六十八 正体
昔、神様に願ったことがあった。
どうか、世界が平和でありますように。
どうか、明日の狩りに行く人が無事に獲物が取れますように。
どうか、明日遊びに行くときに怪我をしませんように。
何度お願いしただろうか?
そして、今も願う。
だけど、私の今の願いは誰に届くのだろうか?
二度とこんなふざけた神が現れないようにして下さい、という願いが…。
そう思いながら虚しさと共に、この弱くて哀れなヴァーサの横っ腹に蹴りを叩き込む。
顔を苦悶の表情に歪め、かろうじて踏ん張るヴァーサ。口から黒い血のようなものを吐くと私をその血走った目で睨みつけてきた。
「お前は…お前は化け物か!神三体相手に俺は遊んでたんだぞ!何でお前はそんな俺を…そんな哀れんだ目で見ながら余裕を持って戦えるんだ!」
怒りと動揺の混じる声と私から距離を取ると次々に空間魔法で空間を切り裂いて私を狙うヴァーサ。
だが、私の体はその全てを予め知っているかのように次々と避けてヴァーサに近づく。
「ふざけるな!空間魔法は回避不可の魔法だぞ!それを避けるとかあり得ないだろうが!」
「そうかな?私から言わせると、あなたのやってることの方があり得ないんだけどね」
ヴァーサの腕がちぎれ落ちる。その腕のあったところをゆっくりと目線を動かして見るヴァーサ。
「空間魔法はあなたしか使えないわけじゃないのよ」
ヴァーサはすぐに腕を再生すると奥歯を噛みしめ血走った目を私に向けた。
「神が…神が負けることはあってならない!神は絶対だ!」
「大丈夫よ。私はあなたを神だなんて思っていないから」
怒り任せにヴァーサは私のいるところを片っ端から爆発させていく。私はその爆発地点を全て見切り…いや、体が動き避けていく。
「お前は何者なんだ!その動きは異常だぞ!この早さの攻撃がどうして見切れるんだ!」
間髪入れずにヴァーサの空間魔法が私を襲う。
だが、やはり一撃も当たらない。
本当に私はどうなってしまったのだろうか?まるで意識と体が別のもののようで少し気味が悪い。
だが、今はヴァーサを倒せるなら使え物は何でも使ってやる。
「…理由は分からないけど、これだけは分かるわ」
私は太陽と見間違えるほど真っ赤で巨大なファイヤーボールを作りだした。
「あなたがどんなに頑張っても、私には勝てないってこと」
放たれたファイヤーボールをヴァーサは受け止め、必死にかき消そうとして魔力をファイヤーボールにぶつける。
だが、少しずつ、ヴァーサの魔力が押され、ヴァーサにファイヤーボールが迫っていく。
「ウソだろ!ファイヤーボールごとき押し返せないはずがない!エルフ二千人の魔力だぞ!そして俺は神なんだぞ!」
必死に叫ぶヴァーサに容赦なくファイヤーボールが迫る。
「無駄な抵抗はやめた方がいいわ。もし下手に耐えられたら…私は弱者を更なる攻撃で潰すという不快な思いをしなくてはならないから」
「バカにするな!!!!」
怒声と共にヴァーサはファイヤーボールを飲み込んでいく。
巨大なファイヤーボールがみるみるうちにしぼみ、消えてしまった。
「ふぅ。一時はどうなるかと思ったよ。お前はバカだな、ジール。俺が魔神石を飲み込んだのを見て、魔力を吸収できることに気が付かなかったとはな。お陰で…体にエネルギーが満ちてくるよ。これでお前に後れを取ることは」
言い終わる前にヴァーサは、いつの間にかヴァーサの目の前に現れた私の回し蹴りで顔面を蹴られ、またもや飛ばされて地面に伏した。
「ごめんなさい、隙だらけだったから。で?何を言おうとしたの?」
冷ややかな言葉をヴァーサに投げかける。答えは返ってこなかった。
それにしても、この行動は自分でもおかしいと思う。
ヴァーサをすぐに倒せるはずなのに倒さない。
これは…私の気持ちを晴らすためにやっているのだろうか?
それとも…この力を私が…いや、私の体を操っている何かが楽しんでいるのだろうか?
私は…もうどちらでもいい。
間に合わなかった以上、ヴァーサを倒した後、私は何のために生きていけばいいのか分からない。
神様にでもなればいいのだろうか?
いや、そんなもの興味はない。
私はただ…イアランと幸せな日々を過ごしたかっただけだった。
もう、それは叶わない。
その現実は、ヴァーサを倒すことで否応なく突き付けられる。
私は…それを避けたいからヴァーサを倒さず、現実から逃げているのかもしれない。
「殺す…殺す殺す殺す殺す殺す!!」
少し早くなったヴァーサから放たれた拳を五発ほど避けて顎に掌底を打ち込む。鈍い骨の砕けたような感覚が手のひらに伝わり、ヴァーサは真上に打ち出された。
だが、ヴァーサはすぐに反転し、私に目がけて街一つ入るくらいの太い電撃の柱を降らせてきた。
私は巨大な山のような土壁を作りその電撃を止めた。
私が土壁を作った隙に背後に回り込んだヴァーサは空間魔法で私の首を狙って首近くの空間を切り裂いてきた。
「もう少し考えなさいよ…」
またもや空間が裂ける前に私はその場の地面を蹴ると、ヴァーサに近寄り構えを取った。
「逃げたら…ダメなのは分かってる…。でも…」
迷いは動きを鈍らせる。
攻撃のチャンスを逃した私にヴァーサの攻撃が入った。
「なめるなよ、エルフ!」
私の腹部にヴァーサの拳が突き刺さった。
その拳の攻撃の感想は一言だった。
「これでは私を倒せないことくらい分からないかな?」
残念だが、私にはまるで…赤ちゃんの動かしている手に叩かれたかのようにしか感じなかった。
傷どころか、ダメージにすらなってない。
「冗談…だろ…」
ヴァーサの足が一歩後ろに下がった。
その行動が意味するのは一つ。
神が…私に恐怖している。
「これ以上、あなたとの戦いを長引かせるのは意味が無いことくらい分かっている…。でも…あなたを倒してしまえば…」
溢れそうな涙を必死にこらえるが、気持ちは昂ぶっていくばかり。
時間はもう戻らない。
せめて、イアランが私に賭けてくれたのなら…それに応えよう。
「拳技…」
私は拳にエネルギーを集中させ、構えた。
「ま、待ってくれよ!い、イアランなら生き返らせることができる!」
私は動きを止めた。
「今…なんて言ったの?」
ちゃんと聞こえていた。しかし、聞き返さずにはいられなかったほどの言葉であった。
「イアランを生き返らしてやる。だから、この戦い、ここで終わりにしないか?」
どう考えても罠であり、騙される可能性は高い。
頭では分かっている。そんなの無視して攻撃すべきだ。
「ほん…と?」
私は…わずかな可能性にすがりたかった。
強さ何て欲しくない。
神なんて超えなくていい。
ただ…好きな人と一緒に生きていただけ…。
「あぁ、本当さ。それにはとてつもない魔力が必要だ。お前の魔力を俺に分けてくれないか?」
ヴァーサはゆっくりと近寄ってくると右手を差し出してきた。
嘘だ…。死んだ者が簡単に生き返るなんて…。
だったらヴァーサの魔力を使ってさっさと生き返らしてくれればいい事だ。
神の魔力でできないことが私の渡す魔力でできるなんてありえない。
それくらい分かっている。
だが、私はヴァーサの右手を迷うことなく握った。
そう。
私は…この期に及んで神に助けを求めてしまったのだ。
「ジール、お前は本当に強いな。お前に戦いを挑んだ俺は愚かだったよ」
握った右手から魔力が吸い取られているのを感じる。ヴァーサの体に魔力が満ちていく。
「では、約束通りイアランを生き返らせよう」
私の横に魔方陣が描かれ始めた。青白い光は神秘的でもあり、不気味にも見える。
描き終わった魔方陣から、人影がゆっくりとせりあがってくる。
この人影は…私が知っているものであった。私が今、最も会いたいあの人だ。
人影は全身が魔方陣の上に出てくるとそのまま人形のように倒れてしまった。
「イアラン!」
イアランの元に駆け寄ろうとヴァーサの手を振りほどこうとした。
しかし、その手は離れることはなかった。
それでもなお、私はイアランの元にあふれる涙をそのままに駆け寄ろうと右手を引っ張る。
「離して!イアランが…イアランが…」
改めて握られた手を見る。
すると手は…まるでロウソクの溶けたロウがが絡みついているかのようになっており、私の肘を超え、肩にまで這い進んできていた。
「お前とはもう争わないよ。なんせ…お前の肉体が俺の肉体になるんだからな!女ってホント扱いやすくて助かるよ!」
私はヴァーサのことはどうでも良かった。
イアランが生き返ったなら…それでいい。
再びイアランの方を見ると私は声にならない声で叫んでいた。
イアランの体が…まるで熱で溶けたチョコレートのようにゆっくり形を崩して消えていった。
「魂の無い者はどうやっても生き返らないんだよ!そんなの当たり前だろうが!」
私を嘲笑するヴァーサ。
最後の希望が打ち砕かれ、私はその場に崩れた。
「心配するな。お前の力を全て奪ったら…ちゃんとイアランの所へ送ってやるよ!」
そんなことはどうでもいい。
もうどうでもいい。
こんな神の作った世界なんて…どうでもいい!
私の中の何かが弾け飛んだ気がした。
その瞬間、私の心に何か熱いものが流れ込んできてたような気がした。
何も言わずに私はゆっくりと立ち上がる。そして、左手に手刀を作った。
「何だ?何をしても無駄だぞ。もうお前の腕は俺と一体になりつつ」
言葉を遮ったのは、私の左手に作った手刀の動作であった。
私は何の躊躇いもなく…自分の右腕を切り落とした。それと同時に侵食していたヴァーサも切り裂かれた。
「うぎゃぁぁぁ!なんて奴だ、自分の腕を…躊躇いもなく切るなんて…狂ってるだろうが!」
私の腕と共に落ちたヴァーサの右手は素早く私の切れた右腕を捕食するかのように自分に取り込んだ。
私は失った腕を回復魔法で瞬時に修復し、ゆっくりとヴァーサの方を向く。
「その回復魔法の力…もう驚かないが、化け物だな。…ってお前…その赤い瞳は…」
ヴァーサの頬に一筋の汗が流れる。
そっか、私の目、赤いんだ。
まあ、そんなこと、今の私にはどうでもいい。
私はヴァーサの元に歩み寄り、まだ倒れているヴァーサの腹を渾身の力で踏み抜いた。
まるでカエルが潰れたかのような「ぐぇご!」と言う声が神の口から洩れた。
だが、それもどうでもいい。
この神は…私に希望を与え、それを無惨に摘み取った。
私は虚ろな目でヴァーサを見下ろす。
実に哀れで…実に憎たらしい。
「お前は…悪魔なのか!?」
何とか自分を回復し、私の足から逃れようともがくヴァーサ。そんなヴァーサを踏んでいる足を振り上げ、もう一度踏みつける。
またもや「ぐべぇ!」という情けないかすれた声を上げるヴァーサ。
「情けないのね、神様。人間の男の子の方がもっと我慢強いわ」
おもむろに頭を掴み上げ、勢い任せに地面に叩きつける。
地面にヴァーサが突き刺さった。
まあ、こんなことしても気分は晴れないんだけどね…。
私からやっと解放されたヴァーサはしぶとく自己再生をし、そそくさと私と距離を取る。
それにしても初めて言われた。私が悪魔…か。今の私の行為や例えの類ではなさそうである。
確かにエルフは耳が尖っているし、魔法を得意とする。肌の色や目の色、髪の色など少し変えれば外見は悪魔になるだろう。
だが、神がそんな冗談を、この追い込まれた状況で言うのだろうか?
「そもそもお前は何者なんだ!クソッ、お前が何者なのか調べてやる…」
調べる?どうやって?私の頭に浮かんだ疑問をヴァーサは自慢げに話し出した。
「神はな、自分の治める界で起きた事を全て知る事ができる。どこにいるかを知るのには、お前らには見えない糸を辿れば分かる。そして、その界の過去の出来事は全て世界の目というもので全て記録されて神が必要な時にその情報を見れるんだよ」
一通り言い終わるとヴァーサは目を閉じた。
そして、何やら聞いたことの無い言葉をぶつぶつと呟く。
しばらくヴァーサは動かず黙っていたが、いきなり私を信じられないものを見るかのように目を見開いて凝視した。
「…お前は…いや、どういう事だ、これは!?」
急に奥歯を噛み締め、眉をぴくぴく動かし出したヴァーサ。私の過去に何があったのだろうか?
「お前…何でゼフィがエルフの里に連れてきたところからしか見えないんだ!?ゼフィが連れてきたとなると…お前、魔界で育った…いや、この大きさだと…生まれてあまり間もない…四ヶ月…だな」
思わぬ所から自分の過去が分かってしまった。
私は…お母さんの子供じゃない…の?
「…やはりゼフィが魔界から連れてきたのは間違いない。やはりお前は悪魔の可能性が高いな」
私は…悪魔…なの?
いきなりそんな事言われても…心当たりが…ないわけではない。
戦いの時に感じた高揚感や容赦ない感覚は初めて生命エネルギーを使ったときにあったし、魔法もエルフの里では教えられなかったが、師匠に教わるとあっという間に上達した。
悪魔は確かに魔法を得意とするし、同時に肉弾戦もできる者もいる。エルフでそんな事できる者は…いない訳ではないが、ウィン様のような特別な存在しかいない。
「どうせゼフィが誰かと作ったんだろうな。それがバレないように…そうか、相手はエルフならお前のその肌や髪も納得だな。通りでゼフィがお前を可愛がるわけだ」
私の父親は…師匠…なの?
だから、リウスも師匠に聞けと言ったのかもしれない。
「まあ、悪魔だたとしても気にすることはない。さて、ジール、歴史のお勉強の時間だ。エルフはいつ誕生したか知っているか?」
エルフの歴史は…実は謎のままである。
突然変異とか、神の使いとか、ここではない世界の住人とか…明確な説はまだ解明されてない。
「エルフ…この言葉の語源は…悪魔からきてるんだ。原初のエルフは…人間と悪魔の子供。五人の子供から始まったんだ」
悪魔と人間の…子供…。
ヴァーサがこのことについてウソを言う意味が無い。
私の心の動揺を誘うのなら、もっと別の方法を使うだろう。
黙ってヴァーサの話の続きを聞く私の心は様々な感情が入り乱れ、自分を保つのにやっとであった。
「昔はお前みたいに悪魔の血によって、興奮すると深紅の目になる者もいた。…そう『昔は』だ。それも数万年前の話だ。今、その力を使えるエルフは地上にいない…はずだった」
『はずだった』…つまり例外が私ということだろう。
もしヴァーサの話が本当だとしたら…私の父親が師匠という可能性は否定できなくなる。悪魔の師匠とエルフの誰かとの子供が私なら…この赤い目も説明がつく。
だが、一つ矛盾がある。それをヴァーサに問いただす。
「師匠は神の衣を使えるの?もしくは…師匠の相手が神の衣を使えるの?神の衣が使えない相手なら…私が神の衣を使えるのはおかしいんじゃない?」
「さあな。ゼフィに聞いたらどうだ?」
またここでも師匠に聞け、だ。
師匠は何を隠しているのだろうか?
リウスの記憶に現れた師匠。あれは今と違って若かった。
悪魔は姿を自由に変えられるのは知っているが、師匠はそれについて一度語ってくれた事があった。
「老いてゆくのは…悪いことばかりではない。老いてみないと分からないこともある」
と語っていた。
そんな師匠が若かったのだ。あれは実際に若い時なのだろう。
その師匠と知り合いのエピオンとリウス。
確かに私からエピオン王の話はしたことないので私にエピオン王との関係を話してくれたことはない。
だから、隠しているのではないのかもしれない。
頭が混乱してくる。
神にも分からない私。
私は…何者なの?
私は…悪魔なの?
私は…エルフなの?
泉のそこから湧き出る泡のように次々と浮かんでは消える疑問。
今私の頭の中を支配しているのは自分の正体の謎。
心を保つのすら危ういのに、これでは頭がおかしくなりそうである。
「ねぇ、あなた神なんでしょ!私の親を知るくらいわけないでしょ!」
愚かだと思う。
ここにきてまだ神にすがる私。
だが、今、何か一つでも解決しなければ頭が…心が…変になってしまう。
「俺にはそこまでしか分からないんだ。後は…次の邪神が現れたら聞くんだな。まあ、話してくれるかは分からないがな」
ベラがいたら果たして本当のことを話してくれただろうか?
もしかしたら…師匠を庇って話してくれないかもしれない。
じゃあ誰が…。
いや、いる。全てを知ってる者が…すぐ近くにいる!
「リウス…ねぇ、聞いてるんでしょ!リウス、答えて!あなたは全て知ってるんでしょ!リウス、答えてよ!」
私の叫びに反応したのはリウスではなくヴァーサであった。
「リウス…だと!?まさか…エピオン王の最初の妻のリウスなのか!?」
その返答に私は「そうだと思う」と返す。
「なぜ…なぜお前がリウスのことを知っているんだ!?アイツは史記にも出てこないエピオン王と五十年しか一緒にいなかった女だぞ。あの時、リウスのことを知っているのは…限られたものだけのはずだ!」
驚くヴァーサより、私はもっと気になる事があった。
「ご…五十年?どういうことよ、それ」
人の時間の流れからすれば長いだろうが、エルフにしてみればかなり短い。たった五十年である。
あれだけ仲が良かったのに…別れたのだろうか?
私は一つカマをかけることにした。
「随分短い夫婦生活ね。ケンカ別れでもしたの?」
あの二人が…いや、男女とはそういう事もあるのは文献で読んだ事がある。決して珍しい事ではない。
「…お前…いや、ちょっと待て…」
再び黙ってしまうヴァーサ。
しかし、それはすぐに終わり、私を見て不気味な笑みをヴァーサは浮かべた。
「お前の正体…わかったよ」
私の…正体…。
ついさっきまで消し去ろうとしていたヴァーサの言葉に私は翻弄され、ただ、自分が何者なのかという不安に頭の中を支配されるのであった…。
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