七十七 私がすべきこと
私は戻るとすぐに師匠に抱きついた。どうしても感謝を伝えたくて抱きついたのだ。
「おい、こら、よさないか」
「だって…師匠が…私のためにあんなにも…あんなにも私のために色んなことしてくれて…ありがとう…師匠!」
感情が落ち着くまで、私は師匠を強く強く抱きしめた。
師匠は少し慌てているようだが、そんなの気にしない。
「そ、それよりも…だ。お前がここまでの強さに至ったとなれば、お前に教えなくてはならないことがある」
「教えなくてはならないこと?」
再び元の椅子に戻る。師匠は咳ばらいを一つして再び水晶を召喚した。
「まさかこの日がこんなにも早く来るとはな」
同じことを繰り返しているため、今度は手慣れた感じで私は手を伸ばす。
「いいか、ジール。今回の記録は…お前にとって知らない方が幸せと言える内容だ。だが、それを知る必要がある。ここまで真実を知った上で、これを見て、お前は何をしたいのか?それを聞かせてほしい」
何をしたいのか?それを問う内容なのだろうか?まあ、見たら分かるだろうし、先ほど見て来たもの以上の驚くべき内容はないだろう。
「分かった。じゃあ見てくる」
私は水晶に触れる。視界が白くなり、私は別の世界へと連れていかれる。
着いたのは…広大な部屋だった。地面には赤絨毯が敷かれ、その先には大きな椅子があり、小太りの男が座っている。
その脇には武装した筋肉質で身長の高い兵士が二人、小太りの男の左右に立っている。
その小太りの男の前に一人の老人が跪いていた。
老人の態度と小太りの男の様子からすると、小太りの男はどこかの王様なのだろうか?
しかし、違和感があった。
耳が尖っている。エルフ…にして太っているがドワーフのようにしっかりした体ではない。
ふんぞり返って偉そうにしているが、威厳を全く感じない。
「で、それは本当なのか?」
小太りの男が老人を見下した目線で話しかける。
「はい。私も話を聞いた時は冗談かと思いましたが、あのゴッドキラーのゼフィが関与していることこから…冗談と言い切れないかと」
あれ?この老人の声、聞いたことがある。
どこだったかなぁ。
「もし、本当にエピオンの子供なら…消しておかなくてはならないが…きっと魔力も他のエルフと比べものにならないくらい強く、膨大な可能性はある…か」
これは…私のことを話しているのだろうか?それにしてもここは一体?
「オジオン王よ、もし、本当にサリスがエピオンの子供だった時は…」
老人が顔を上げた。オジオン王という言葉にも驚いたが、それより、その顔を見て私は「どういうこと…なの?」と言葉が漏れた。
「わかっている。あんな山里ではお前も辛かろう。もし、エピオンの子供だと証明できた時は…お前をこの国の魔法研究所に迎え入れるぞ」
老人は嬉しそうに頭を下げると「必ずやご期待に沿うよう尽力いたします」と言い、部屋を後にした。
「何で…何で長老様が…オジオンにいるのよ…」
ここにいるだけなら百歩譲ってまだいい。
だが、今、長老は私のことをオジオン王に教えていた。
「アホだな、アイツは。あんなザコを我が精鋭揃いの魔法研究所に招くわけないじゃないか。それにしても…」
オジオン王は手をゆっくりと上げた。すると、何処からともなく台車にワインとグラスを用意した侍女が現れ、オジオン王にグラスを渡し、ワインを注いだ。
「エピオンの娘なら間違いなく私を殺しにくるだろうな。おい、ゲルグ」
オジオン王が呼ぶとオジオン王の左側にいた近衛兵がオジオン王の前に出てひざまずく。
「まずは調べろ。もし、本当にエピオンの子供なら…殺せ」
殺せ!?
まさか…まさか…私の里の襲撃って…。
「その娘、捕まえて魔力を搾り出さなくてよいのですか?」
ゲルグと呼ばれた男が驚いた様子で答えた。
「確かにエピオンの子供なら、その魔力は魅力的だ。だが、エピオンの使う神の衣とかいう身体強化を使われたら、誰も勝てない…神の力に等しいらしいからな」
この王は何者なのだろうか?
エルフ…にしては、珍しく不細工すぎる…かな?
だが、エピオンと神の衣を知っている。神の衣の情報はあまり知られてないはずだ。
「では、エルフ狩りの部隊に任せましょう。あやつらの使う封魔石ならエルフを無力化できますので」
「しくじるなよ。神の衣を使う者は…存在してはならない。この国を揺るがす者は排除せねばならぬ」
私は拳に力が入っていた。
長老が密告し、オジオン王の勅命で私の里が襲撃された。
悪いのは長老?
それともオジオン王?
それよりも…私のせいで…あの里は滅びたの?
リックは私を守るために死んでしまったけど…私がいなければリックは死なずに済んだということになる。
悪いのは…私…なの?
先程まで自分の命を救ってくれた感謝の気持ちで心が一杯だったのに、今は自分の存在がお母さん…トーラを不幸に至らしめ、リックを殺し、あのエルフの里を滅ぼした元凶だと思うと心に影が広がってきた。
「まあ、素直に我が嫁になるのが一番いいのだがな。そうすれば…私が本物のエルフの王となれるが…エピオンに似たのなら、私を拒みそうだしな」
そう言うとオジオン王は遠い目をした。そして、誰にとなく話を続けた。
「我が祖父がエピオンによって国から追い出されなければ…いや、私が神に会えたのは祖父が追い出されたからかもしれないしな。まあ、神の力で来るのなら、こちらも神の力を使えばいいだけだしな」
今の話からすると、このオジオン王はエルフ、もしくはハーフエルフなのだろう。
だが、それゆえに、エルフ狩りをしてるのが同族なのは想像もしていなかった。
私が生を与えられるまでの経緯もなかなか衝撃的だったが、今回のこれはまた違う意味で衝撃的だ。
実は同族によってエルフが狩られているという現実に…いや、人間ならば良いわけではないが…。
今分かったことがある。
師匠の言った「何をしたいのか?」の言葉の意味。
私がオジオン王を倒してエルフの平和を取り戻すか?
それとも、エルフたちにオジオン王を倒させて平和を取り戻させるか?
もしくは…介入しない…か。
介入しないのは私のためにでもある。
今の力なら介入すれば英雄となるだろう。
そうなれば、エピオンと同じように国すら作れるだろうが…私はそれを求めていない。
だが、介入してしまえば英雄としての責任からは逃れられないし、逃してはくれないだろう。
かと言って、放置するなんてできない。
どうすればいいのだろうか?
「それにしても…エピオンは確かルギス王妃との間に子供ができなかったはず…何処で遊んで作ったんだ?母親は何者なんだ?」
首を傾げるオジオン王。悪いが悩んでる顔が、あまりにも…酷い。まるで潰れたカエルのようである。
エルフの血統でここまで酷い顔は見たことない。
「いや、まず計算が会わないぞ?エピオンのヤツが死んで千年以上過ぎて子供?どういうことだ?」
ってか今更そこに気付くの!?オジオン王って…バカ…なの?
「まあいいさ。子供でなく子孫の間違いかもしれんからな。ただなぁ…ある程度成長して胸が大きくなるなら…飼ってやりたいがなぁ。エルフは貧乳しかいないからつまらん」
下卑た笑みを浮かべるオジオン王。
そんな事があるわけないのだが、今、私と目が合った気がした。
私の背中に寒気が走る。
でも、言われてみれば育ての母であるトーラも大きな胸ではなかった。
そう言えば私の育ったエルフの里では大きな胸のエルフ、いなかったような…。
つまり、リウスは希少な存在…なのかな?
でも、胸大きいといいことないんだけどなぁ。
肩凝るし、男の目線が分かりやすく向けられるし、可愛い服着れないし…。
いや、そこじゃない。今はそんなこと考えている場合じゃない。
問題は…どうすればいいのか?だ。
それにしても、まだ元の世界に戻らない。他に何を見せられるのだろうか?
「何だか楽しそうな話してるじゃないか。俺も混ぜてくれないかい?」
声の主はオジオン王の後ろからいきなり現れた。
それは…私のよく知る顔。この前倒したアイツだ。
「おぉ、人間界の神よ。久しいですな」
私は驚いた。
てっきりオジオン王は跪き、お腹が邪魔で下げられるか怪しい頭を下げそうなのに、何だか友達同士の再会みたいな感じに気軽な挨拶だけをした。
「エルフの里の子供がどうしたって?」
「いや、何、些細なことですよ。それより今日は何用ですかな?」
オジオン王は椅子から立ち上がると人間界の神ヴァーサの前にと近寄ってきた。
「最近やっと昔の傷が癒えたんで散歩だよ」
「あぁ、先の大戦の傷ですか。でも、それはエピオンに付けられたとか…それは本当なのですか?エピオンは伝説の英雄とは言え、エルフ。それがまさか神に傷なんか付けられるとは…」
急にオジオン王は口を閉じた。ヴァーサの鋭い眼光が自然とオジオンの口を閉じさせたのだ。
「俺がウソをついているとでも?」
怒気の込められた声にオジオン王は必死に首を横に振る。
「で、ですが、その戦いでエピオンは二度と戦えなくなり、しばらくしてその傷が原因で死にました。そんなふざけた力はもう使える者はいないでは?」
ヴァーサはオジオン王の言葉に「確かにな」と、いつもの軽い口調に戻った。
「アイツには子孫がいない。それが救いだ。あんな力、神以外が持ってはならない。あの強さは…神すらも超える可能性を秘めているからな」
「ですから、私があなたから教えていただいたエルフから魔力を吸い出す方法を使い、エルフを無力化していってるじゃないですか」
そう言えばヴァーサはそのようなこと戦いの最中、私に言っていた。
ヴァーサはエルフを根絶やしにしたかった理由は神の衣を使う可能性のあるエルフを殺し、もしくはエネルギー利用することで抑制しようとしたのだろう。
まあ、失敗に終わったのだが。
あ、そういうことか。
順番が前後したけど、この流れを見れば本来、オジオン王を倒して、ヴァーサを倒すかどうか?を考える流れだったわけだ。
先にヴァーサ倒しちゃったけどさ。
二人の会話が終わると、辺りはまた白い世界に包まれた。
「で、どうするつもりだ?」
意識の戻った私に師匠が尋ねた。
「それより師匠、このことを知ってたんですね…」
さっきまでの師匠への感謝が消えたわけではないが、せめて少しくらいは話してほしかった。
師匠としては私に余計なことを知っていきなりオジオン国に突っ込んでいくという事態を防ぐためだったんだろうが…まあ、私ならやりそうだけど…。
「黙ってた理由は、最終的に戦う相手が神になるからだったんだが…その神を倒したお前なら、大きなミスをしない限り大丈夫だと思い見せたわけだ」
確かにオジオン王に仕えているクスをギリギリ倒せる強さであったとしても、神であるヴァーサが出てくれば勝てない。そうなると私もどうなっていたか分からない。
ヴァーサ、何気に変な事しようとしてたし。それに今もさっき見たオジオン王が生きているなら、ヴァーサに勝てない私はあいつの嫁にされているか、ヴァーサのおもちゃのされた可能性もある。
「まあ、私が自分の出生を明かしてサリス・サイサリスを名乗れば私を旗印にして反乱軍はできるだろうけど…私はそれを望んではいないんですよ。でも、エルフをあのままにしておくのはどうかと思うわけで…」
まとまらない考えをつらつらと述べてみた。
黙って聞いていた師匠がそっとワインのボトルを持つとゆっくり私の空いているグラスにワインを注いでくれた。
「じゃあ、こういう方法はどうだ?」
ニヤリと笑みを浮かべる師匠。
何だか嫌な予感がする…。
「お前は自分が何者か知られなくて、エピオンの血統だけを示し、世直しをできるいい作戦だ」
「えっと…いや、いいです」
即答した。
師匠の頭の良さは知っている。イアランよりも賢い可能性もあるが…師匠は研究者ゆえか、変な方向でも自分が良いと信じたことを貫き通し、やり遂げる。
昔、託児所にワインの貯蔵庫を作るために悪魔を何匹か呼び出し、作業をさせていた。
結果として、託児所の地下には素晴らしいワイン貯蔵庫ができたのだが、そのために呼ばれた悪魔たちはワインの基礎から叩き込まれて、着工まで十二年もかかってしまった。
またある時には、師範の普段着がダサいと言いだすと、魔界から一流のコーディネーターを呼び出し、その服を作らせるまでは良いのだが、その服は特別な素材で、その素材を師範自ら取りに行くことになった。
そして出来上がったのだが、費やした時間は八年。
なのに師範は今、その服は着ていない。
師匠もできて師範が着たのを見て満足したのか、それ以降、その服に関して全く触れることはなかった。
普段は本当に尊敬できるし、今回の件で感謝もあるのだが、スイッチの入った師匠…そう、この笑みを見せた師匠だけは危険なので遠慮したい。
「構わないが…お前は考えがあるのか?」
痛いところを突かれた。
残念だが全くない。
イアランに相談しようかなぁと考えていた。
…少しくらいは聞くべきだろうか?
「…いえ、今のところは無いです」
「じゃあ参考までに聞いても損はないだろう?」
あぁ。これは回避しにくくなるパターンだ。言い出したら…スイッチが入った師匠は止まらない。
私は…仕方なく師匠のアイデアをきくことになったのだが…この後、死ぬほど後悔することになるのを、この時の私は当然知ることはなかった…。




