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モンスター託児所のジール  作者: ネジマキノ ショウコウ
第五章 流れに巻き込まれるジール編
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六十四 神の奥の手

勝ち誇ったヴァーサの顔を目にして、感情が大きく波打つの必死に押さえつけると、私は状況整理を始めた。


現在、ヴァーサによってイアランは人質に取られている。


そして、私が本気でイアランを助けに飛び出してもヴァーサがイアランを殺す方が早い。


だからと言ってベラ、もしくは天界の神を殺せばヴァーサ側の勝率が上がり、こちらの勝率が下がる。


それよりも神を殺すとなると、こちらが勝とうが負けようが混乱は避けられない。


「ジール、こういう時、俺なら何を言うか…わかるよね?」


分かっている。イアランならきっと私のために命すら惜しまないだろう。私は思わず目頭が熱くなり、自分の無力さを呪った。


「まだジールとキスしてないから死にたくないなぁ。それに魔界じゃないとこ二人で旅行したいしなぁ」


前言撤回。


もしかして…イアランが捕まってる間に倒すべきなのでは?という選択肢が今、私の中に生まれた。


状況、わかってない…とかじゃないよね、イアラン。


「ホント、イアラン、君のそういうとこ、俺好きだよ。まあ、君はその指輪のせいで俺に攻撃できないわけだし…そうやってジールが攻撃しやすくするような言葉をあえて使える…実に状況を把握して良策を見つける天才だよ」


馬鹿はどうやら私のようだ。イアランの事、どうして信じて上げれなかったのだろうか?


あの掴みどころの無いキャラクターでも、自分の目的を果たすために一手一手をちゃんと繋ぐことのできる天才。


しかし、あのゴッドキラーの指輪にそんな効果があるとは…まあ、主人に歯向かわないようにしておかないと、集まれば神をも殺せる力があるわけだしね。


「ったく、少しお喋り好きになったのかな、偽神様?」


相変わらずの軽口だが、それがヴァーサの逆鱗に触れたのか、イアランは地面に叩きつけられて、背中を貫通するかの勢いで踏みつけられた。


イアランの口から鮮血が吐き出される。見ているだけでも痛々しい。


「今度指輪を作る時は無礼な言葉も言えないようにしておかなきゃならないね。でないと、こうやって不愉快な気分になるからさ」


思わず動こうとする私にイアランが手を上げ制した。


「…大丈夫…だから。それに、この体制も悪く無いよ…。だって…ドレス姿のジールの全身が…見られるんだからね」


何でこんな時までそんなこと言えるの!?そんな余裕あるわけない!ヴァーサの攻撃はまともに受けたら死にかねないはずだ!


その証拠にイアランの顔色はどんどん血の気を失っている。


「まだ死ぬなよ、イアラン。少しだけ回復してやる。ジールが俺側に付くよう説得するんだ」


そう言うとヴァーサはイアランを少しだけ回復させた。先程より顔色は良くなったが、安心できる状況ではない。


「ほら、これで話せるだろ?早く説得しろ」


ヴァーサが踏みつけている足に力を入れたのか、イアランの顔が一瞬苦痛に歪んだ。


だが、すぐにイアランは私に向けて笑みを浮かべて見せた。


「あのさ…ジール、神と騙し合いして勝つとしたら…カッコいいと思わないかい?」


イアランが何を言いたいのか、私には全くわからなかった。


ただ、これだけは言える。


イアランはこういう軽口を叩く場合、何かを考え行動するはずだ。


「おい、無駄口叩くなら殺すぞ。最後の警告だ。ジールを説得しろ」


冷たい声色でヴァーサが言い放つ。


しかし、イアランは笑顔のまま話を続けた。


「人間界の神…お前の失敗は俺を…最初に召喚したことだ。ティゴが最初なら…俺は後悔した…かな」


そう言うとイアランは見覚えのある物を取り出した。


忘れもしない、ドクロの刻印が付いた砂時計である。


「もしも…の時を考えて…作ってよかったよ。これで、ジールを引き込んでも戦況は変わらない…からな」


自分の手で砂時計を握りつぶすイアラン。砂時計のガラスが手に刺さり血がゆっくりと流れ出す。


「そんな小道具で何を企んでるか分からないが、警告を無視したお前には消えてもらうとしようか」


ゆっくりとヴァーサの足がイアランの背中に食い込んでいく。しかし、イアランは叫ばず笑顔を崩さない。見ている私が泣いてしまっている。


「さらばだ、愚かな召喚士」


笑みを浮かべ、イアランを見下ろすヴァーサ。


しかし、それは一瞬で状況を変えた。


きっとイアランを踏み潰すために足に体重をかけたのだろう。


だが、その足は太ももから切断され、ヴァーサは地面に倒れ伏した。


「なっ、何だ!?何が起きた!?」


思わず私は両手を口に当てて涙を流した。


私のよく知る…私の頼れる同僚が大鎌をくるりと回してヴァーサに向き直ったのだ。


「人間界の神よ、お前はやり過ぎた。その愚行を止めるのが今の我の仕事となった。覚悟しろ」


「死神がなぜ!?お前がなぜここに来たんだ!?お前は死に行く魂の元にしか転移できないはず!?なぜだ!?」


無言でアルビオはヴァーサに近寄ると、大鎌の柄でヴァーサを叩き飛ばすと、イアランの襟を持ち引きずりながら私の方へと来た。


「このバカによく教育しておけ『安易に死神を呼び出すな』とな。まあ、今回はたまたま人間界の神の暴走を止める必要もあるゆえに、ここに来なくてはならなかった。まあ、そう言うことだから…仕方なく対価は免除してやる」


口調は素っ気ないが、照れているのだろう。私と目を合わせてくれない。


私の笑みに気が付いてバツが悪いのか、まるで物でも投げるかのようにイアランを私に投げつけた。


「だって、ジール。…優しいしアルビオ様に感謝…だね」


言い終わると吐血するイアランに慌てて回復魔法をかけ、横にする。


本当に呆れた…惚れ直してしまったじゃない…。


「死神!お前がそっち味方するなんてズルいだろ!卑怯だろ!」


子供のワガママみたいに地面を何度も拳で叩きつけ、叫ぶヴァーサ。どうやらヴァーサもここまでのようだ。


「諦めるのだな、ヴァーサ。四対一では勝負にもならぬ。最後くらいは潔く自ら命を絶て」


冷ややかな声色で言い放つベラ。


それも仕方ないだろう。


ヴァーサはやってはいけないことをやってしまったのだ。もはや、神の立場に戻ることはできないだろう。


「おい、返事をせぬか?黙っていても問題の解決はせぬぞ」


こういう時のアルビオってベラと並ぶとそっくりな上に冷酷な声色で相手を追い詰めるところまでに似ている。ホント、敵にしたくない相手だなぁ…。


「そうだな…お前らの言う通りだ」


ヴァーサは斬られた足を再生し立ち上がった。ただ、その顔は追い詰められた感じはなく、余裕すら感じられた。


「死神、ジールと予定外がこうも重なるとは…本当に運が悪いなぁ。神様だって言うのにさ」


肩をすくめて笑顔すら見せるヴァーサ。実に不気味である。


「なあ、神様も体内の魔力で強さが決まるのは知ってるだろ?神様ってエルフ何人分の魔力を持っているか分かるかい、ジール?」


いきなりヴァーサは話題を変えてきた。少し疑問はあるが、つい考えてしまった。


まあ、そんなもの分かるわけがないけどね。


きっと表情にでたのだろう。ヴァーサは一言「分からないよなぁ」と鼻で笑った。


「実は五百人から六百人らしいんだ。俺、計測してもらったからね」


分かるような分からないような単位である。


エルフと言えど魔力の保有量は個体差があり、不得手な者は得意な者の半分もなかったりするのは人間と同じだろう。


「つまり、俺にエルフニ千人分の魔力があれば、ここにいる全員を相手にしても勝機が見えるわけだ」


ニヤニヤしながらヴァーサが拳ほどの大きさの紫の輝きを放つ石を手に召喚した。


「オジオンに作らせておいてよかったよ。これには特別な魔法石『魔神石』だ。時間はかかったが、先日完成したんだそうだ」


美しく輝く紫の石が私に寒気を感じさせた。


あの石から…深い悲しみと苦しみが私を包み込み、体は震え、聞こえてないはずの声が嵐のように押し寄せ、私の耳に聞こえてくる気がする。


助けて…もうやめて…何でこんな目に合うの…苦しいよ…いやだよ…


必死に耳を塞いでも聞こえている気がする。気のせいのはずだ。気のせいのはずなんだ。


周りの者は誰一人声の聞こえてる様子は無い。


私だけ聞こえてるということなのだろうか?


「俺も無事では済まないが…お前らに負けるくらいなら、それでもいいさ」


まるで蛇が卵を飲み込むように、ヴァーサが魔神石を飲み込む。


全てを飲み込み終わると、体から先程の魔神石の放っていた光と同じく紫の光がヴァーサを包み込んだ。


「こ…ここまで凄まじいのか」


両の掌を交互に見ているヴァーサ。私たちは何がどうなっているのか分からない。


ただ、誰もが何も言えずに固まっていた。


「さて、試させてもらおうかな」


言葉を聞いたのと同時だった。


天界の神のうめく声。


ここにいた皆が天界の神を見る。


そこには、右肩から胸元まで、まるで刃物で切られたかのように綺麗な切り傷があった。


傷口はまるで今傷を付けられたことに気が付いたかのように鮮血を空に舞い上げた。


「い、今何をしたんだ…」


ベラの震える声でその恐ろしさが理解できた。


神に見えない、分からない攻撃をヴァーサは使ったのだ。


それはつまり、ここにいる者全てがヴァーサの射程圏内であり、逃げることのできない状況となったのだ。


「いやぁ〜実に気持ちいい。ジール、ごめんよ、大したことない神様ではなくなったみたいだよ」


皮肉の込められた言葉も、実力が伴うと威圧的に聞こえる。


さて…形勢が瞬時にひっくり返ってしまったが…どうするべきなのだろうか?


天界の神は自力で回復しようとしているが、傷が深すぎて戦力にはならないだろう。


となると、私、ベラ、アルビオ、イアラン、少し離れているところにサルト、クスがいる。


サルトとクスは戦力として数えられないし、イアランも攻撃に関しては悪いが期待できない。


となると、私とベラとアルビオを軸として考えなくてはならないようだ。


「今のは…空間魔法ってやつかな?」


唐突に呟くイアラン。まさか、あれが見えたのだろうか?


「へ〜。まさかそんなに簡単に答えが出てくるとは思わなかったよ。イアランはやはり面白いね。俺が目をかけただけのことはあるよ。周りのバカ共は全く分かってないから、ある意味神を超えた頭脳なのかもね」


空間…魔法?初めて聞く名前の魔法だ。色んな書物を読んできたが、そんな記述は見た事がない。


「人間界にだけ存在する、しかも使える者が少数の魔法だからね。人間界の神は…その使える条件を満たしているんだよ」


余裕を見せていたヴァーサの眉間にシワが寄った。


「レパルドだな…。アイツはもっと早く消すべきだったか」


もっと早く…この言葉に私より早くイアランが反応をする。


「…どう言う事だ?まさかお前が先生に何か…したのか?」


言葉に怒気が隠しきれてないイアラン。それを「そんなことか」と言わんばかりにヴァーサは鼻で笑った。


「ターンズ国からクアンタを脱走を手助けしてやり、ターンズに神の箱庭を狙わせ、イアラン、お前を引き摺り出したわけさ。お前がゴッドキラー二人に勝てるわけがない。だが、他界のゴッドキラーに手を出す以上、責任を誰かが取らなければならないだろ?それは当然、イアラン、お前の師のレパルドになる。これだと神自ら手を下すわけではないからな」


言い終わるとヴァーサは高らかに笑い出した。


「アハハハハハ!実に傑作だろ?全ては神の手の上で踊っているわけだよ」


私の拳に力が入る。冗談じゃない!どこまでコケにするんだ!イアランは…イアランは…


「どんな気持ちでレパルドの死を受け入れたと思っているんだ!」


怒り任せに飛び掛かり、繰り出す拳が…この戦い初めて、空を切った。


「分かりやすくて助かるよ、ジール。お陰で今の自分の実力が理解できた」


先程の余裕のないヴァーサはそこにはいなかった。


落ち着き払ったその表情からは…まるで別人にしか見えなかった。


姿が変わったわけではない。


何か威圧してくるわけではない。


なのに…強いことは分かる。


「へぇ。次の攻撃が来ないところを見ると…どうやら分かったらしいね。俺の実力がさ」


ヴァーサは悠々と歩いてベラの隣に近寄る。ベラは構えるものの、攻撃をできずにいた。


「さすが邪神。お前の攻撃は基本魔法だからね。今の俺に通用する魔法は…この世界を壊滅させるレベルじゃないと効かないことを察したんだろ?そんなもの使えば勝敗どころじゃないもんね」


言い終わると容赦なく裏拳でベラを弾き飛ばす。喰らったベラが後ろに吹っ飛ぶものの、かろうじて体を翻し、態勢を整え踏ん張ることができた。


「それと死神。ジールに味方しすぎだろ?好きなのは良いが神様が依怙贔屓(えこひいいき)はダメだろ?」


アルビオの横っ腹を鋭い蹴りが襲った。アルビオはそのまま遠くで地面に叩きつけられ体を転がし倒れた。


「で、イアラン。これ以上余計な知識の披露はやめようか?空間魔法を自由に使えるのは今、俺しかいんだからさ」


ヴァーサはゆっくりと手刀を振り上げた。しかし、イアランはそれを見てニヤリと笑みを返した。


「あんた、ジールが恐いんだろ?」


振り上げた手刀が止まる。イアランは言葉を続けた。


「ここで空間魔法を自由に使える条件を持っている可能性があるのは…ジールだもんな」


「黙れ!貴様は今すぐ死ね!」


振り下ろされる手刀。だが、そんなこと、私がさせるわけない!


「足技『旋風』!」


私の声に反応したヴァーサは即座に私へ向き直り私の回し蹴りを片手で受けると、私に手のひらを向け鼻で笑った。


「策に掛かってくれてありがとう。この現状でも一番の脅威はジール、お前だ。こうでもしないとお前の不意は付き、確実に倒せないからな」


ヴァーサの手のひらに見たことない魔力の渦ができる。


「冥途の土産に見るがいい。これが空間魔法『ディメンションストライク』だ」


目の前が歪みだす。


これは錯覚だろうか?


いや、その割に私の肌にピリピリとする痺れに似た感覚。


「このまま次元の狭間に消えろ、異質なる者」


目の前にいたヴァーサの周りから黒い霧のようなものが現われ、ヴァーサの姿を消していく。


いや、ヴァーサが覆われたのではない。私が黒い霧に覆われたのだ。


そして、全てが黒い霧に覆われた瞬間、私の視界は漆黒の闇しか映らない場所にいた。


すると、急に地面が無くなったように足の踏ん張れる場所が消える。


そして、ただひたすら落下している感覚の中、私はその現状に身を委ねることしかできなかったのだった。


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