七十八 次への道
魔界なので朝日は無いが、時間が来れば部屋が明るくなるようになる魔法が仕込まれたライトの明かりで私は目が覚めた。
昨日、師匠が「この部屋を使うといい」と言ってくれたので、私は師匠とワインを飲んで話し合っていた部屋に気兼ねなく泊まることにした。
ただ、師匠のことを色々知ると全く警戒すべきかという考えが頭をよぎった。だが、師匠が私やリウス、エピオンにしてくれたことを思うと邪推しすぎだと思い考えを改めた。
それにしても師匠の案は奇抜としか言いようがなかった。
私はそれを実行する気は今の時点ではない。
私の判断も大事だが、今はイアランにも相談したかった。
今回の件はもちろん、イアランとこれからどうするかも相談したかった。
私はイアランと具体的にどうしたいかを特に何も考えていない。
二人でゆっくり幸せに暮らせたらそれで十分なのだ。
もしくは二人でオジオン国からエルフやハーフエルフを救い出し、自立させるために託児所やエルフの里のようなものを作り、二人で…いや、アルビオやティゴにも頼んでエルフやハーフエルフを支援していくのも悪くないだろう。
私が将来のことを考えているとドアがノックされた。
「朝飯にするぞ」
私は「はい、すぐ行きます」と答え、服を着てドア開けた。
外で待っていた師匠が「こっちだ」と言い、廊下をゆっくり歩き出した。私も少し慌てて、すぐにその後を追った。
ゴッドキラーという地位をずっと保っている師匠だが、本当に自分の興味あるもの以外はあまり興味が無いのだろう。
ダイニングキッチンは決して広くない。十人くらいでテーブルを囲めばもう満員である。
一般の家庭にしては広いが、貴族や王族ならこの数倍は広いだろう。
そんなダイニングテーブルには目玉焼きをメインに野菜とスープが用意されていた。
と言うかこの場合、立場的には私がしなくてはならないようにも思えたが、託児所にいた頃から師匠は気が向いたら勝手に朝食を作ってくれていたので普通と言えば普通のことだ。
ただ、気になっていたのが用意されていた朝食が三人分というとだった。
誰か来るのだろうか?
「はぁ。まさか時間に遅れるとは…予想外だったな」
自分の作る料理にこだわる師匠は温かいものは温かい状態で食べられるように計算して調理をしている。
まあ、私が昔寝坊した時に「料理が冷めてしまったじゃないか…」とため息をつかれただけで、特にお咎めはなかったのだが。
「おーおー、この面子で朝食は久しぶりだな」
聞き覚えのある少年のような声が聞こえてきた。私は声の主に笑顔で答えた。
「師範!お久しぶりで…ってそこまで時間は過ぎてないですよね」
考えてみれば師範とは私を邪神の城に案内されて以来なので、あの時より感動は薄いものの、この三人での朝食はかなり久しぶりなので日常が戻った感覚に思わず涙を浮かべてしまった。
「遅れてきたのに更に食事を遅らせる気か?早く食べろ」
師匠の一言で師範は「分かりました分かりました」と席に着いた。
三人はテーブルに座ると各々食事を摂り始めた。久しぶりの師匠のご飯は美味しかった。
師匠の目玉焼きは、ただ焼くだけではなく香りをつけたり、スパイスを効かせたりと毎回一工夫されていて、目玉焼きがある時は心が躍った。
今日は香草の混ざった塩が少しかけられていて、その塩が黄身の甘さを引き立たせていた。
それにしても、師匠、本当に料理は努力したんだと思う。なんせ、リウスに言われてたから…いや、もしかして、リウスに言われて…つまり、好きな相手に言われたから頑張ったのかな?
だとしたら…ちょっと可愛いらしい。
「どうした?思い出し笑いか?」
どうやら私の顔がニヤけてたらしく、師範が呆れた顔で私を見てくる。
「いや、師匠が料理の腕を磨いたのは…」
「ジール」
思わずたじろいでしまうほどの眼光。私は愛想笑いで受け流し、師範はそれを不思議そうに見ていた。
でも、こんなことは昔、日常茶飯事だった。
こんなに朝食が楽しかったのは、いつぶりだろうか?
だが、今はここで留まることはできない。
私は、私のするべき道を選ばなくてはならない。
食事を楽しんだ私は師匠と師範に礼を言うと今イアランがいるという邪神の城へと飛んで行った。
相変わらず広い邪神の城の玉座の間にあっさりと通された私だが、ここに来て問題が発生した。
邪神のベラにイアランに会わせてくれと頼むと「少し二人で話がしたい」と奥のベラのプライベートルームに通された。
もしかしてまた神でもやらないか?と言われるのだろうか?
「わざわざ二人きりになったのは他でもない」
真剣な眼差しのベラ。これは絶対神にならないかの勧誘だ。
「なぜ…なぜ…」
ベラはうつむき、両手に拳を作りわなわなと震わせている。まさか神にならないか?以外に何か重要な…ベラを怒らせるような事があったのだろうか?
「どうしてお前と過ごす時はぜーたんはワインを用意しているの!?私、そんなことされたことないのに!!!」
はい?ベラは何を言っているのだ?
「ぜーたんは…私に手土産を持ってきたことがないのに…ジールはやはりリウスの娘だからか?ぜーたん、やっぱりまだリウスのこと好きなの!?」
大粒の涙をぼろぼろと流し、私の肩を掴み揺らしてくる。それにしても、こんな美人を姉とは言え泣かせるなんて師匠も罪作りなお方だ。
まあ、ベラにとって重要なことであろうし、無下にするのは気が引ける。
私の肩に置かれたベラの手をそっと握り答えた。
「それは分かりませんが…リウスは…母はもう私の中にはいません。消えてしまいました…」
私の言葉にベラは「どういうことだ?」と返す。私はヴァーサとの戦いでリウスが消えたことを説明した。
「消えた…か。私も全てを知っているわけではないが…いや、それは…」
急に考え込み出したベラ。私には何が何だか分からないが、ベラはぶつぶつと独り言を続けた。
「まあいいわ。それとジール、一つ聞きたいけど」
急にベラが真剣な顔つきににり、私の顔に近付いてきた。
「は、はい、なんでしょ?」
思わず足が一歩下がった。
「昨晩、ぜーたんと…何もなかった…のよね?」
「ないです!」
ベラ、どうして私を…そうか、私の見た目、リウスに似てるもんなぁ。ベラからしてみればリウスが近くにいるようなものだが、血縁的には師匠やベラとは親戚なわけだが、ベラの感覚だと血縁だろうが関係ない。
リウスに似た私が近くにいることと、自分の血縁者が近くにいることが、何とも言えない気持ちになるのだろ。
ベラはどう思ってもいいが、少なくとも私は師匠に恋愛感情は持った事はない。
これは予想だが、リウスも師匠を友達感覚だったと思う。
そうでなければ、エピオンと三人であそこまで仲良くできなかっただろう。
ただ、師匠が惚れてるので、実際どういう感じなのかは断片しか見てない私には判断できない。
「しかし…ぜーたんはリウスの何が良かったんだろ?リウスって…気が強く、闘争心の塊で、探究心が強く、スカートの裾をたくし上げての山を駆け回る困り者だったんだけどなぁ」
そうか、ベラもリウスのことを知っているのか。
けど…随分パワフルな娘さんだったのね、リウス。
「エピオンにも自分からアタックして最後はエピオン、押し負けたくらいなのに…私のようにか弱く、謙虚で、儚げな者とは対象的なのよね」
ベラ、誰がか弱く謙虚なんでしょうか?私は今にも「ウソつけ!」と出かかった言葉を必死に堪えた。
「まあいいわ。そう言えばイアランは貴賓室に泊まってもらっているわ。まあ、イアランもゴッドキラーだから扱いもそれなりに考えているから安心して」
まさかの貴賓室待遇とは…。そう言えばゴッドキラーって身近に多くいるから、その凄さがあまり感じられないんだよね。
「ちゃんとメイドのサキュバスを五人配置して、イアランが快適に過ごせるようにと言い含めているから大丈夫よ」
専属メイド五人とは…凄い待遇…いや、今サキュバスと言わなかった!?
「き、貴賓室はどこなの!」
動揺した私は思わずさっき来た入口を探してしまった。
「心配しなくても大丈夫よ」
ベラの言葉で私は「へ?」と思わず漏らした。
でも落ち着いて考えてみれば大丈夫に決まっている。ベラが人間界のゴッドキラーを貴賓室へ案内したのだ。当然変なことをするなと釘を刺しているはずだ。
「五人とも魔界屈指の五つのタイプの美人、もしくは可憐さ、可愛さを持ち合わせている。決してイアランが不満に思うことはない。しっかりもてなすように言い含めているわ♪」
「そうじゃないでしょ!そこじゃないの、分からないの!」
ベラの言葉で私はどこにあるか分からない貴賓室に向かって走った。
しまった…。
ここは何だかんだ言ってもここは邪神の城というのを忘れていた。
綺麗な純白の壁には同じ彫刻がいくつもあり、目印にはならない。
敷かれている大理石の床の模様すら統一されて同じ景色が遥か彼方まで続いている上に、十字路や扉が所々点在していた。
上から入れば迷うことはないが、部屋を探すとなると難易度が高いダンジョンである。
さっき曲がった道がまたあるような気もするし、同じ十字路にまた来た気がする。
「どうしよう…」
思わず泣きそうになる。勢いで来たことを悔やんでしまうが…まさか自分があんなに直情的に動くとは思わなかった。
「迷子のエルフは格好悪いと思わぬか?」
聞き覚えのある声に思わず振り返る。
「神を倒しても中身が成長しなければ意味が無いと思わぬか?」
「アルビオ!」
嬉しさのあまり飛びつくと、勢いで押し倒してしまった。
「お前は本当に…少しは加減せぬか」
だが、私はアルビオを離さなかった。アルビオのお陰で今の私がいることを知った以上、アルビオに対しての感謝が込み上げてきて…嬉しくて…抱きしめることで私の精一杯の感謝を表した。
「お、おい、いい加減に…」
「アルビオ、ありがとう!あなたが私を救ってくれたんでしょ!あなたが…あなたがいたから今の私がいるんだもん!」
まるで観念したかのようにアルビオは体の力を抜き、私に抱きしめられていた。
「何のことだか分からぬ。我はお前の赤子のころなど知らぬ」
アルビオの顔を見るとあからさまに私から目を逸らし、私を見ないようにしている。
そもそも私はいつの頃とは言ってない。決して赤ちゃんの頃とは言ってない。
とても優しい死神アルビオ。あなたに会えて…。
「アルビオ、私、あなたに会えたこと、とても幸せに思ってるからね!」
「な、何だ急に!だ、だから、だな、お前は、だな、お、落ち着け、ジール」
どちらが落ち着いてないか分からないくらいの慌てっぷりが本当に可愛らしい。
「お、お前はイ、イアランの部屋を探してるのではないのか?」
アルビオの言葉で本来の目的を思い出した。
そうだ、早く探さないときっとサキュバスと…いや、イアランなら大丈夫…とは思うけど、ヴァーサ倒した後のイアランとベラを思い出すと…不安だ。
「教えて、アルビオ!」
今度は気圧されたのか、アルビオの表情が固まっている。
「わ、わかった…案内するから着いてくるがよい」
アルビオは立ち上がると軽く辺りを見渡し「こっちだ」と歩き出した。
私ははぐれないようにアルビオの手を握ることにした。
その時アルビオが「ジ、ジール!?」と上擦った声を出したので私は「迷子になったら困るから」と素直に理由話した。
「し、仕方ない。へ、部屋に着くまでだからな」
相変わらず変なところで照れる可愛いアルビオを見ながら、私はこの無限に広がっている気のする廊下を歩いて行った。
「あそこだ」
アルビオの指差す先には大きな木製の竜が向かい合った姿を扉いっぱいに彫ってある頑丈そうな扉があった。
その扉の左右に直立不動のメイドが二人たっている。
私がその二人を見て出てきた感想は「美人」と「可愛らしい」である。
扉の左に立っているメイドは青い長い髪を後ろに束ねており、凛とした冷ややかな目つきをした吊り目のお姉様。
その顔もさることながら、足が長い。
メイド服を着ているのだが、腰の位置がやたら高い。身長もそこそこあるだろうが、腰のくびれから足までが長いせいでメイド服でその美しいプロポーションが隠しきれていない。
綺麗なお姉様だが、その反対側、扉の右にいる女性が劣っているわけではない。ジャンルが違うだけで、数字にできるなら、美的数値はどちらも負けず劣らずだろう。
扉の右に立っている女性は一言で言えば「可愛らしい」。
ふわふわの桃色の癖っ毛であろう巻き髪を後ろで束ねているのだが、大きな瞳と小さな控えめな口、少し丸い顔なので大人になりかけた少女、という表現が合うかもしれない。
スタイルは隣のお姉様のように足が長いわけではないが、小柄でバランスの取れた良いスタイルである。
左がお姉様なら右は可愛いい妹と言ったところだろう。
扉の左右にいた二人はこちらに気付くと恭しく頭を下げた後、お姉様風の女性が扉をノックした。
「イアラン様。ジール様とアルビオ様がお見えになりました。お通ししてよろしいでしょうか?」
少し低い自信に満ちた感じのする声が静かな廊下にも響く。
中からの声は聞こえてこなかったが、お姉様風の女性が「お入り下さいとのことです」と言って扉を軽々と開けた。
だが、空いた扉の厚さは中々のもので、数十センチほどあった。私が何も使わず自力で開けようとしたら動きもしないだろう。
多分、ここにいる二人のメイドは先程ベラが言っていたサキュバスなのだろうが、サキュバスにそんな力が強いイメージは無かったのだが、少しイメージが変わりそうだ。
扉の隙間からそっと顔を出すとイアランがご主人様の帰りを待ち伏せているかのように、すぐそこにいた。
「ジール!目覚めて良かった!」
抱きついてくるイアランに思わず頬が赤くなる。こういう時、抱きしめ返したらいいのだろうか?
そんなイアランの肩越しに部屋の中を少し見てみる。
誰もいないようだ。
どうやら特に何事も無くイアランはここにいたようなのでホッとした。
いつまでも離れないイアラン。涙流して喜んでるのでこちらとしても無碍に引き離すのも躊躇ってしまう。
すると、アルビオがコホンと咳払いをした。
「では我は帰るぞ」
アルビオの言葉にまるで反応しないイアラン。私は慌てて「ありがとう、アルビオ様」と言う。
そんな私を見てアルビオは…ちょっと微笑んでいた…気がした。
「あの…イアラン、ちょっと相談したいことがあるんだけど…そろそろいいかな?」
ゆっくりとイアランの肩に手をかけてゆっくりと自分から離れさせた。
「何、相談って?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔なのに真面目なトーンの声は少し笑えるが、本人はきっと真面目に言っているだろうから、必死に笑いを堪えて話を続ける。
「ちょっと長くなるけどいいかな?」
イアランは「こっちに座って話そうか」と今まで見たことない、味わったことない柔らかさのソファーに私を座らせ、自分も隣に座った。
私は師匠の所で知った真実を順序立ててイアランに話していく。
途中、入口にいたメイドの一人が紅茶を用意して入れてくれたので一息入れつつ全てをイアランに話した。
「それ、やるなら俺も協力するよ。俺の目指している夢も同じ方向だしね。まあ…やり方は…効果はあるけど…個人的には…反対したいかなぁ…」
「…だよね」
お互い沈黙してしまった。
師匠、どうしてくれるんですか、この空気。やっぱり師匠の案は問題あるってことですよね?
「あー、まあ敵国に乗り込む前に情報収集はしなきゃならないね。俺からもクスにコンタクト取ってみるよ。あいつはオジオン王に仕える身だから期待はできないだろうけどね」
苦笑いしながらもイアランはどうすれば良いのか?を一緒に考えてくれた。
気が付けば夜になっていた。桃色の髪のメイドが「お食事のご用意ができてますが、いかがなさいますか?」と聞かれ、イアランはここで私と二人で食べることを伝えた。
すると、メイドは「かしこまりました」の一言と共に一礼するとゆっくりと扉を閉めて出て行った。
「イアラン、メイドさん達と話とかしないの?」
何となく気になったので聞いてみた。
今日は私がいるからイアランは私と話している。
だが、私がくる前に何も話さない…はないだろうが、扉の前にいた二人のメイドの態度があまりにも無感情すぎるので気になったのだ。
「頼めば話し相手にはなってくれるけど、メイド側から何か質問してくることはないかな。本当に身の回りの世話に徹していて…後三人いるんだけど、基本二人で俺の身の回りの世話をしてくれているんだ。ここは読書するのに最高の環境だし、悪くないところだね」
私は驚いた。
昔、サキュバスを文献で見たことがあったが、男を誘惑して、男の精気を奪い、最後は命をも奪う悪魔と書いてあった。
しかし、ここで見た二人、それとイアランが言う残り三人のサキュバスは別格なのだろうか?とてもそのようには見えない。
むしろ…何だか負けた気になってしまう…。私にはあんな風に立ち振る舞うことはできそうにない。
「まあ…サービス過剰なとこはあるけどね…」
苦笑いをするイアランを見て私は「そうなの?」と問い返した。
「いや、先に言うけど断ってるからね!…その…お風呂で背中流しましょうか?とか、食事を食べさせくれと言われるのなら食べさせますが?とか…夜、求めたくなれば呼んでください…とか。普通のメイドさんならしないサービスあるみたいだったよ」
こういうとこはホントにイアランは真面目なので信頼できる。
しかし、とんでもないサービスをするメイドさん達だ。まあ、ベラが自信を持って言ってただけのことはある。
「大丈夫よ。イアランは変だけど、そういうとこは信じてるから」
「へ、変なの、俺って?」
「そうね。そんなこと黙ってればいいのに、ちゃんと話すんだもん」
私はちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて見せた。すると、イアランは少し考えてにっこりと笑った。
「それが変ならそれでいいよ」
これは予想外の答えが返ってきた。
もう少し困るのかと思いきや、あっさりと変と言われて肯定したのだ。
私の驚いた顔を見てイアランが小首を傾げた。
「俺、変なこと言ってるのかな?いや、変だから普通のことかな?」
イアランの悩みが深くなる前に、扉からノックの音がして「お食事をお持ちしました」と声がした。
扉が開くと、カートに載せられた様々な料理が運ばれ、私たちの前で止まった。
「奥のテーブルで食べられますか?それともそこに用意いたしましょうか?」
イアランは「ここで頼む」と言うとピンク髪のメイドがソファーの前にテーブルを召喚し、料理を並べて行った。
この魔法、ちょっと知りたいかも。外とかで使えたら便利そうだし。
そして、最後に桃色の髪のメイドが一本のワインを出してきた。
「これは邪神様からでございます。『世界を救ってくれた礼だ。このようなもので感謝を伝えきれるものではないが、今宵の二人過ごす時間に少しばかりだが色を添えてくれるであろう』とのことです」
私たちの前にワイングラスが置かれる。
ゆっくりとメイドがワインのコルクを開けた。辺りに芳醇な香りが漂う。確かにここまで香りの強いワインを私は知らない。
そっとメイドがイアランにワインを入れようとするとイアランが「待って」とメイドを制した。
「あのさ、ジールへ先にしてもらっていいかな?このワインはジールの功績でもらったものだからさ」
表情一つ変えず、メイドは「では、ジール様」と言い、改めて私のグラスにワインを注いでくれた。
注がれたワインは少し濃いめの赤色で、サキュバのメイドさんが入れてくれてたことを考えると…血の色にも見えなくない。
ただ、とてもいい香りがする。
師匠の所で飲んだワインの香りは控えめではあるが優雅で上品な香りだったが、こちらは例えるなら、ワインが主役と言わんばかりの華やいだ香りだ。
魔界のワインも地上のワインに負けないくらい個性が強いワインがいるようで時間があれば魔界の色んなワインを飲んでみたいと思った。
「ありがとう。…お名前、何て言うの?」
そうなのだ。私は彼女の名前を知らない。まあ、聞く機会も無かったのだが。
「私はメイドでございます。個を表すものは必要ありませんので名はありません」
名前が無い!?どういうこと?
「そうなんだよ。ここに来るメイドさん、みんな名前が無いんだよ。けどね、用事があるとき、扉に向かって『ちょっといいかな?』言うと要件を聞きに来てくれて何かとしてくれるから、彼女の言うように名前を呼ぶ必要、ないんだよね」
そんなものなのだろうか?私もメイドを雇うような生活をしたことが無いので分からないが、それは何となく彼女たちを物扱いしているようで気が引ける。
「もし、哀れとか思うのでしたらそれは大きな間違いであるとだけは言わせていただきます。ここで働けるものは魔界屈指の洗練された者のみなのです。名前が無いことなど、ここで働く名誉に比べれば些細な事です」
…分からない。まあ、悪魔の価値観を理解することは私には無理なのかもしれないと割り切ろう。
説明を終えたメイドがイアランのグラスにもワインを注ぐ。イアランもそのワインを眺めながら感嘆のため息をついていた。
「では、用があればお呼びくださいませ」
そう言い残すとメイドはカートと共に扉から外へと出ていった。
「変わってるだろ?でも本当に優秀で、早くて的確で、足りない部分はそっと補ってくれる…さすが邪神様が『ゴッドキラー相手に恥じぬメイドを用意しよう』と豪語するわけだ」
そう言うとイアランがワイングラスを持ち、乾杯を私に促す。
「何に乾杯すればいいのかな?」
そうなのだ。色々ありすぎて何に対して乾杯をすべきか分からない。
過去をしることができたことのだろうか?
世界が救われたことにだろうか?
「二人でおいしい食事ができることに、でいいよ」
何ともイアランらしい。色々考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
私も軽くグラスを掲げ「二人で一緒に食事ができることに」と少し言い直し乾杯した。
実に美味しかった。
イアランが言うにはイアランが一人の時は全ての料理を説明してくれたそうなのだが、どうやら気を利かせたようで、私とイアランを二人にすること優先したので説明は無かった。
でも…どれも食べたことない美味しさである。
イアラン、毎日こんなの食べていたのか…少し羨ましい。
それだけのもてなしを辺り前のようにされるゴッドキラーは凄い存在であることを思い知らされる。
それにしても料理もワインも知らぬ間にキレイに無くなってしまった。だが、メイドは空いた皿を取りには来なかった。
「おかしいな?食べ終わると…お皿とか…下げに来るんだけど…なぁ」
イアランの顔が赤くなっている。どうやらワインが回って酔ってきているようだ。
「ジール…顔赤いけど…酔ってるのかい?」
言われて私も顔に手を当ててみる。確かに顔が少し熱を帯びている。このワインはアルコール度数が高いのだろうか?何となくふわふわした感じもする。
酔ったイアランが何の言葉も前触れもなく私の横に座りいきなり抱きしめてきた。
「ちょ…イアラン!?」
「何となく…じゃだめかな?」
ダメではない。ダメではないが変にドキドキしてしまっている。
いや、昼間に会った時にも抱きつかれたが、その時はそこまで思わなかったが…酔ってるせいなのだろうか?
そんなことを考えているとイアランはそっと離れ、私の目を真剣で、でも少し酔った感じのする目で真っ直ぐ見てきた。
「ジール、改めて言います。あなたが好きです。俺と…一緒になって下さい」
これは…ちゃんと返事しないと…だめだよね?うん、冗談や茶化していい雰囲気ではない。
全く視線を外さないイアランに私の緊張はどんどん高まる。
「ジール…真剣なんだよ、俺。ダメならダメで返事が欲しい」
どうしよう。ヴァーサと戦ってた方が楽なくらい鼓動が早く、意識が飛んでしまいそうである。
こんな感覚、この世にあったんだと私は訳のわからないことで感心してしまっていた。
何にせよ、私の言葉が無ければ終わりそうにない。
ここは…いや、緊張してるのは雰囲気も相まってだ。気持ちは既に決まっている。
「わ…私なんかでいいの?イアランなら私なんかよりもっといい人…現れそうだし…私、ガサツだし、オシャレじゃないし…」
思わず言って後悔した。どうしてそんなことを言うの、私…。
神を倒した私でも…イアランの隣いてもいいのか自信がないのだ。
私は別に尽くすタイプでもないし、かと言って引っ張って行くタイプでもない。
化粧もしなければ、服もあまり気にしない。
所作が上品でもないし、可愛げもない。
ダメだ…自信がない…。
「俺は最初に会った時から本気だったし、俺が死んだ時にあんなに泣いてくれたじゃない?あの時、こんなに優しいコがいるんだなぁと思うと嬉しくてさ」
話しながらイアランの顔が私に近付く。
「所作とか服装なんて後で学べば身につくけどさ、心の根本の部分は学んで何とかなるもんじゃない。だから…そんな優しいジールが…その…す…好きなんだよ、ジールのことが」
ここまで言われてしまうと私が断る…いや、そんな理由は最初から探してない。
私はただ、イアランに私のどこを好きなのかを聞きたかっただけで…私が受け入れるための自信をもらいたかっただけで…それをもらった私の返事はもう一つしかなかった。
「あ、後で後悔しても知らないからね」
いや、なんでこんな言葉しか出ないの、私。
イアランにあんなにシチュエーションや言葉を言ってたくせにこの程度しか言えない。ホント自分が嫌になる。
だが、イアランは私を抱きしめる。
「ありがとう…ジール!」
もう些細なことは気にならなかった。
私はイアランを抱き返し…そのまま二人で一夜を共にしたのであった。




