる。まだ余地はあるはず!
「高級なワインなんてどう?」
まずは神に捧げる供物から試してみた。
「ふざけているのか?魂に見合うワインがあるというのか?」
供物もダメ。となると、魂、魂、タマシイ…。
「終わりか?では我は契約の執行をする」
再びクアンタの方を向く死神。思わず私は死神の手をつかむ!
「あるわ!魂に値すること!」
私はつかんだ手を両手で握りしめる。
「ここで、私と働きましょ!」
辺りが沈黙する。
沈黙は長く感じた。
その沈黙は死神が私に振り向くことで破られた。
「どういうつもりだ?」
私は臆することなく死神の目の前に立つ。
「今、私が命を懸けてやっていること!私の魂に等しい事!文句ある!」
その理由を更に手振り身振りを入れ説明した。
だがその時、不意に死神の仮面に手が当たり仮面を弾いてしまった。
「え!?」
その素顔を見て驚いた。
冷酷な無表情でキレイな顔をしていると思った。
いや、可愛らしい。
少し目つきはきつい気もするが、童顔。死神の欠片もない。スラっとした手足が違和感に思える可愛さ。まるで人形のように可愛らしい。
「見たな…」
死神はサッと仮面を拾い付ける。
「素顔を…見たなー!」
有無を言わさず鎌を振り上げる死神!
だが、先ほどの怖さはない。
感情的になり、大振りとなった鎌は簡単に避けられた。
「お前!どうして仮面取った!バカバカバカ!」
死神は肩で息をする。
「死神様!それは止めた方が良いかと」
ここで師匠が言葉を挟む。今度は師匠に飛び掛からんばかりに構える。
「死神様は感情任せで魂を刈ることはしないはずではないのですか?」
死神の動きが止まる。
「確かに。すまぬ、我としたことが取り乱した」
いやいや、この子…もとい死神、ホントに大丈夫なのかな?思わず勧誘しちゃったけど…。
「そこのエルフ」
今度は不用意に近づいてこない。また仮面を取られることを恐れてるのかもしれないけど…。
「あ、はい。何でしょうか?」
再び鎌を私に向ける。
「その度胸は認めてやろう。だが、それでは契約に至ることはないぞ」
やはりそんなにうまく行くとはいかないか…。
「諦めろ。命あるものはいつか無に返る。それがお前らの時間で早いか遅いかだけの話だ」
でも私は諦めない!今度は賭けである。
「私の作ったドライフルーツで一緒にお茶しようよ!」
クアンタに向かっていた足が止まる。
とりあえず足を止めた!
時間稼ぎしつつ色々試すには、こちらに気を向かせるしかない!
それに今は会話の反応から糸口を見つける以外方法が無い!
「…お茶?それは楽しいのか?」
お!少し反応がいい!更に押し込むことを試みる。
「ええ、楽しいわ♪死神様は紅茶とコーヒー、もしくはジュースとか何か好みは無いの?」
さあ、答えて!お願い!もう祈ること以外何もできない!
「…それは茶を飲むだけなのか?」
不思議な返事をしてきた。もしかして、今まで誰ともお茶を飲んで楽しく話したり、スイーツを楽しんだりしたことが無いのだろうか?
「いいえ!スイーツを楽しんだり、お話しして楽しんだりと有意義な時間を過ごせるわ!」
こんなこと必死で説明するのなんて初めてである。馬鹿げてるかもしれないが、少しでも死神の興味を引くためなら必死にならざるを得ない。
「確かに誰かと語らうなどと言うことはしたことないな」
お、これはもしかして…と私の中で一つの予測が生まれてきた。
「死神様とならきっと楽しくお茶できると思う♪私は楽しみだな♪」
ちょっとワザとらしかったかもしれない。さすがに今のは失策だったのでは!?と反省する。
「おい、エルフよ」
流石に怒らせたかもしれない。感情のない声ゆえに全く読めない。
「わ…我と語らうのが楽しみだと!?」
あぁ…私のバカ…もっと言い方あったはずなのに…やはり死神相手に交渉は無理なのだろうか?
「ふ、ふざけるな!どこが楽しみだというのだ!我は死神!命の終わりを告げる者!どこに楽しさがある!」
確かにそうである。命を刈る者が楽しく、愉快にその使命を果たしてるわけがない…。
「ごめんなさい…。今までの話しは忘れてください…」
「いや、待て!」
まさかの死神側からのストップ。え!?もしかして…。
「別に…ダメ…とかは言ってない。確かに魂に釣り合うわけではないが、そのお茶は…悪くない」
まさかのお茶はOK。と言うことは、もう一押しあれば行けるはず!
「でも、クアンタの命を奪うなら…私はあなたと楽しくお茶することはできなくなってしまう…」
あからさまな悲しそうな表情をして見せる。
仮面で表情は見えないが、クアンタの方に向かわないところを見ると迷っているはず!
「せっかく知り合えたのに…」
ダメ押しである。確かに演技もあるが、私は必死である。
「お前の魂は本気で私とお茶をしたがっているな」
そうかもしれない。
クアンタの命を救いたいのもあるが、別の考えも生まれてきていた。
死神は孤独な存在。
来て喜ばれることはまずないだろうし、人相手なら悲しい顔ばかり見てきているであろう。
でも、誰かがその死の責任を持たなければならない。
消えていく命は誰かに責任を問いたくなる。それがいわゆる運命や神が奪うということにして死を認めて来た。
その責任をずっと背負ってきた死神。
与えられた役割とは言え、そんなことを続けていたのなら、きっと言えない思いもあるかもしれない。
別に少しくらいは安らぐ時間があっても良いのではないだろうか?と私は思う。
私は駆け引きだけでなく、死神に心から興味を持つようになっていた。
「…クアンタのことは確かに私にとって大事なことだけど…それとは別としてあなたとお話したいのは本心よ」
仮面からでは感情が読み取れない。動かない死神。私は死神の次の行動を待つ。
「良かろう。たまにはそのような契約も悪く無いかもしれぬな」
通じた!
私の思いが通じた!
力ではない。策略でもない。真っ直ぐな思い。
私は思わず涙を流してしまった。
「どうした?何故泣く?」
私は死神の手を取り笑顔で返す。
「分かってもらえて…嬉しいから」
早速日取りを決めようと私は考え出した。
しかし
「ではお茶をするとしよう」
と死神が言う。
へ!?
今からなの!?
「どうした?契約は成立したのであろう?それともしないのか?」
「あ、いや、いいんですけど、有り合わせになるけどいいですか?」
当然用意なんてできてない。確かに今からできなくはないが、死神をもてなすのに有り合わせでいいのだろうか?
「さぁ、どこでするか案内しろ。どのようなものか楽しみだ」
気のせいじゃなければ少しソワソワしているように見える。
あーもしかして、実はかなりノリ気だったりしたわけですね…。仮面、ホントに表情分からないからやめて欲しいなぁ。
「じゃあみんなでお茶会しよ♪とりあえず落ち着いたことだしね♪」
私は何事もないかのように、ある空気を無視していた。
師匠と師範からかつてないほどの痛い視線を感じる。
「師匠、師範、お話はお茶会の後聞きますので、とりあえず用意手伝っていただけたら助かります」
絶対怒られる。
私は今何をしてるか少しずつ実感がわいてきている。
でも、クアンタを助けるためにだから結果オーライということで…ダメかな?
「その茶会、私も混ぜて欲しいと言ったら入れてくれますか?」
聞き覚えのない声。いつの間にか見たことない奴がいる。ローブを全身に羽織っていて性別は分からないが、そんなに大きな人間ではない。
だが、ヘキサが威嚇を始めたのを見て敵だと悟る。
「貴重な体験をしてみたくてね。あ、初めまして。クアンタの命を狙っているターンズ国の研究所所長の召喚士イアランと申します」
再び緊張感が走る!こいつがゴッドキラーだとすれば、また厄介なことになる。
「あぁ、戦う気はないので。ただ、終わったかと思って来たらおもしろい話になってたので加えて欲しいと思いましてね」
イアランがかぶっているフードを取る。私は思わず声が出た。
「エルフ…なの?」
「いえ、私はハーフエルフなんですよ」
まさかのハーフエルフ。城の中で役職を持つハーフエルフを初めて見た。それだけ才能があるということだろうか?
「お前…レパルドの元にいた子供か?」
師匠はコイツを知っているようだ。レパルドって確か人間界のゴッドキラーのはず。
「お久しぶりですゼフィ様。そうです。あなたがレパルド様を訪ねてきて以来ですので…七十年ぶりですね」
…私はコイツに会ったことがある!そう、あれは師匠と師範が私をエルフの里で助けてくれた後の旅をしていた頃だ。
私が熱を出して師匠がある人里離れた山奥に住む青年とハーフエルフの男の子が住む家に泊めてもらたことがある。その時、私のことを世話してくれたのが…。
「大きくなったね、エルフのお嬢さん。まさかあの時のエルフのお嬢さんがこんなに強くなってるとは思わなかったよ」
笑顔で話すイアラン。だが、私は笑顔になることは無かった。何よりこの状況で平気な顔をしてることが不気味である。
「ほら、死神様を待たせるわけにはいかないでしょ?みんなでお茶を楽しみましょうか」
その意図がくみ取れない。だがここで戦う気が無いのは分かる。
今戦って死神の気分を損ねるような真似は自殺行為である。
それ以上に、このイアランはゴッドキラー二人と死神を前に全く動じてない。
作戦が失敗したのに…だ。
本来なら追い払いたいところだが、イアランの真意も気になる。ここは大人しくティータイムにイアランを加えることを認めた方が良さそうだ。
「少しでもクアンタに危害加えたらぶん殴るからね…」
私はにらみつけるとクアンタとヘキサの手を引き施設の中に戻っていった。
一触即発の、決して気の許せないティータイムが始まる…。




