六 二度目の意味
ターンズ国の地下には研究所があった。
そこには大きな魔方陣が描かれており、その壁には多くの魔物が牢に入れられ泣き叫ぶ。
そんな魔方陣の中央に誰かにやられてボロボロのガタイのいい中年男が伏せていた。
「ブラービ、やはりあのドラゴンではオーキスに勝てなかったのか?」
ブラービと呼ばれた男は今の状況を理解するまで少し時間を要したが、話しかけてきた者を見て少し落ち着きを取り戻した。
「呼び戻してくれたのか。助かった」
ブラービは起き上がると立ち上がり話しかけてきた者のところへと歩み寄る。その者はローブをかぶり、性別や年齢は分からない。だが、ここで高い地位を持っているのはブラービの態度から誰もが分かると言えた。
「実は…エルフにやられた…と思う。俺もそのエルフにぶん殴られてこの有様だ」
「エルフに?なかなか面白い冗談だ」
しかし、ブラービの沈黙から察したのか、声色を変えて真面目に聞いてきた。
「そのエルフ、王家の血筋の者か?」
「いや、そこまでは分からないが、あんたの作ったドラゴンと素手でやりあてるのを意識が薄れる中で見てたよ。決着は分からないが、あれはただのエルフじゃねえな」
殴られたところをさすりながらブラービは答える。
「つまり、オーキス、ゼフィ、そのエルフをまとめて何とかできる戦力が無いとクアンタは殺せないということか。相手も一度暗殺に来たのを見たら警戒はするだろうからな」
ローブを着た者はブラービに三つ、ヘキサを召喚したときと同じ丸い玉を差し出してきた。
「これで任務は遂行できるはずだ。さあ、再び行け。今度はお前にも素晴らしいアイテムを渡そう。これで間違いなく勝てる」
一瞬ブラービは「また行くのかよ!?」という顔をしたが、上からの命令である以上仕方なく受けた。次の失敗は許されないのはよく分かっている。
「あのエルフ…次こそは目にもの見せてやる…」
ブラービは自らの傷を魔法で治療しつつ、ジールに復讐を誓った。
次の日、朝から気持ち悪い現象が起きていた。
託児所に来る親たちが私に必ず「先生」と付けてくるようになった。
クレロのお父さんは
「ジール、こいつ頼んだぞ」
とか言ってたのに、今日は
「ジール先生!この子のこと、よろしくお願いいたします!」
と深々頭を下げる。
他の保護者も昨日とは全く別人のように謙虚に接してくる。
だが、原因はすぐに分かった。
いつものように子供たちを施設の外で遊ばせてると
「もっと~もっと攻撃してきてぇ♡」
とラサイとクレロが他の子供たちの前で何かをやっていた。
…そう「何か」を真似してみんなに見せている。
確かに口止めはしていない。
きっと家で昨日のことを話したのだろう。
師範をぶん殴ったことも含めて。
どうやら師範に攻撃を当てられるのはゴッドキラーくらいと言われてるらしく、それを私がやってしまったのだ。その上挑発までしている…。
ヘキサだけではなく、どうやらこの森の住人に私は恐れられるようになってしまたらしい。
「それはそれで何かイヤだなぁ…」
別に力でここを制したいわけではない。だが、魔物にとって強さは絶対である。もう、嫌がってもこの地位は不動のもののようである。
「ジール、良かったね!この前乳牛みたいに役に立つ方法を考えていたけど、強いなら役に立てるね♪」
ラサイは相変わらず乳ネタをふってきた。
しかし、そこに思わぬツッコミが予想外のところから入る。
「ジール様に失礼なこと言うな!」
サマーンがラサイを後ろから強くどついた。
「ジール様は私たち女の子の憧れなんだから!」
スゴイ手のひら返しではあるものの、憧れと言われて悪い気はしない。でも暴力は良くないとサマーンに諭す。サマーンは素直に言うことを聞いてくれ、ラサイにも謝ってくれた。
まあ、全て悪いことばかりでは無いと前向きに考え、いつも通り子供達と接することにする。
ただ
しばらくすると、またラサイとクレロが「何か」をみんなの前でしようとしたのは流石に止めた…。
その日の夜、ゼフィが私を呼び出した。昨日の今日なので、また敵の動きがあったのかと緊張が走る。
だが、テーブルにワインとワイングラスが置いてあるところを見るとそうでは無いと思えた。
「ジール、お前にこれを渡そうと思ってな」
テーブルに置かれた黒い水晶が目立つ金色の彫刻の無いシンプルな腕輪。実はゼフィから宝飾品をもらうのは初めてである。ちょっと嬉しい。
「師匠、これ、何か魔法効果あるですか?」
師匠からの贈り物がただキレイなだけの宝飾品では無いことくらい予想はつく。
「その腕輪に、というより、そこに入っているというのが正確かもしれんな」
早速腕輪を付ける。新品では無いが生まれて初めての装飾品は気分を上げてくれる。
「その腕輪に少し魔力を込めてみてくれ」
師匠の言われたまま魔力を込める。すると腕輪は輝き私は光に包まれた。
「うわぁ♪師匠、これ凄くいい♪」
黒いローブ。でも袖は絞られて七分袖。足元も長くなく、パンツスタイルのような感じなので動きやすい。
肩と胸の留め金には装飾があり、銀色の丸みを帯びた三角の形をしたものが付いている。
前回のヘキサとの戦いは普段仕事で着てる普通の半袖の汚れてもいい上着と少し長めのスカートだった。それに比べると断然動きやすくなった。
「昔、知り合いが使ってたものだ。それは魔力や防御力を上げられる。物理攻撃は上がらないが、防御面では役立つはずだ」
服なんて気にしてなかったけど、やはりキレイな服は気分がいい。普段着も少し考えてみてもいいかもしれない。
「そのローブのもう一つの特徴は、肩と胸の留め金の装飾品にある。それはだな」
「ゼフィ、俺にも何かくれよー。こういうオシャレなの一度もくれたことないだろ?」
ちょっとふてくされた声でオーキスが入ってくる。
「お前は自分で好きに服を出せるだろうが…」
やれやれといった感じでゼフィはグラスのワインを飲み干す。話の腰を折られたが、先ほどの続きは師匠が話をしなかったので、私は流すことにした。
「次は相手もジールの技を知って攻めてくるだろう。そのためには、こちらも少し準備をしとかないと…負ける可能性もある」
私も師範も「まさか」と言う顔をしたが、私は先程の実戦で油断はするものでは無いことを学んだ。
何より、一度失敗した所に二度来るのなら、相手が備えてることくらいは理解して攻めてくるはず。そうなると、相手も勝てる可能性がある策で挑んでくる。
だから、油断すればやられるのも大袈裟ではないのも事実である。
「けど、本当に来るのか?ゴッドキラー二人いる所へ?奇襲だとしても、この狭い敷地なら現れたのがバレた時点で排除される…そんなの簡単に理解できるだろうに」
そう、師範の言う通り。私たちに気が付かれた時点で作戦失敗。しかも師匠が結界を強化したのでアリ一匹の動きでも分かるようになっている。
「来ないならそれが一番いい。ゴッドキラーが関わっている相手と戦わないで済むならな」
そう、私たちは戦いを求めているわけではない、平和が一番なのである。
何より子供たちを巻き込むことは避けたい。
憎たらしくて、可愛げないところばかりだけど、私のように幼いころに辛い記憶や命を落とすことはして欲しくない。
だからと言ってクアンタを囮にして敵を誘い出すのも違う。今、私たちには待つしか良い策はないのである。
「ジール、食事は作ってあるから食べて寝て万全にしておくんだ。日頃からいつ敵が来てもいいように準備は怠るなよ」
師匠の作るご飯は私のご飯よりおいしい。このご飯を食べて寝たら万全になること間違いなしである。
ただ
師匠がここまで深刻になっているということは、師匠の読みだと近日中に攻め込んでくると予測してのことであることは予測できた。
朝が来た。いつものように子供を受け入れて、託児所の広場で遊ばせている。
いつものように親が迎えに来てお見送りをして、最後に一人を見送った。日も落ち、そろそろ明かりに火を灯す時間である。
今晩のクアンタとヘキサのご飯を何にしようか考えていた。その時である。
「今日も一日お疲れ様だな、ジールちゃん」
茂みから聞き覚えのある声。
まさか…こんなに堂々と来るとは…。
「まーだダークエルフやってんの?エルフ方が俺は好みなんだがなぁ」
私は戦闘態勢を取る。
「あんた、また倒されたいの!」
そう、以前クアンタを狙ってきた暗殺者のボスである。
「今回は先に名乗るか。今しかゆっくりした時間は無さそうだしな」
ボスは慌てることなく私の前に来る。
「俺の名はブラービだ。今日もクアンタを殺しに来たぜ」
下品な笑いをしているが、その気持ち悪さよりも、この堂々と正面から来るところに不気味さを感じる。
「ゼフィとオーキスもいるんだろ?早く呼びなよ」
陽動だろうか?ここでクアンタの元に走るべきだろうか?それとも師匠の感知能力を信じて迎撃に徹するべきなのだろうか?
そんな悩みを一蹴してくれる声の主がすぐに現れた。
「待たせたな、ジール。お前はクアンタの護衛に行け。ここは俺とゼフィが相手をする!」
私とブラービの間に師匠と師範が転移魔法で割り込んできた。
「これは陽動ではない。一番厄介なパターン化もしれん」
「どうやら、コイツ、正面突破で俺たちゴッドキラーとやり合うつもり…ってことだよな?」
正気だろうか?
そんなの誰もが絶対しないこと。
一番非効率なやり方。
でも、今こうして正面突破をしてきている。
「んじゃ始めようか、ゴッドキラーのお二人」
ブラービの声を聞き終わると、師匠と師範にその場を任せ、クアンタの元へ急いだ。
急ぎクアンタの元にたどり着く。
クアンタはヘキサと共に居間の椅子で本を読んでいる。クアンタはゼフィに貸してもらった魔導書を、ヘキサは絵本を読んでいる。敵はまだ来ていない。
「クアンタ!また奴らがきたわ!」
とりあえずクアンタの守りに付いたのはいいが、ゴッドキラーの二人が戦う以上、私の出る幕はない。でも念のためにいる、そう思っていた。
カシャン
金属音。
ここでは聞いたことが無い金属音。
居間の入り口に鎧を着た…ガイコツがゆっくりと剣を抜きこちらに歩いてきた。
「どうやってここに来たの!?」
「オマエニ答エル必要ハナイ」
言葉の受け答えができる。つまり知能があり、高等なスケルトンナイト。そうなると、ただのスケルトンナイトなわけはない。きっと何かが強化されているはずである。
「娘ヨ、ソコヲドケ。後ロノ悪魔ヲ殺セバ全テ終ワル」
私は黙って、腕輪に魔力を込め、もらったローブを身にまとう。
「…五星ノ夜衣…ナノカ?」
スケルトンナイトが歩みを止める。私はすかさず攻撃をする。
「ウィンドストライク!」
スケルトンナイトを外まで吹き飛ばす!
「クアンタ!最悪の場合は逃げてよ!」
私はスケルトンナイトを追って外に出る。スケルトンナイトはゆっくり立ち上がる。
「私ニ魔法ハ意味ガナイヨ」
鎧に傷ひとつない。やはり魔法耐性、もしくは無効効果があると考えていだろう。
「娘、オ前ハ格闘ガ得意ダソウダナ。エルフナノニ変ワッテイルナ。ゼヒ見テミタイモノダ」
どうやら戦いを楽しむタイプらしい。少なくとも私が出てくるのを待っていた。つまり…
「あなたは私を正攻法で倒す自信があるってことね」
スケルトンナイトは剣を構える。
「アァ、ソノ通リダ」
声と共に私の目の前に剣が振り下ろされたが、それを私はよける。
「イイ動キダ。久シブリノ下界…楽シメソウダ」
私は至近距離で光魔法を試みる。
「魔法無効でも本体がアンデットならダメージくらいは!」
私の手のひらから光が大きく広がる。!
「ライトニングバースト!」
大きな光はスケルトンナイトを包み、柱状に爆発をする!
「さて、これで終わって欲しいんだけどなぁ」
まあ予測はしていた。爆発の柱が薄くなるとスケルトンナイトは何事もなかったかのように立っている。
「魔法ノレベルモ高イナ。私デナケレバ今ノデ終ワッテイタダロウ」
ただ、今回は鎧に少しではあるが傷が入った。完全に無効化できないとも取れる。
「…格闘デ来ナイノカ?」
スケルトンナイトからのリクエストだが、師匠の言葉を思い出す。私の技を知っててこの配置。と言うことは、私が戦いにくい理由があると見て間違いない。
「魔法ノ効果ガ期待デキナイ以上、格闘シカナイダロ?サア、来ルガイイ」
それは間違ってはいない。このまま魔法で攻撃しても微々たるダメージを与えられるだけで、こちらの魔力が尽きるだろう。
さて、格闘を試すか?それともまだ魔法戦で行くか?自分に選択肢が少ないことが悔しい。
「ちょっと気に食わないけど…ノイエ・クレイド!」
私は生命エネルギーを5%開放する!
「お望み通り格闘でぶっ倒してあげる!」
当然正面ではなく、まずは右側面にダッシュして相手が自分の動きを追えてるかを確認する。
いつもなら黒目の動きで分かるのだが、スケルトンナイトでは少しわかりずらい。
一発試してみようと殴りかかる。スケルトンナイトが反応してこなかった。それなのに私は拳を退き飛びのいた。
「ン?来ナイノカ?」
今拳を退いたのは何かの違和感であった。スケルトンナイトがあまりにも無謀に殴らせて…いや、誘ってるように感じた。
それだけではない。そんなことより何かを見落としている気がしたのだ。重大な何かを…。
「戦エナイ弱者ハ…ソコデダマッテ座ッテロ」
スケルトンナイトがクアンタのいる方へ走り出す!今度は迷わずスケルトンナイトの前面に出て構える。
「拳技 『大鼓』」
スケルトンナイトの鎧の中心部に拳をヒットさせて生命エネルギーを爆発させ飛ば…せない!
「な、何!?この鎧!?」
私の拳は鎧に突き刺さっている。だが、それは破壊したと言うよりめり込んでいる。まるで泥に手を突っ込んでるみたいに…。
「終ワリダ、娘」
その拳を伝い、鎧が私の手を包んでいく。しかも気持ち悪い感触。ナメクジが数十匹手をのぼってくるような感じとでも言おうか?鎧がどんどん腕まで侵食してくる。
ノイエ・クレイドで手の表面は生命エネルギーで覆われてるのでダメージは無いが、腕まで伸びて、肩まで侵食してきた。力任せに引き抜こうとしても全く動かない。
「コレハ擬態スライムダ。オマエノヨウニ物理攻撃ヲスル者ニ対シテ有効ナ手段トシテ開発サレタトノコトダ」
確かに物理攻撃しかできない者にとってはスライムのような掴みどころのない敵は厄介である。だが、スライム単体は動きも遅く、魔法があればザコである。
スライムは大きく分けると二種類の攻撃方法を持つ。
自分の体をぶつけて攻撃し相手を倒すタイプと、まとわりついて侵食し、相手を捕食するタイプがいる。こいつは明らかに後者である。
しかも鎧と私の手がくっついたような状態。魔法も使えない上にスケルトンナイトの剣の脅威がある。まさにピンチである。
「後ハ私ニ殺サレルノガイイカ、スライムニ食ワレルノガイイカ選ブガイイ」
今気が付いた。私の魔法で傷がついていた鎧が、殴ろうとしたときには傷が消えていた。それが違和感の正体だったかと気付いた。ホント今更である。
「ったく!やり方、セコくない、これ!」
「目的ヲ達成スルノガ優先ダカラナ。オマエトハ正々堂々戦ッテミタカッタトハ思ウガナ」
取っ組み合い状態になってる中、私の視界に寒気の走るものが見えた。
ブラービがこちらに走ってくる!
「ウィン!よくやった!」
こちらに向かい声をかけるとクワンタのいる居間へ向かって走る!
「もしかして、師匠と師範…いや、この戦い、もしかして!」
私は意図に気がつき力づくでスライムを引き剥がそうと試みるが動かない!
「あなたたち、最初から捨て駒になるつもりだったのね!」
そう、師範と師匠がやられるはずがないし、やられたのならブラービはあんなに走って来る必要がない。
始めからクアンタの命を奪うことが一番で、自分たちの生死は問わない捨て身の作戦ということ。これだと瞬殺されない限りブラービ達は勝利条件を達成でする確率は上がる。
意図を理解した私は迷うことなく生命エネルギーを10%まで引き上げた。
これでダメなら…いや!終わらせない!そのために私がここにいる!




