七十 エルフの思い
形勢逆転。
ウィン様は魔界に旅立つ前より強くなっていた。
決してヴァーサを倒せる強さではないが、一撃で倒されるほど弱くない。
神々には届かないが、時間を稼ぐ役は果たしてくれている。
何より神々と違い、ウィン様は私とのコンビネーションが実に上手かった。
私の攻撃の牽制や追い打ち、フェイントの伏線や時には盾となり私をアシストしてくれた。
「エルフ風情が何でこんなに戦えるんだ!俺の知るウィンはここまで強くなかったぞ!」
それは私も思う。
獣人族の里でここまで強かったなら、クスはあっさりウィン様に倒されていただろう。
セイと魔界に旅立って何かあったのだろうか?
何よりどうしてここに来たのだろうか?
疑問はいくつかあるが、今はヴァーサを倒すことが先決だ。
「ジール!何か策はないのか!?このままでは押し負けてしまうぞ!」
何度も剣を弾かれ、飛ばされて器用に体をひるがえして何度も切り掛かるウィン様だが、確かにこのままではウィン様が加わった意味がない。
何とかヴァーサを倒す攻撃をしなくてはならない。
だが、私の奥の手の「壊」は見せたので、もう喰らってはくれないだろう。
あの技はエネルギーを拳に溜める時間と動きが大きいのが欠点なのだ。
「壊」は初見でのみ有効な奥義。あれは敵を一撃で沈めて再び戦うことがないゆえに使える奥義なのである。
技の性質が分かれば対策はシンプル。当たらなければ良いだけだ。
しかし、あれだけの破壊力のある技は無い。
かと言って他の拳技、足技で何度も攻撃しているが、すぐに回復されてしまう。
魔力が尽きているのが実に痛い。
「そろそろ諦めろよ、二匹のエルフ!」
再び幻術で二つに別れるヴァーサ。一対一にはなったものの、決定打が無い私には本体が攻撃してきても倒すことはできない。
どうすれば…。
ヴァーサの猛攻を何とか避けているとあることに気がついた。
ヴァーサから少しずつ黒い煙が出てきている。
魔力が永遠に続かないのは私だけでは無い。
いくらエルフ二千人の魔力を取り入れたとは言え、逆に言えば二千人分使えば魔力は尽きるのだ。
私と同じように魔力を膨大に消費することをすれば当然だ。
もしかすると、この幻術は想像以上に魔力を消費しているのかもしれない。
戦いにおいて、特定の技や魔法を奥の手にする場合、理由は主に二つ考えられる。
一つは私の「壊」のように何度も見せると見切られる恐れがあるもの。
もう一つは何度も使えない…そう、魔力やエネルギーの消費が大きい場合だ。
あれだけ優秀な幻術だ。きっと相当な魔力を消費するのだろう。
それに、私がそうであるように、膨大な力を取り入れたなら制御にもエネルギーを使うはずだ。
もし、膨大な魔力を制御するために魔力を使っているとしたら…。
「ウィン様!お互い目の前のヤツに集中しましょう!」
こういう時、ウィン様は聞き返さないが、私を信じて行動してくれるのは助かる。
だが、ウィン様は苦戦している。
先程は不意を突いて腕を切り落とせたが、正面からやり合うとなるとヴァーサの方が圧倒的ではないが、やはり強い。
技術で耐え忍んでいるものの、倒すまでには至らない。
でも今はそれに意味がある。
ヴァーサの力をどんどん使わせて、最後は魔神石の魔力を使い切らせれば今の私でも勝機は見えるはずだ。
そう思った瞬間、私は…いきなりヴァーサに飛び掛かり、顔面を右手で掴むと、とんでもない勢いで地面に叩きつけた。
私の意志とは無関係に、体が動いたのだ。
「クソ!悪魔の血…なのか竜神の…破壊衝動なのか…」
必死に私の手を引きはがそうと両手で私の右腕を掴むヴァーサだが、私の右腕はどんどんヴァーサの頭を地面にめり込ませていく。
自分でも戸惑いはあるが、今は使えるものは使うしかない!
「くたばれ!ヴァーサ!」
心の中から湧き上がる衝動に任せて力を込めて叫ぶ。妙に高揚し、ヴァーサの頭をこのまま握りつぶさんとするほどの力で更に地面にめり込ませる!
しかし、その途中でヴァーサが消えた。
こちらは幻術だったようだ。
だが、ホッとしている。
今の私は…ヴァーサを倒すのではなく殺すことを目的としていた。
それは不気味で気持ち悪く、体の中に黒い負の気持ちが這いずり回っているようで自分が自分ではない気がした。
「これが…竜神の力…白銀竜の覇気を完全解放する代償か…」
しかし、これでヴァーサはまた魔力を消費した。
今なら二対一でヴァーサ本体と戦える!
私は地面を蹴り、ウィン様の元へと飛ぶ。
それに気が付いたのか、ヴァーサから高速の水弾が私に向け、雨のように発射されてきた。
「ったく!近付かせない気ね!」
水弾を避けつつヴァーサへと近付いていくが、今度は電撃の嵐が私目掛けて飛んでくる。
本当にどれだけ使わせれば魔力が尽きるのか想像できない。
ただ、これだけ魔法を使ってくれるのなら魔力消費という点においては大きな意味がある。
「エルフに文句言うくせにエルフの魔力に頼ってるんじゃないわよ、ヴァーサ!」
実に腹立たしい。
見方を変えるなら、私は同族のエルフの力と戦っていると言える。
ヴァーサだけの魔力なら、もう決着は付いてる。
だが、そこにエルフから集めた魔力がヴァーサの助けとなっている。
魔力には意志はない。
だが、その魔力を取られた者には意思がある!
コイツが…ヴァーサが余計なこと教えなければエルフは…静かに暮らせたのに!不幸なハーフエルフも多く生まれなかったのに!
「絶対負けないからね、ヴァーサ!」
私の気迫が通じたのか、電撃の嵐が止んだ。。
ただ、楽観視できないのはヴァーサの様子で分かった。
ヴァーサが苦しみだし、口から黒い霧が吐き出されている!
「魔力…なの?」
苦しみ、のたうち回るヴァーサから離れたウィン様は私の隣にやってきた。
「あれは…暴走か?」
誰にとなくウィン様が言う。
私もそう見えた。
このまま終わってくれるならそれでいい。自業自得なのだから。
だが、そんな簡単に終わってくれるなら世の中誰も苦労はないだろう。
黒い霧がヴァーサを包むと、ヴァーサの体を覆い、まるで影が立っているかのような姿になった。
「エルフの…魔力が…足りない…」
まるで飢えて死んでしまいそうな声で私とウィン様の方に向き直る。
「魔力…魔力…」
ヴァーサだった者はすーっと私たちの目の前にやってきて何の前触れもなく黒い触手のようなもので私とウィン様に絡みついてきた!
「何、これ!?」
「わからない。だが…魔力が吸われている!」
私は何も感じないのは魔力が尽きているからだろう。だからといって締め付けは苦しい。まるで私を締め殺そうとする強さで締め上げる。
ウィン様も同じく締め付けられて身動きできない。
だが、何とかその触手を引き剥がそうとして、触手を掴み引っ張っている。
「お前…エルフでは…いや、何だ?」
ヴァーサだった者はウィン様に違和感を感じていようだ。
まあ、ウィン様は作られた肉体だから純粋なエルフとは言えないだろう。
それにしても、エルフでないと魔力を取るのに何か影響があるのだろうか?
「こっちは…魔力…ないな。惜しい…。こんなエルフ…この地上に…いないだろうに…」
こんなエルフ?私はどんなエルフなんだろうか?誰からも私についての謎を与えられすぎて、少し面倒になってきたし、どうでも良くなってきた。
これが終わったら師匠から全て聞き出せばいい話だ。
「放しなさいよ!女の子二人縛り上げるとか…変態じゃない!」
再び白銀竜の覇気を解放し、力任せに黒い触手のようなものを引きちぎった。
「竜神…か」
どうもヴァーサとは違うようだ。ヴァーサのように小細工もしないし、私とウィン様をまるで初対面かのように観察し、発言している。
「あなた、何者なの?」
あまり返事は期待していないが、ヴァーサだった者は答えた。
「私は…名を…クロスと言う。力と…想いが…交わりし時…生まれる者」
丁寧に名乗ってくれたかと思うとクロスは無数の触手を槍のように私とウィン様に放ってきた。
威力は弱いものの、数が多いので一度食らうと動きが止まるので、数の力で大ダメージになりかねない。
だが、ウィン様がツインバスターソードを数回舞うように振り回すと、その触手は全て消え去った。
「やはり光の魔法が弱点か。見た目からそうかと思ったんだが、見た目通りで助かったよ」
どうやらバスターソードに光の魔法を宿したようだ。
ウィン様ってそんな器用なことができたんだ。
「ジール、光魔法が弱点となると、お前の生命エネルギーは有効のはずだ!魔力が無くても勝機が見えてきたな」
その通りである。
生命エネルギーは完全な光属性では無いが、その性質を有する。ゆえに、相手が光属性に弱いならヴァーサ相手に攻撃するより有効打を与えられる。
「自惚れるな…下等な生命よ」
その一言くらいでは怯むことはない。
だが、私とウィン様は思わずクロスの姿から目が離せなかった。
そう、クロスは…黒の影にヒビが入り、まるで卵の殻が剥がれ落ちていくかのように黒い影の部分が落ち、現れた姿は…。
「…エルフ?」
男性でも女性でもない体。
白く美しい肌に似合わない筋肉質の体。長い髪は腰まである美しい白髪…いや銀髪だ。
エルフにしては背は高めで、私が見上げるくらいだろうか?
目は閉じており、目の色は分からないが、耳は間違いなく私達と同じ尖った耳であった。
ただ…このエルフ…見た事がある。似てるのだ。
「エピオン…王…なのですか?」
私だけではなかったようだ。
ウィン様が口にした言葉に私の見間違いではない事が確信できた。
「そうか、これがこの力の源が望んだもの、なのだろうな」
話し方も変わっている…だからではない。
この声も聞き覚えがある。
忘れるわけがない。
私に…空間魔法を教えてくれたエピオンの声にそっくりである。
「これで、属性による攻撃に意味はない」
違うことは分かっている。
エピオンはもう死んでいる。
この世にいない。
だからと言ってあの姿を見てしまった以上、割り切れるものではない。
「さて、始めるとしようか」
ここまで来て…そんな理不尽あるだろうか?
私にとってもだが、ウィン様にとってはきっと…唯一の王であり、尊敬できる相手であり、剣でのライバルであり…きっと…愛する人。
ウィン様がエピオン王の話をするときの乙女のような目になるのを何度か見たことがある。
きっと届かぬ恋と知って思いを秘めていたのだろう。
そんなウィン様に…戦えるのだろうか?
「試してみるとするか」
決して早くはない。ヴァーサと同格か少し早いくらいで大したことはない。
ただ、エピオンの姿というのは私たちにとってはヴァーサがもっと強くなって戦う事よりも厄介な事であった。
「防戦一方では勝てないぞ」
クロスの攻撃は肉弾戦。武器もないし魔法も使って来ない。
勝てるはずだ。相手はクロス。エピオンではない。
「消えろ、まやかし!」
ウィン様が叫ぶように声を張り上げ斬りかかった。
しかし、クロスと目の合ったウィン様はその斬りかかった剣を外した。
いや、わざと外してしまった。
「どうして…どうしてこの姿なんだ…」
涙交じりの悲痛なウィン様の声が私の心にも突き刺さる。
私も拳を振り上げるが、目が合うと動きが止まり、クロスの攻撃を受けてしまった。
「思った以上に効果があるな、この体。エルフに対してこのような効果があるとは驚きだ」
知らなければ私は戦えただろう。だが、記憶の体験で、エピオンの優しさを知った以上、私には…偽物と分かっていても戦えない…。
防戦一方の展開が続く。
私は死なないように白銀竜の覇気を駆使してウィン様を庇いつつ、クロスに攻撃しようと試みるも…できないでいた。
「ふむ、少しずつ私の方が押しつつあるな。どうだ?私の配下となるのなら、この戦いは終わりでいいぞ。どうする?」
ふざけている提案だが、このまま行けば…勝てない。だからと言ってクロスの配下になるのは論外である。
私はまだ何とかなる。
だが、あのウィン様が今にも泣き出しそうな顔で手を振るわし剣を握っている姿が私には辛く、見ている私がなきそつになる。
「ウィン様、下がっててください」
震える剣を持つ手にそっと触れた。
「私が…倒します!」
幻覚は使ってこない。
拳で戦ってくる。
決して届かない相手ではない。
それならば…私が腹を括ればいいだけだ!
「ジール、無理をする!私も」
「いいえ、ウィン様。あれは…私が倒すべきなんです。まあ、諸事情は後で話しますが、エピオンは…いや、クロスは私が倒さなくてはダメなんです」
私は呼吸を整えて、ウィン様とクロスの間に立った。
「私達の英雄の姿をした以上、エルフとして…そして、私個人として、あなたを許すわけにはいかない」
ただ、私は迷っていた。
実はこのクロスという敵は…ヴァーサと違い攻撃に殺意を感じないのだ。
そういう性質なのか、それとも…。
「さあ、来るがいい!」
クロスは身構えた。こちらの攻撃を待っているようだ。
「先手を狙わなかったことを後悔させてあげるわ!」
白銀竜の覇気と生命エネルギーを解放し、再び攻撃を仕掛ける!
回し蹴り!
体を反らされ避けられる!
軸足を跳ねさせて、体が戻ってくるところにかかとで顔を狙う!
だが、あっさりガードされた!
態勢を整え、近接の顎を狙った肘を死角である真下から振り抜く!
だが、首を横にわずか傾けられ、私の肘が空を切る!
「早くていい攻撃だ。だが、もう少し早くないと私には当たらない」
今度はクロスからの掌底がみぞおちを狙ってきたので体を横にずらすが、掌底が急に軌道を変え肩に当たる!
実に重い攻撃である。
体勢を崩した私にクロスは私の左手を掴み自分に引き寄せ、腕を取りぶん投げられた!
「素直だが、素直過ぎるゆえに単調だな」
悔しいが単純なエネルギーだけではなく、技術においても差が大きい。
まるで先生と未熟な弟子である。
「足技『旋風』!」
回し蹴りをするために回転しながらクロスへ飛び込んでいく!
「動きが大きすぎだ」
クロスはそう言うと私の蹴りに合わせて自分の蹴りで受けて見せた。
「軽いし、遅い。残念だがこれでは私に届かない」
…おかしい。クロスがどんどん強くなってきている。
さっきまでは攻撃が当たっていたのだ。
だが、今は全く当たらない。
「闘気に頼り過ぎだな。まあ、基本の体がひ弱では仕方ないのかもしれないがな」
少し距離を取り、私は再び呼吸を整え…生命エネルギーの完全開放を試みることにした。その上で白銀竜の覇気と合わせて使えばクロスに負けはしない。
しかし、それをクロスが許さなかった。
クロスは瞬時に距離を詰めると、私の足を払い態勢を崩し倒推した。そして、私の前に仁王立ちになった。
「闘気を解放するのに時間をかけすぎだな。そんなに悠長に待ってくれる相手しか戦ったことが無いということか」
言うことに頭にきたが、確かにその通りであった。
今までは私が生命エネルギーを解放する時間はあったし、敵は私に対して油断をしていることが多かったのは事実。
だからと言ってクロスが攻撃をしてくる短時間でに生命エネルギーを完全開放ができるわけがない。
「まあ、この程度とうことだ。私がこの戦いに勝利して、再びエルフから魔力を吸い上げる。その時にお前からも魔力をもらうから、これ以上無駄に傷つかないで欲しいのだ」
あぁ、そういうことか。
殺そうとしない理由はそれか。
それに改めて気付かされたよ。
私が勝たなきゃ…エルフはずっとエルフ狩りに怯え、魔力を奪われ、自由に生きていけない。
今、背負っているのは私だけの事じゃない。
「絶対…あなたを…倒す!」
私は跳ね起きると、クロスと距離を取った。
「言葉が通じないとは…エルフは賢い種族のはずなのだが…そうではないようだな」
「違うわ。あなたを倒すから、あなたに魔力なんて渡す必要がないってことよ!」
呆れた顔をするクロスを睨みつける。
とは言ったものの、何もない。
作戦もない。
強がっているだけなのだ…。
「この魔神石はエルフの血が使われている」
急に何を言い出すかと思えば誰も聞いてもいないのに魔神石の解説である。意図が分からない。
「エルフの血は想いが宿る。それが複数になると、ここまでの力を持つ」
ゆっくりとクロスが私に向かって歩てくる。まるで玉座から立ち上がって歩き出した王様のようにゆっくりと私に向かって歩いてくる。
私は出来る限り生命エネルギーを解放し、身構えた。
「エルフは何を求めていると思う?自由か?再び国を持ちたいのか?魔法を極めたいのか?」
歩みは止まらない。
私の目の前まで来ても私に向かって歩いてくる。
そして、ゆっくりと両手を広げた。
「分かるか?」
答えは分からなかった。エルフは…何を望んでいるのだろうか?そんなこと、考えて事無かった。
「この魔神石の原料となったエルフは…英雄が救ってくれることを望んだのだ」
「その英雄があなただって言いたいわけ?」
己惚れた支配者が言いそうなセリフである。だから自分が正しいと。
「それではいつまでたっても英雄は現れない」
思いもしない言葉であった。
そう、英雄は望んだら生まれるものではない。
確かに生まれつきの英雄もいる。
だが、英雄と呼ばれる者の多くは英雄になろうとしているわけではない。自分でなんとかしようとする者が、いつの間にか英雄になっていることの方が多い。
「だが、願いの力ゆえになのか、そういう者がいつも必ず生まれるのだ」
クロスが両腕をゆっくり私に向けて下ろし、そして…。
「そう、自ら試練に立ち向かう道を選ぶ者…お前のような者を英雄と呼ぶのだ、サリス」
思わず呼ばれた本当の名前に固まってしまった。だが、それは一瞬のことであり、私はその優しく回された腕の中で知らずに涙を流してしまっていた。




