七十六 誕生
「戻って来たか」
私はいつの間にか師匠の家の部屋に戻ってきていた。
「どうだ?少しは理解できたか?」
師匠の問いに私は頷く。まあ、わたしがどうやって生き返ったのかという謎はあるけどね。
「では、最後の水晶だ」
そう言うと師匠は三つ目の水晶を召喚した。
「これは…お前にとってどう感じるか分からん。だが、ここまで見た以上、知っておく必要があることだ」
どう感じるか分からない?
これまでの流れから言えば、次は私が…生き返る場面なのだろうか?
それとも、もっと別の何かあるのだろうか?
「師匠、一ついいですか?」
「何だ?」
もしかしてと思うことを私は聞いてみた。
「世界を旅したのって…リウス…お母さんが私に世界を見て欲しいと言ったからですか?」
私の問いに師匠は「さあな」と一言答えた。
だが、上がった口角は、きっとリウスの言葉をちゃんとやり遂げたことを思い出して本人も気が付かないうちに出てしまったものだろうと思う。
「何か言いたそうだな?」
いつもの師匠の顔に戻る。気難しそうな、いつも何かを考えているかのような顔に。
「それは…最後の水晶が終わって言わせてもらいます」
そう言うと私は三つ目の水晶に手を伸ばす。
三つ目の水晶となると触り方も余裕も出てきたのか、私は優しく水晶に触れた。
私は全く見たことないところにいた。
辺りは少し薄暗く、かろうじて辺りのものが見えるくらいであった。
その薄暗い…奥へと広く続く部屋…部屋の先が見えない。どこまで続いているのだろうか?
ただ、中央は歩きやす、その左右にはいくつものガラスの筒があり、その筒の前には石板がある。
「…戦士…デナン?」
筒の中にある…いや、いるのはドワーフ…だと思う。低い身長に筋肉質で人のような体。このドワーフは寝ているのだろうか?
次々に見ていく。人、魔物、半獣人、動物…様々な生き物が一つ一つの筒に入っている。
どういう理屈かわからないが、ガラスの筒の中に何も入ってないように見えるのだが、誰もが浮いている。
そして、私は足を止めた。
「…サリス」
目の前の赤ちゃんに見覚えがあった。間違いなくエピオンとリウスの子供…私だ。
その隣には「リウス」と書いてあり、その筒の中にリウスがいた。
「ここは…ハイムの研究所ってこと…かな?」
私がリウスを眺めていると、奥から足音が聞こえた。二人分の足音だ。
「ゼフィ、どう言うことだ!?サリスが死んでなかったとは!?」
「それが私も最近ふと思い出して気が付いたんだ」
私の目の前に師匠とハイムが止まり、サリスと書いてある石板の前に止まり、ガラスの筒の中を見上げる。
「そう言えばサリスが死んだ時…いや、死んだとされた時、死神が現れなかった。リウスの時には現れたのに…だ」
そう言えばそうだった。
私が死んだ時、私は側にいた。だがアルビオは現れなかった。
だが、リウスの時は現れた。
つまり、アルビオは命が尽きる者の前に姿を現すはずなのに、私の時は現れなかった。
それが意味するのは…いや、だったら私は意識を取り戻してもっと早く生き返っているはずだ。
それなにまだ赤ちゃんのまま。
リウスの魂が入ったとしても、リウスの死は私の死んだとされる時から半年後。その間、私はどういう状態だったのだろうか?
「もしかしたら、死んだのではなく意識不明だったのかもしれないね。もしくは仮死状態とか…つまり、その時点でゼフィの知識で死を確認したとしても、実はそうではなかった…と考えるべきだろうね」
なるほど。
その現象には心当たりがある。
昔、里に住んでいた頃、狩りでイノシシを仕留めて持ち帰った者がいた。
いざ、村で解体しようとした時、イノシシは突然目覚めて逃げて行ったのだ。
つまり、私は呼吸まで止まったが、実はそのイノシシと同じ現象が起きていたのかもしれない。
その上、私の時間が時間を遅なっていて…いや、でもリウスが亡くなった時、師匠は私が生きているとは思っていなかったはず…。
そうか、私の時間は遅くなっているから、リウスが亡くなったのは、私の死んだとされていた時より半年は過ぎている。でも、私の時間はもしかして一日も…もしかしたら一時間も過ぎてないのかもしれない。
「ただどうする?コイツ…化け物だよ?赤子で…しかもこの子の時間は二日しか経過していないのに、急に爆発的に魔力が成長してるし…一先ず出してみようか。あまりにも手に負えなくなる前に一度様子を見てみよう」
「ハイム、コイツではない…。サリスだ」
師匠の怒気の込められた声にハイムは「悪かった」と一言返す。
「では、出すぞ」
ゆっくりとガラスの筒が消えていく。
師匠がそっと手を伸ばし、筒の中の私を受け止める。
「…ゼフィ?」
思わず私を取り落としそうになる師匠。私も目を丸くして私?を見る。
「私…確か病で死神様に魂を…あれ?ここは?」
事態が飲み込めない私であったが、師匠はすぐに口を開いた。
「リウス…なのか?」
「何を聞いてるの、ゼフィ?私の事、忘れ…あれ?ゼフィ、やけに大きいわね?」
どうやらリウスも事態が飲み込めてないみたいである。
師匠はハイムと私…もといリウスを交互に見る。
「そういうことか。魔力暴走が落ち着いた理由はこれのようだな。まさか他の者の魂が入ることがあるとはね」
一人合点が入ったハイム。遅れて師匠もリウスが亡くなった時のやり取りを思い出し、少し眉をひそめたが、目の前の現実を受け入れたのかいつもの表情に戻った。
「このままではこの体はリウスのものになるかもしれないな。しかし、この子は生きている。どうしたものか…」
頭を抱えている師匠にリウスがため息をついて答えた。
「この子がちゃんと生きていける力を取り戻すまでは私が守るわ。でも…この子が自分の力で生きていけるようになったら…私は表に出ずに影ながらこの子を守ることにする」
リウスの言葉に微塵の揺らぎも無かった。師匠は「やれやれ」とため息をつき、ハイムは「興味深い事例ですね」と笑顔である。
「というわけで、ゼフィ、私の…いえ、この子おお世話よろしくね♪」
リウスの嬉しそうな声を最後に再び世界が白くなっていった。
元の世界に戻ったのかと思いきや今度は…師匠の…私と師匠が今いる部屋なのだが…師匠はいない。しかも、ワインも無いし、壁に触れても手がすり抜ける。
私が戸惑っているとドアが開いた。
そこから入って来たのは赤ちゃんを…私を抱いた師匠であった。
「ゼフィ、おなか空いた」
おっと、どうやら赤ちゃんはリウスのようだ。
師匠は…ここで子育てをする気…なのだろうか?
「ま、待ってくれ。い、今ミルクを用意するからな。ここで寝ていろ」
慌てて部屋を出ていく師匠。
ごめん、師匠、似合わないし、私に…いや、リウスに顎で使われている姿…笑えてしまう。
「さてと、ミルクが来る前に…」
リウスは呼吸を整える。
そして…生命エネルギーを左手に発動する。
「この体でも使えるようね。でもゼフィには見せない方がいいかなぁ。…無茶するなって怒られそうだし」
今度は右手に魔力を集中させ、手を青く光らせる。
「神の衣、使えそうね。さすが私とエピオンの子供♪」
その場で神の衣を発動させ体を見回すリウス。
「この子の生命活動を促すには生命エネルギーで身体の回復をさせるといいかもしれないわね。それにしても…エピオンはもう…死んじゃってるの…かな?」
大きくため息をつくリウス。その目には涙が浮かんでいる。
「すまない、手間取った。これでいいか、リウス」
何がどうなってこうなったのか分からないが、師匠はローブを粉と水まみれにして哺乳瓶を持って来た。それに気付いたリウスは神の衣を消し、元に戻った。
「ゼフィ、あなた、ミルクの作り方もそうだけど、家事を学んだ方がいいわよ?この子に変なもの食べさせて、体壊したら許さないからね!」
口を開き何かを言おうとした師匠だが、リウスに「ゼフィ、この子のためにお願い…ね♪」と言われるとため息をつき「分かった分かった」と答え、リウスを抱え哺乳瓶をリウスの口に加えさせた。
師匠ってリウスに弱いのね。さすが初恋の相手ってわけか。
「リウス、このままこの子の意識が戻らないとしたら…お前はリウスとして生きていくのか?」
不意の質問にリウスは哺乳瓶を口から放し、ミルクを吐き出した。
「この子の意識は絶対戻る!この子は…私とエピオンの子でありリウスではないわ!私がこの子の代わりに生きようだなんて…この子を踏み台にして私は生きていたくない!」
リウスの頬を涙が伝う。それを見て師匠が「すまなかった」と素直に謝った。
そんなリウスを見ていると私は胸が熱くなった。
「ゼフィ…」
「もう言わないよ、リウス」
しかし、リウスは再び涙を流す。
「ごめん、おしっこでちゃった…」
せっかく優しい顔になっていた師匠が「替えを取ってくる」という言葉と共に大きなため息をつくと、その場をすぐに出ていった。
「さてと、神の衣を使って回復させなきゃ」
リウスは再び神の衣を使い、師匠を待っていた。
すると、いきなり世界が白くなる。
また違う場面に行くのだろうか?
次の世界は同じ場所であった。
何も変わってないし、師匠がリウスをあやしていた。
「ゼフィ、あなたなら家政婦くらい雇えるでしょ?頼めばいいじゃない。まあ、あなたのミルク作るセンスは上がってきたけどね」
美味しそうに哺乳瓶を咥えるリウス。師匠が完全に育児おじさんと化しているのは少し微笑ましい。
「誰にも知られるわけにはいかないからな。お前を含め、サリスに対してやってる事は神の領域に踏み込む行いだ。もし、誰かが話せば問題になる」
「まあ、そうだよね。でも、私は感謝してる。この子の意識が戻るまで私も頑張るから、ゼフィもお手伝いよろしくね」
大きなため息をつき「分かったよ」と頭を抱えた師匠は何処となく育児に疲れたお父さんみたいに見えた。
すると、リウスが急に哺乳瓶を落とした。
持ち損ねたのかと思ったのか師匠は「しっかり持てよ」と哺乳瓶を拾い上げるが、リウスの様子がおかしい。
ワナワナ震えて頭を両手で押さえている。
「どうした、リウス!?」
駆け寄る師匠。私も慌てて駆け寄りリウスの顔を覗き込む。
「ゼフィ…あのね…」
いきなりボロボロと泣き出すリウスにゼフィが「オムツ交換か?」とぶっきらぼうに聞き返す。
「違うの…。私は悲しくもないし、不快でもないの…。でも…私の意思とは関係なく…泣いてるのよ…」
首を傾げた師匠だが、何かを察したのだろう、リウスに聞き返す。
「まさか…お前の意思以外の…意思か?」
リウスは頷いた。
「目覚めたよ…やっとこの子…生き返ったんだよ!」
私は…私が生き返った瞬間を見た。
それは不思議なもので、まるで今、出産が終わったかのような感動に包まれている。
エピオンとリウスの間に生まれ、師匠に助けられて、アルビオの力で私の体が救われて、リウスの神の衣で私は今ここにいる。
「よくやった、リウス!」
師匠はリウスを抱きしめて…泣いていた。本当に嬉しかったのだろう、大粒の涙を流してリウスを…私の体を抱きしめた。
「ありがとう…ゼフィ。でも…これで私の役目も終わりね」
慌ててリウスから離れる師匠。
そう、リウスの役割は私が生き返るための言わば繋ぎの役割。それが終わったのだ。
「私の魂はまだ、この子の体から離れられないみたいだから、しばらくはこの子の無意識の中で過ごすわ。もし、私を取り出せるようになったら…また、お願いね、ゼフィ…」
そう言い終わるとリウスの気配が無くなり、赤ちゃんの元気な鳴き声が辺りに響いた。
「さてと、次の用意だな…」
いつの間にか涙を拭き、いつも通りに戻っている師匠だが、その背中は少し寂しそうだ。
「これからはお前の相手をしなくてはならないんだな、サリス」
不器用にリウスから私になった体を抱き上げ師匠はあやし始めた。
何とも下手くそで危なっかしい抱え方だが、その姿はとても…心安らぐものであった。
そんな姿を見ながら、私はまた白い世界に包まれた。
今度は懐かしい所にやってきた。
エルフの…私の育った里。見覚えのある顔が辺りを歩いている。
建物も懐かしい。
この先にはロペン姉さんの家があり、その角を曲がると…私の家。隣に長老の家がある。
気が付くと私は自分の家に入っていた。
そこには…私を育ててくれたお母さん…いや、何と呼べばいいのだろうか?懐かしい顔があった。
その女性は魔導書を読んでは一人頷きながらページをめくっている。魔法の勉強なのだろうか?
そう言えばこうやって魔法を学んでいたのを私はよく見ていた。だから、私も魔法使いになりたいと、その時は思っていた。
不意にドアがノックされる。
「はーい、どうぞ」
素っ気ない返事後に入って来たのは師匠であった。
師匠は…私を…いや、リウスなのだろうか?抱いている。
「あら、ゼフィ様、お久しぶりです。今日はどういった御用件ですか?」
師匠が何かを話そうとすると赤ちゃんが泣きだした。
「ゼフィ様、そのように抱くと赤ちゃんに負担がかかりますよ」
そう言うと赤ちゃんをひょいと抱き上げあやすと、たちまち泣き止ませた。
「さすが母親から仕込まれただけはあるな。理由はその子と言えば分かるな」
そう言うと、師匠は手身近な椅子に座る。
「まさか、生き返ったんですか!?母がエピオン様から言われてたことは何かの冗談かと…いえ、あまりにも突拍子がなくてつい…」
「無理もない。一か月前、無事にその子自身の意識が戻ってな。この里が役立つ時が来たわけだ」
この里が…役立つ?どういうことだろうか?
「ここはエピオン様が自分が死んだ後にサリス様が生き返ってもいいように作られたエルフの里。それが役立つ時が来たのは喜ばしいことです」
嘘でしょ!?
あのエルフの里って…私のために作られたものなの!?
いや、どれだけ私的に権力使ってるのよ、エピオン!
「エピオンに会わせてやりたかったがな。私の力不足と言えるな」
苦笑いする師匠。だが、それと共に達成感のようなものをその顔に感じられた。
やっと、エピオンとリウスの約束を果たしたのだ。それは当然だろう。
「ではトーラ、ここからは任せていいか?私も何かあればすぐに駆けつける。どうかこの子をエルフとして…一人の女の子として平穏に暮らせるように見守ってやってほしい」
するとトーラは優しく微笑んだ。
「亡きエピオン様の忘形見を育てるという栄誉ある勅命に恥ない働きをしますし、何より…この可愛らしい子に幸せになって欲しい。そう思うのは私の子供が死んでしまったからもあるかもしれませんね」
それは知らなかった。お母さん…いや、トーラに子供がいて、その子が死んでいたなんて…。
「確かもう七十年前くらいだったな。生まれてすぐに…名前も付けられる前に死んでしまったな」
そうか。だから、トーラからお母さんを感じたんだ。
私をその子供と重ねて…だから、何の違和感も無くお母さんだと感じたんだ。
確かに子育ての訓練は受けているのかもしれない。でも…トーラは機械的でも業務的でもなかった。
ちゃんと私のことを考えて、私に色んなことを教えてくれた。
まるで本当の子供のように。
「あ、そうそう。もし、この子が…その…急に人格が変わることがあるかもしれない。いや、悪い方向ではないんだが、性格が一時的に変わることがあっても気にしないでくれ。それは生き返らせるための後遺症みたいなものだからな」
トーラは首を傾げたが、師匠が何とか説得してトーラも害がないことを理解すると快く頷いた。
「ゼフィ様、たまにはこの子に会いに来てあげて下さい。あなたは…この子の命の恩人ですから」
そう言われ、師匠は首を振った。
「いや、この子を助けたのは…親の想い…だよ。私は余程の事がない限り、この子と会う事は無い。私はその子に悪影響を与えかねないからな」
そう言いながら師匠は立ち上がるとドアに向かい少し開けた。
「理屈では会わない方がいいと思っていたのだが…いざ、別れるとなると何とも言えないな。だが、エピオンがサリスのために用意した里を私は信じている。ではな、トーラ」
師匠はトーラに背を向けたまま手を振るとそのまま出て行ってしまった。
「サリス様…いえ、サリス、これから私が母親代わり…いえ、母親としてあなたを立派に育てます」
そう言うと早速泣き出した私をトーラは優しくあやしていた。
そんな姿を見て、やはりトーラはもう一人の母親と改めて思い涙してしまった。
少しセンチな私の気持ちを置き去りにして辺りはまた白くなっていくのであった。




