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モンスター託児所のジール  作者: ネジマキノ ショウコウ
第五章 流れに巻き込まれるジール編
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六十二 誘われ、至る先

遠い記憶にわずかに残る景色があった。


あの頃から何も変わっていない。師匠が私を昔連れてきたときに見た景色がそのままあった。


巨大な城を中心に放射状に広がる街。整えられていた美しい街の区画に魔界とは思えない澄んだ水が用水路として流れている。


街の端が見えないくらい大きく広がっていた。こんなに巨大な街は人間界でも見たことがない。


もしかしたらオジオンが匹敵するのかもしれないが、私はオジオンを見たことがないので比較はできない。


悪魔が住人の大半を占めるため、ローペンの街より全体的に人間の住んでいる街に雰囲気が近い。魔界と言われなければ人間界のどの都市と言われても分からないだろう。


それにしてもローペンの治めていた領土からかなり飛んできた。どれだけ移動したかは分からないが、あの速さなら下手すると数百キロ移動しててもおかしくない。


色んなことを考えてるうちに、竜人族の城よりはるかに大きな城の最上階のテラスに師範は降り立った。


テラスから城内に入ると驚かされた。


魔界の城だから、もっと禍々しい内装を想像していた。


だが、それは全く違っていた。


玉座まで延々と一直線に敷かれた濃い青色の絨毯を始め、紫の花のようなガラス細工の照明、真っ白な壁の所々に飾られた風景画やその手前に置かれた白い彫刻など、禍々しさのカケラも無い美しい玉座の間であった。


私は師範の後ろを付いて行く。


にしても…玉座まで歩いて十分以上とか…どれだけ広いんだろう、この城。


玉座の前に来ると師範は跪き「ジールを連れて参りました」と言うと、直ぐに下がり、私に小声で「お前も跪かないか」と注意された。


慌てて跪くもベラの「そのままで良い」と無感情な声で言われた。


それにしても、相変わらずキレイだと思う。


今日の服装は紫を基調とした薄手のドレス。


首の後ろで結ばれた布地から胸を通り腰から下へとグラデーションになっており、スカート部分の濃い紫はまるで魔力が具現化しているかのように見えた。


首から下げた宝石も青と紫の宝石を使われており、ドレスに似合っている。


このドレスもベラだからこそ着こなせているのだろう。私が同じものを着ても…いや、それは想像しない方がいい。無駄に自信喪失しそうだ。


ただ、一つ気になる事がある。


このベラは…本物だろうか?


以前、人間界に遊びに来るために人形を身代わりにしていた事がある。


その人形はウィン様の体をも作ったベラの人形を趣味で作ると言う熱烈なベラの信仰者である魔界造形師のハイムと言うと変態だ。


もしかしたら、私の目の前のベラも「邪神様、冬の女王ヴァージョン」とかだったりすかもしれない。


で、公務を人形にさせておいて自分は師匠と別の場所で楽しんでいる…とかないよね?


「心配するな、私は本物だ。今回は私自ら行かねばならぬ重要な話の場だ」


心でも読まれたのだろうか?まるで私の心を見透かしているような答えを返す。


そう、色んな凄い方々と親しくしていると、つい相手の凄さを忘れて油断してしまう。


ベラは神。決してただの弟への歪んだ愛を持つ変態お姉さんではない。


「ジール、我の事をどう思うかは自由だが、それを言葉にしない方が良いぞ。我が許しても、周りが許すか分からぬからな」


…これ、完全に脅しですよね?てか心読まれてると思った方がいいですよね。


「脅すような真似などせぬ。お前を脅して我に何の意味がある?」


これ、絶対読まれてる…よね?


そう思った私にベラは微笑を浮かべて見せた。


「分かっているようで分かってないようだから言っておくとしよう。ジール、お前の目の前におるのは邪神、この魔界の頂点なのだぞ?」


言ってることは威圧してるように聞こえるが、私には「どう、驚いたでしょ?」と子供が自慢しているようにに聞こえていた。


「ところで…」


ベラはいきなり私の前に歩み寄って来て私の事を上から下まで見て何かを考え始めた。


何か問題でもあったのだろうか?


「誰か、ジールの体を拭き、着替えさせろ。折角の美しさがこのままでは輝かぬ。我と共に歩くにふさわしい服装をさせよ」


ベラの一言で私の周りに四人の侍女が気配なく現れ、私を抱えると、疾風のごとく玉座の間から連れ去られてしまった。





「思ったより美人になるんだな…」


てっきりバカにされると思ったのだが、私を見た師範は意外にも見惚れていた。


時間がないと言われ四人の侍女に野菜の皮剥きのように服を脱がされ、丁寧に体を拭かれ、ドレスに着替えさせられて化粧もされた。


ドレスは真紅。両方に結び目があり、少し恥ずかしいくらいに胸元が空いている。


必死に「これ、胸元空きすぎ!」と叫んだが、侍女はサッサと私に着せた。


スカートは一番下が真紅の濃い布地で、何枚かの薄い布が重なっており、私の足のシルエットは見えるが、透けて見えない程度になっている。


横にスリットが入っていて何だかスースーするので変な気分だ。


顔の化粧は赤い口紅と薄紫のアイシャドウを塗られただけなのだが、鏡に見た事ない別人が映し出されていたのには驚いた。


仕上げに髪に花の香りのするオイルを馴染まされて、頭の上にまとめ上げるられた。まるで頭の上に花が咲いたようなまとめ方である。


可愛いのでやってみたいが、一人では無理そうである。


「少しは見栄えするようになったか。では行くぞ」


そう言えばどこへ行くのか私は知らない。


いい加減教えて欲しいものである。


「心配するな。我の後ろに立っていてくれれば良いだけだ」


口元が少しだけ上がっている。ホント何をさせようとしてるんだか…。


「考えなくとも、行けば分かる。今回は少し楽しみが増えたゆえに、退屈せずに過ごせるであろう」


そう言うとベラは私を光で包んでどこかに移動を始めたのであった。





この世の楽園とはきっとこういう場所を言うのだろう。


広がる草原はのどかで風が少し吹くと草の匂いがした。


遠くに見える美しい切り立った頭に覆われてる雪は草原の緑の先にあると、まるで絵画のようであった。


そこに石の円卓と、それを取り囲むように三つの玉座が異質な存在であり、私はもの凄く嫌な予感がしている。


何も言わずにベラは玉座の一つに座る。


私も何も言わずにその後ろに立つ。


だが、当然気になる。


ここ、どこ?何始めるの?


「間もなく厄介者が来る。ジール、お前は私の後ろに立って居れば良い」


厄介者…これ、絶対天界と人間界の神…しかいないよなぁ。


「酷いなぁ。ジールは神を厄介者と思ってるのかい?」


空席の玉座の一つの後ろに見覚えのある二人がいた。


人間界の神とゴッドキラーのクスだ。


この時点で残る席の参加者は理解できた。


だからこそ、今直ぐ帰りたい気分になった。


「アイツは本当に遅いな。ボケて今日の集まり忘れたんじゃないの?」


笑いながら人間界の神が玉座に座る。その後ろでクスが私を見てニヤリと…笑顔?いや、不敵な笑み?をこちらに…むしろ私に向けて来た。


寒気が全身を走った。きっと今、私の顔は引きつっていると思う。


「最後に来たが時間前だ。遅刻ではないぞ」


クスに気を取られる間に天界の神が後一つの空席の後ろに立っていた。その後ろには天界のゴッドキラー、サルト…ヘキサの兄がいた。


ヘキサ、元気にしてるかなぁ…。


私がヘキサのことを考えている間に天界の神は着席をした。その時、後ろにいるサルトが私を睨んでいたような気がするが、気のせいだろか?


それよりも、違和感を放っているのは誰であろう私である。


神とゴッドキラーの組み合わせ。


その中に私がいる。


これは絶対何か言われるな…。


そんな私の不安を他所に話が始まった。、


「さて、揃ったところで早速だが…人間界の神、オジオンが魔の森の我が管理下の施設、神の箱庭に侵攻し、破壊した事をどう説明するのだ?」


今分かった。


これは神々の会議。私はそこに連れてこられたわけだけど…待って!この場に立つのは私じゃダメでしょ!


ここはゴッドキラーが立ってないとダメでしょ!


どうしてベラは私なんかを連れて来たの!?


全くベラの意図が分からない私を置き去りにして、会議は進行していく。


「そんなの知らないよ。人間が勝手にやってるんだろ?こっちはそこまで管理してないよ。管理するのは各種の個体数が極端に減った時とかくらいだからさ。人間って探究心の塊だし、欲の塊なんだよ?神の都合なんか気にせず思うがままに動くから仕方ないでしょ?」


人間界の神は笑いながら答える。それに苛立つベラが人間界の神に言い返す。


「ほう。では魔界の者が人間界で人間を見せしめに殺しても良いと言うことたのだな?」


言われた人間界の神は鼻で笑う。


「戦争でもしたいのかい?そうなると仕方ないけど手を出すことになるかな」


どこまで本気で、どこまで冗談か分からないのが人間界の神である。


ただ、これってこのまま本当に戦争になれば…。


「お前ら、また昔のように自分の統治下を潰すつもりか!」


天界の神がベラと人間界の神を叱りつけた。


「しないよ、そんなこと。ただ、ひねくれ邪神が下らない抗議してか来たからさ、からかっただけだよ」


呆れたような声で答える人間界の神。


「それに…邪神、卑怯だろ、ジール連れてくるなんてさ」


おどけた声をしていた。だが、人間界の神の目は今にも私を消そうとせんばかりの鋭い眼光を向けて来た。


「ジールに俺を殺させる気かい?」


場が凍りつく。


私が…人間界の神を殺す!?できるわけない!


「それもいいかもしれんが…ジールは魔界の領主になった。そこを統治していたローペンを倒してな。だから今回連れて来ただけであって他意はない」


今度はベラが鼻で笑う。


ここは非常に居心地悪い。この何とも言えない駆け引きは見てて心臓に悪い。


なんせ話をしてるのは神々。


一歩間違えば昔話であった神々の戦争がまた勃発する。そんな場所に私はいるし、巻き込まれている。


「白々しいな。今やジールはゴッドキラー単体で手に負えない存在だ。そんな者を連れて来てる以上、その可能性を考えるのが普通だ」


まさか…ベラ、そんなこと考えて私をここに連れて来たわけ!?


「面白い発想だな。仮にそうだとしたら…確かにこの神の集まる場は恰好の場となるわけか…やってみるか?人間界の神よ?」


今の私はベラの後ろにいる。ベラの表情が見えない以上、真意はまるで分からない。


「へぇ。面白いかもしれないね、それ」


人間界の神の目付きは変わらない。その視線に私は…いつの間にか何も感じなくなっていた。それよりも私は…。


「クス、これは君では勝てないとしても仕方ないね」


人間界の神はクスに顔を向けるといたずらっぽい笑みを浮かべてクスに訊ねた。


「もし、クスがここにいる神と戦えと言ったら…どう思う?」


返答に一瞬クスの表情が曇った。何という答えにくい事を聞くんだろうか。


「できたら戦いたくないですが…人間界の神の命ならば、死を覚悟して挑みます」


そうだよね。普通そうだ。だが、何でクスにそんなことを聞いたのだろうか?人間界の神の意図が見えない。


「決して嬉しくないってことだよね?」


当たり前だと言わんばかりにクスは頷く。それを見た人間界の神は再び私を見て来た。


いや、先ほどより鋭く、殺意さえ込められた視線を私に飛ばしている。


「でもさ、ジールの口元は笑みを浮かべていたんだよね。それって…戦いたいってことなのかな?」


人間界の神の言葉にベラまでもが振り向き、私を驚きの表情で見てくる。


「わ、笑ってません!」


即座に言い返すが…自信はなかった。


恐怖を感じなくなった瞬間の私は…想像してしまったのだ。


人間界の神と戦う自分の姿を。


「ジール、お前は本当に何者なんだ?クスを倒した時の強さは尋常じゃなかった。単なるエルフができる事じゃない。こんなに危険な存在は今すぐ消したいよ」


ここにいる全員の視線が私に集まる。


クスが倒されたのは人間界で起きたことなので人間界の神は知っている。だが、残りの神は表情を固めてしまった。


サルトなんかは口が開いていることすら気が付いていないのだろう。ぽかんと開いたまま動かなくなっている。


「おい…クスを倒したのは…本当か?」


初めて聞いた。ベラの上ずっている声を。動揺こそしてはいないが、信じられないと言った顔をしてはいる。


当然だろう。自分に仕えるゴッドキラーが二人もやられた相手に私が勝利したのだ。


そんな者を自分の背後に今まで立たせていた…しかも、強引に連れてきている。万が一を考えてもおかしくない。


「あ…はい…倒しました」


何だか悪い事をした子供が親に追い詰められて悪事を自白したような気分である。


せめて、苦戦してクスを僅差で倒したならまだしも、余裕を持って倒したのだ。誰もその実力の上限は分からない。


そう、私自身も分からないのである。


「苦戦…したのか?」


ベラの問いに思わず目を逸らしてしまった。ベラは私の返答を待たず小さな声で「そうか…」とだけ呟いた。


「クスはまるで子供扱いだったよ。俺も神なのについ『化け物か!?』と言ってしまったよ」


人間界の神は苦笑する。その言葉に天界の神の眉間にしわが寄った。


「本当ならオジオンの処遇について話をする予定であったが…それよりも先に話さねばならぬことがあるようだな」


思わずベラに助けを求めようと顔を見るが、ベラも困惑していた。連れてきたのは自分なのでどうすべきかを悩んでいるのだろう。


「…まあ考えても仕方ないか。簡単な方法があるじゃない」


人間界の神は立ち上がると、私の右肩に肩に人間界の神が左手を置いた。


「実際戦ったら分かるでしょ?そうだよね、ジール?」


冗談じゃない!神様と戦うとか絶対ダメだ!


これは手合わせとかではない。口実だ。危険だと判断すれば人間界の神は私を殺す気だ。


「待て、人間界の神!それはやり過ぎではないか!?エルフ相手に神自らが」


「じゃあどうやってジールの強さを知ることができるんだい?クスですら子供扱いなら…神が相手するしかないよね?」


ベラと人間界の神の間に重い空気が流れる。


これはベラに私を庇わせてはダメだ。クスを倒したことを言わなかった自分の責任でもあるのだ。それなのにここで人間界の神と対立し、魔界と人間界の戦争をさせるわけにはいかない。


「…分かりました。受けます」


そう言ってみて驚いたのは、ベラでも、クスでも、人間界の神でもない。私自身一番驚いている。


それがなぜなのか?今度は私にもはっきりと分かった。


今、目の前に鏡があるのならば見てみたい。


口角が上がり、自分の限界を知りたいと思っている、狂気の沙汰とも思えるようなことを受けてしまう正体不明な私の今の表情を…。

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